圧倒的なシェアでユーザーニーズを的確に把握
【ラスベガス発】アマゾン ウェブ サービス(AWS)が、米ラスベガスで11月27日から12月2日にかけて年次イベント「AWS re:Invent 2017」を開催。同イベントに合わせて、多数の新サービスを発表した。米AWSのアンディ・ジャシーCEOが自身のキーノートで発表した新サービスだけで、実に25を数える。同社は、今後も新サービス投入のペースを上げていく考えだ。その先にみえるのは、あらゆるサービスをAWSが提供するというクラウド版「ロングテール」である。(畔上文昭)
覇者のサイクルが回りだす
あらゆる種類の商品を提供することを目指し、ネットワーク上の商圏を支配したアマゾン・ドット・コム。当初話題になったのは、売れ筋ではない商品も扱うことで顧客を呼び、売り上げを伸ばすという「ロングテール」のビジネス戦略だ。アマゾン・ドット・コムは、商品を陳列する必要のないネットの強みを生かし、圧倒的な種類の在庫を保有した。リアル店舗では陳列棚に制約があるため、売れ筋商品に注力するのが常識。それだけに、ロングテールの戦略は斬新だった。
当初は、アマゾン・ドット・コムのビジネス戦略に疑問の声もあったが、現在の米国では多くの小売企業が窮地に追い込まれている。AWSのビジネスにおいても、この歴史が繰り返される可能性がある。
AWSは、無限のサーバーを提供するというコンセプトでスタート。パブリッククラウドの新たな市場を切り開き、手軽にサーバー環境を用意したいユーザーの支持を得た。その後、新たなサービスを投入し続け、2016年では1000を超える新機能や新サービスの提供を開始。今年は、すでに1300を超え、AWSのサービス数は加速度的に増え続けている。
キーノートで次々と
新サービスを発表した
米AWSの
アンディ・ジャシーCEO
新サービス投入の方針について、ジャシーCEOは「大まかなロードマップは当社で描くものの、新サービスの開発は基本的にユーザーニーズがベースになっている」と説明。技術優先でなければ、自社の都合でもない。あくまでも、ユーザーニーズに応えるかたちで新サービスを投入するというのが、AWSのスタンスだ。
圧倒的なサービス数がユーザーをひきつけ、圧倒的なユーザー数からニーズを的確に把握し、新規サービスの投入へとつなげていく。そのサイクルが機能し、AWSはクラウド市場で圧倒的な強さをみせている。
インフラを中心にサービスを強化してきたAWSだが、現在では開発環境に加え、ソフトウェアサービスへと、カバーする範囲を広げてきている。さらに、マーケットプレイスの「AWS Marketplace」におけるパートナーのソフトウェアが、AWSの補完的な役割を担う。まさに、アマゾン・ドット・コムの成功体験をなぞるかのごとくである。
データベースもサーバーレス化
ジャシーCEOが発表した新サービスのなかで注目すべきは、「Amazon Aurora Serverless」。利用した分だけ課金されるサーバーレスのリレーショナルデータベースだ。サーバーレスサービスの「AWS Lambda」と同様、トランザクションの実行が課金対象となるため、無駄がない。自動車にたとえるなら、オンプレミスのサーバーが自家用車、「Amazon EC2」などの仮想サーバーがレンタカー、そして、サーバーレスがタクシーということになる。タクシーで自動車の車種を意識しないように、サーバーレスではインスタンスの管理が不要で、自動でスケールするなど、サーバーを意識することがない。まさにクラウドネイティブなサービスといえよう。
圧倒的なサービスの種類を用意しつつ、クラウドでなければ得られないサービスも提供する。オンプレミスからクラウドへの導線が、そこにある。
とはいえ、オンプレミス環境が根強く残っているのも事実。ジャシーCEOは、「エンタープライズ分野のクラウド利用は、米国においても、まだ始まったばかり。その他の国はさらに14か月ほど遅れて米国のトレンドが波及する」とパートナー向けのキーノートで説明し、エンタープライズ分野の市場開拓に注力していく考えを示した。
ITの巨人がしのぎを削るエンタープライズ分野において、AWSは新参者である。また、マイクロソフトは、オンプレミス環境とクラウド環境をシームレスに提供することで、エンタープライズ分野のクラウド市場を開拓してきた。クラウドサービスのみを提供するAWSは、その点で不利な戦いを強いられてきている。
そうしたなかで、注目すべきがヴィエムウェアの動きである。ヴィエムウェアがAWS上で提供する「VMware Cloud on AWS」では、オンプレミス環境に構築した仮想サーバーがAWS上で利用できる。エンタープライズ分野のオンプレミス環境で実績のあるヴィエムウェアと、クラウドサービスに注力するAWSの連携にあるというわけだ。また、AWSは今回のre:Inventにおいて、VMwareをベアメタル(専有サーバー)環境で利用したいというユーザーニーズに応え、EC2にベアメタルインスタンスを追加したことを発表した。
ハードウェアにも参入
今回のre:Inventでは、AWSが初めてハードウェアの販売を手がけると発表した。ディープラーニングに対応したビデオカメラ「AWS DeepLens」である。AWS Lambdaでプログラミング可能で、例えばカメラが犬を捉えたらプログラムを実行するといったことに活用できる。また、IoTデバイス向けOS「Amazon FreeRTOS」を発表。これもクラウドサービスではなく、IoTデバイスというエッジ側向けである。IoTデバイスとクラウドサービスとの親和性を高めるのが狙いだ。こうした流れから、仮想デスクトップ環境(VDI)に最適なノートPC型デバイスが登場するなど、さまざまなデバイスが登場することも考えられる。
AWSが初めて販売するハードウェアの
「AWS DeepLens」
ネット上の書店としてスタートしたアマゾン・ドット・コムは、巨大モールに成長し、ライバルとなる小売企業を淘汰してきた。AWSでは、クラウド上で無限ともいえる数のサービス提供を目指しつつ、ハードウェアの販売という商圏拡大にも意欲をみせる。果たして、ロングテールによる覇権を再びとなるのか。ジャシーCEOがキーノートの冒頭で紹介したのが、ローリン・ヒルのヒット曲「Everything is everything」だった。