ビジネスアプリケーションの王者がこれからの市場でも勝ち続けるための決定的な差別化要因をもたらすことになるのか――。独SAPは昨年11月、オンラインアンケートツールベンダーの米クアルトリクスを80億ドルで買収すると発表し、今年1月に買収を完了した。5月初旬に米オーランドで開催した年次イベントでは、クアルトリクスとの融合によりSAPの業務アプリケーション群が従来とは別次元の価値を持つようになるというメッセージを前面に押し出し、同月、両社製品を融合したソリューションも発表している。日本市場でも着実に顧客基盤を拡大しているクアルトリクスがもたらす価値とは。(本多和幸)
ビジネスアプリケーション市場で
勝ち続けるための切り札に?
クアルトリクスの創業は意外に古く、2002年までさかのぼる。もともとは学術論文のためのアンケート調査ツールを大学などに提供しており、研究者や学生から高い評価を得て、彼らのさまざまなニーズに対応すべく製品の機能や使い勝手をブラッシュアップし続けた。その結果、「米国のビジネススクールではトップ100校のうち99校に採用されるまでになり、学生が社会に出た後も、ビジネスの場で使いたいというニーズが高まり、それが急成長する大きなきっかけになった」(クアルトリクス日本法人の熊代悟・カントリーマネージャー)という。
クアルトリクス
熊代 悟
カントリーマネージャー
クアルトリクスは本格的な成長軌道に乗り始めた12年に7000万ドルを調達し、14年には1億5000万ドル、17年に1億8000万ドルを追加で調達。ユニコーン企業として注目を集めるようになり、上場準備を進めていた。SAPによる買収に合意したのは、予定されていた上場日の3日前のことだった。買収額は80億ドルで、当時の為替レートで9000億円以上に相当する。上場目前だったとはいえ、破格と言えよう。
Oデータの王者はSAP
Xデータ界のSAPになる
SAPはなぜ、これだけの大枚をはたいてもクアルトリクスが欲しかったのか。熊代カントリーマネージャーは、「一般的なアンケートツールは、アンケートを行い、その結果を集計するだけの機能しかない。クアルトリクスにも確かにその領域で使い勝手に優れたツールを提供しているという側面はあるが、そこは入り口に過ぎない。アンケートの結果を分析し、改善すべきことを見いだして、そのためのアクションを起こす、いわば業務改善が本来の目的のはずで、クアルトリクスはその全てのプロセスをトラッキングしてPDCAサイクルを回していくためのツールとプラットフォームを持っている」と同社の価値を説明する。
クアルトリクスは自らの製品をエクスペリエンス・マネジメント(体験管理)製品と定義し、顧客体験の向上、従業員体験の向上、製品体験の向上、ブランド体験の向上という四つの用途向けに、同社が蓄積してきた知見をパッケージ化して提供している。そして、これによって収集・活用できる顧客満足度や従業員満足度などのデータを「Xデータ(エクスペリエンス・データ)」と呼んでいる。一方で、既存の業務アプリケーションが保持するデータを「Oデータ(オペレーショナル・データ)」と呼び、XデータとOデータを連携させて分析・活用することで業務改善のためのアクションを大きく加速させることができるというメッセージを市場に訴求してきた。そのため、有力なERP、CRMベンダーなど“Oデータ界”のトッププレイヤーとは広くAPI連携できる環境も整えてきた。
SAPはOデータ界の頂点といえる存在であり、クアルトリクスによればOデータの77%は何らかのかたちでSAP製品を経由しているという。だからこそ、「買収額には多少驚いたが、いいシナジーが出せるという実感はあった」(熊代カントリーマネージャー)という。
SAPPHIRE NOWでも
「O+X」がメインテーマに
SAPは、今年5月にオーランドで開催した年次イベント「SAPHIRE NOW 2019」で、XデータとOデータの融合によりSAPの業務アプリケーションが大きな差別化要素を獲得できるというメッセージを強く打ち出した。例えば基調講演でも、次のような趣旨のメッセージが聞かれた。
「CEOの80%は自分たちの製品やサービスが素晴らしい顧客体験を提供していると考えているが、実際に満足している顧客はその10分の1しかいない。この体験のギャップを正確に把握し、それを埋めていくことで市場のディスラプターになれる。Oデータは何が起こったのか(What)を理解するためのデータだが、Xデータはそれがなぜ起こったのかという“Why”を提示してくれる。両者を組み合わせて分析し、継続的な業務改善につなげることで、体験のギャップを埋めていくことが可能になる」
こうしたコンセプトは、まさにSAPに買収される以前からクアルトリクスが追求してきたものだ。買収完了から半年も経っていないタイミングで開かれた年次イベントで、買収先企業のコンセプトを全社としてのメッセージに全面的に採り入れたという事実に、SAPがクアルトリクスに見いだした価値を垣間見ることができる。クアルトリクスの買収はSAPにとって、単に製品を買収したということ以上の意味を持っているのは間違いないと言えそうだ。