米国時間の2月12日から15日まで、米IBMは年次イベント「Think 2019」をサンフランシスコで開催した。全世界から集まった顧客やパートナーに対して最も強くアピールしたのは、レッドハット買収で一段と加速するマルチクラウドの戦略。複数クラウドの横断的な活用で企業のデジタル変革をさらに推し進める考えだが、マルチクラウドの推進は、IBM自身が提供するクラウドサービスの存在感を薄めることにはならないのか。(日高 彰)
門外不出のWatsonが他クラウドでも展開可能に
“残り8割”のクラウド化で挽回
バージニア・ロメッティ会長兼CEOは、Think 2019の基調講演で「企業のデジタル変革は“第2章”に入りつつある」と述べ、今後の企業の変革を支援するに当たり、ハイブリッド/マルチクラウドを実現できるIBMの技術が大きな優位性を発揮するとアピールした。企業全体の中でクラウド化された業務は2割ほどで、これは“第1章”に過ぎない。基幹業務を含む残り8割はオンプレミスやプライベートな基盤の上に残されており、この8割の部分をクラウド化、ないしはクラウドと統合的に管理・運用できるようにならなければ、データの活用やAIの導入といった変革は、これ以上進まない――というメッセージだ。
バージニア・ロメッティ会長兼CEO
ロメッティ会長が第1章での失敗例として挙げるのが「IA(情報アーキテクチャー)なしのAI」だ。企業の部門やサービスごとに複数のクラウドが統制なしに導入されている一方で、価値の高い業務データはオンプレミスで死蔵されたままになっている。データを適切に活用できない構造のシステムでは、AIを導入してもビジネスの変革は成し遂げられない。ロメッティ会長はこの問題を「教訓」と表現しており、AIに取り組む中で同社も学んだ落とし穴であることを認める。
変革を第2章へ進めるための目玉として同社が発表したのが、AIエンジン「Watson」を、オンプレミスや他社クラウド上でも展開可能とする「Watson Anywhere」だ。Kubernetesベースのデータ活用基盤「Cloud Private for Data」に、コンテナ化されたWatsonサービスを統合したことで、Kubernetesで管理・運用されるあらゆるインフラでWatsonの機能が利用可能となった。これまではIBM自身のクラウドから提供されていた、いわば門外不出の技術だったWatsonだが、データをクラウドに出せないのであれば、Watsonをデータの近くへ置いてしまおうというアプローチに切り替えた。
このほかにも、「マルチクラウドマネージャー」の機能を強化し、AWSの「EKS」、Azureの「AKS」といった、各社のKubernetesサービスを横断してアプリケーションを動的に配置できるようにするなど、マルチクラウド関連の新発表が目立った。
オープンソースの技術を核にサービスを充実させることで、オンプレミスとクラウドの断絶を吸収しつつ、特定ベンダーへのロックインを防ぐ。昨年、340億ドルという大金を積んでレッドハットの買収を決断したのも、このビジョンを実現するためだ。
自社サービスと矛盾はしない
レッドハット買収発表後では最大のイベントとあって、会期中、クラウド戦略の説明で訴求されるのは常にマルチクラウドであり、IBM自身のクラウドサービス「IBM Cloud」(旧Bluemix、SoftLayer)の重要性は相対的に低下したかのように見える。
しかし、同社でマルチクラウドプラットフォームを担当するロビン・ヘルナンデス・ディレクターは、「マルチクラウド戦略を明確化したことで、パブリッククラウド、プライベートクラウドとも、当社サービスの採用率は高まっている」と述べ、自らクラウドサービスを提供することと、マルチクラウドを推進することは、対立・矛盾するものではないと説明する。ほとんどの企業はすでに何らかのクラウドを導入しており、それらを生かしたまま並行して導入できるIBM Cloudの柔軟性が評価されているのだという。
また、現地で国内向けのクラウド戦略を説明した日本IBMの三澤智光専務は、「直近の日本市場では、オンプレミスの既存システムを移行させたいというニーズが大きく、ベアメタルの上にそのままVMware環境を乗せられるIBM Cloudが非常に良い選択肢となっている。また、中長期的にみてコンテナが今後の主流になることを考えると、ベンダーロックインが発生する技術ではなく、オープンスタンダードに投資いただくのが良いのではないか」と話し、基幹系システムの“リフトアンドシフト”と、その先にあるクラウドネイティブアプリケーションとの連携を視野に入れた場合、AWSやAzureに対してもIBM Cloudは優位性のあるサービスだと強調した。