富士ソフトやキヤノンITソリューションズ(キヤノンITS)などが出資するAPTJ(高嶋博之社長)が、車載OS仕様「AUTOSAR(オートザー)」に準拠する「Julinar」の販売を本格的にスタートさせた。試験研究機関の日本自動車研究所(JARI)などが開発を進める「自動車セキュリティ評価用オープンプラットフォーム」への採用も併せて発表した。AUTOSAR製品を巡っては、先行して販売を始めたSCSK陣営が、今年に入り自動車部品メーカーなどから受注を獲得。国内の独立系AUTOSAR開発ベンダーとしては、この2社による受注合戦が本格的にスタートする。(安藤章司)
AUTOSAR商談の活発化に手応えあり
AUTOSARは、自動車のエンジンやブレーキなどを制御する基盤ソフトの仕様で「車載OS」に位置付けられている。欧州の自動車関連会社が中心となって仕様を策定。海外製が中心だったため、国内勢による開発に注目が集まっていた。今回、APTJが3年を費やして完成させたAUTOSAR製品「Julinar(ジュリナー)」がラインアップに加わることで、国内自動車関連メーカーは国産AUTOSAR製品の選択肢の幅が広がり、「AUTOSARの普及に一段と弾みがつく」(APTJの高嶋博之社長)ことが期待されている。
APTJの高嶋博之社長
APTJは名古屋大学発のスタートアップ企業で、同大の高田広章教授を中心に、富士ソフトやキヤノンITS、サニー技研、三菱電機系の菱電商事、ヴィッツ、東海ソフトなどが開発・販売パートナーとして参画。今回の製品化発表のタイミングに合わせるかたちで、サニー技研と菱電商事は、JARIの自動車セキュリティ評価用オープンプラットフォームへのJulinarの販売を発表している。ほかにも豊田自動織機やジェイテクト、東海理化電機製作所、スズキが開発に協力、採用に向けた検討・検証作業も進行中だ。
Julinarの販売は、富士ソフトなど6社のソフト開発パートナーを通じて行う。富士ソフトの石井友盛・エンベデッドプロダクト事業推進部部長は、「これまでOSを積んでいなかった制御用マイコンにAUTOSAR製品を搭載し、アプリケーションの開発効率を高めようという動きが顕在化している」とし、キヤノンITSの湯浅由希夫・インダストリーシステム11開発部部長は、「欧州自動車メーカーではECU(電子制御ユニット)の仕様書にAUTOSAR対応を要求するケースが増えており、国内部品メーカーを中心に商談が活発化している」と手応えを感じている。
複数のベンダーを競わせる構図も
ライバルとなるのは、欧州/インドの海外勢、ならびに国内ではSCSKや豆蔵、キャッツなどが共同で開発する国産AUTOSAR製品「QINeS(クインズ)」と、デンソーが51%出資するオーバス。自動車部品メーカーの系列を除く、独立系のソフト開発ベンダーのみに絞るとドイツのベクター、インドのKPIT、SCSK陣営などに絞られてくる。さらに、例えば同じトヨタ系列でも、デンソーが自前でAUTOSAR開発子会社を持つ一方、豊田自動織機がAPTJの開発に協力するなど、完成車メーカーから見て「複数のベンダーを競わせる」構図も存在する。
国内陣営は、欧州/インド勢に比べてAUTOSAR製品の開発で出遅れたものの、「国内自動車関連メーカーに張りついて実装をサポートできる」(キヤノンITSの湯浅部長)と、多くの技術者をメーカーに常駐させて開発するスタイルを含むサポート力で十分に対抗できると踏む。SCSK陣営とは、同じ独立系国産AUTOSARベンダーとして正面からぶつかり合うことになるが、「複数ベンダーを競わせる」原則から、早急にどちらか1社に発注先を絞り込まれることはないとみている。
ただし、収益面では難航が予想される。APTJでは、向こう3年で20案件余りの受注を見込んでおり、早ければ2019~20年にもJulinarを搭載した完成車が市販される。だが、開発に投じた費用を回収するのは「4~5年かかる見込み」だという。収益化が遅れる背景には、完成車が販売されるまでに数年と長い時間がかかることや、ライセンスの課金は開発案件ごとという商慣習であることが挙げられる。つまり、何十万台も車が売れても、APTJのライセンス売り上げは増えない。SCSK陣営も同じで、「収益化にはまだ時間がかかる」(SCSKの谷原徹社長)とみている。
ライセンス単体で売り上げを伸ばすのには時間がかかる見込みだが、AUTOSAR製品をECUに実装するシステム構築では、早期の収益化が期待できる。AUTOSAR製品とハードウェアをつなぐドライバーソフトや、AUTOSAR対応のアプリケーション開発では、国産AUTOSAR製品の開発に参加してきたSIerが商談を有利に進められる。車載ソフト開発の大規模化が進む中で、土台となる国産AUTOSAR製品が出そろった意義は大きい。
また、APTJが開発したJulinarでは、セキュリティー機能の完成度を高めることに注力してきた。自動車メーカーが重視する機能安全に対応するだけでなく、今後、開発が一段と活発化する見込みの先進運転支援システム(ADAS)や自動運転、インターネットに常時接続したコネクテッドカーなどのシステムにも対応していくためだ。外部との接続によって、従来の自動車では想定していなかった「外部からの攻撃への防御」(サニー技研の中村俊夫副社長)が必要になる。
Julinar製品版の発表後、初の受注披露となるJARIへの自動車セキュリティ評価用オープンプラットフォーム向けの納入では、Julinarのセキュリティー機能の開発姿勢の熱心さが評価された。サニー技研とともに販売を担当した菱電商事の松村保明・自動車事業推進部部長は、「車載コンピューターネットワークを模したJulinar搭載の電子基板を共通プラットフォームとして、セキュリティーの検証として広く使ってもらう」とし、ここで検証した結果はJulinarの今後の開発にも役立てていく。
(左から)サニー技研の中村俊夫副社長、APTJの高田広章会長、菱電商事の松村保明部長
具体的には、検証用ボードをホワイトハッカー役の技術者に攻撃してもらい、脆弱性を見つけ出す手法をとる。JARIと協業して同プラットフォームを開発した協栄産業の本田佳之・コンポーネントソリューション事業部ソフト開発部部長は、「共通のプラットフォームがあれば、セキュリティーのノウハウも共有しやすくなる」と、自動車部品メーカーが個別に検証するより、一段と大規模な検証が可能になり、セキュリティー技術を高められるメリットを指摘する。
AUTOSARの開発コミュニティは、上位レイヤーとなるADASやコネクテッドカーのアプリケーションの基盤となる「AUTOSARアダプティブプラットフォーム(AP)」の仕様策定を進めており、ここでセキュリティー対応を議論している。現行のAUTOSARは制御系のOSだが、APはLinuxなどと同様の汎用OSとの位置付けだ。
APTJの高田広章会長は、「ADASやコネクテッドカー部分を支えるOSは、AUTOSAR APになるのか、Linuxなど他のOSが主流となるのか、まだ見えてこない」と、制御系のAUTOSARの上位レイヤーに位置するOSは今後、紆余曲折も予想される。こうした中でも、機能安全やセキュリティーに強みを発揮し続けるため、APTJの出発点でもある名古屋大学の研究者らとの連携を強化。「高度な技術的課題にも対応できる体制をつくり、差別化を一段と推し進めていく」(APTJの高嶋社長)としている。