中国・武漢市で流行した新型コロナウイルス(新型コロナ)によって、日本のSIerの中国ビジネスに影響が出ている。国内での感染も始まっており、中国のSIプロジェクトの遅れを日本側でカバーする体制が揺らげば、より大きな影響が出る危険性も拭いきれない。中国関連のビジネスを手掛ける主要SIerは、職場の安全・衛生管理を重視しつつ、在宅勤務やビデオ会議、国や地域をまたいだクラウド環境での開発の継続などあらゆる手段を使って事業継続に取り組んでいる。3月中まで混乱が続く可能性もある。(安藤章司、日高彰、齋藤秀平)
中国で4200人を抱えるNTTデータ
中国で猛威を振るう新型コロナによる感染症は、日本のSIerが手掛ける中国関連ビジネスへの影響が不可避の情勢となっている。すでに日本向けのオフショアソフト開発や、中国地場の市場向けのSIプロジェクトの一部に遅延が発生しており、ユーザー企業と納期の延期について話し合いを始めているケースも出始めている。3月期決算の会社の場合、年度末の追い込みの時期とも重なり、納期が遅れることによる“期ずれ”が発生し、業績の押し下げ要因になることも現実味を帯びる。
中国ビジネスを展開する主要SIerに聞き取りを行ったところ、各社とも中国の事業所での手洗いやマスクの着用の推奨、日中間の出張の制限など、まずは職場の安全・衛生管理を徹底する対策を打っている。中国で衛生用品が不足していることから、「マスクや体温計を日本から送付するとともに、少しでも体調に不安を持つ社員は無条件で出社しなくてもよいことを許可」(NTTデータ)するなどの対策を講じている。
新型コロナウイルスの影響で、
一時期、乗客がいなくなった上海の地下鉄
NTTデータは、中国で約4200人の従業員を抱えるとともに、東京都内の事業所でも協力会社の従業員の感染が明らかになっており、日中双方の事業所での徹底した安全・衛生に神経を尖らせている。とりわけ、中国の事業所では在宅勤務が可能なケースでは、感染症の流行が収まるまでテレワークを推奨し、出張やイベントも控えている状況が続いているという。
武漢の企業は実質1カ月の休業
中国の都市によって新型コロナ関連の混乱の度合いは異なるが、とりわけ深刻なのは武漢市だ。武漢に拠点を置くインテックによれば、感染拡大を食い止めるため地元政府から2月20日まで一般民間企業の操業を停止するよう指導があった。1月24日の旧暦大晦日から旧正月の大型連休が始まって以降、実質、1カ月近く企業活動が停滞したことになる。当初は2月13日までの操業延期の指導だったが、安全を優先する観点から2月20日まで再度の操業延期になった経緯がある。
武漢から遠く離れた大連にも影響が及んでいる。JBCCホールディングスのグループ会社で大連に拠点を置くJBパートナーソリューションによれば、大連市の指導によって旧正月の大型連休に続いて2月10日まで自宅待機にするとともに、日本を含む大連市以外から戻った社員については、戻った日から2週間の自宅待機の措置をとるなど、安全対策に万全を期している。
旧正月の休みから続く急な措置だったこともあり、2月10日までの自宅待機の期間中、「在宅勤務によるテレワークを実施できた割合は全社員の6割程度」(JBグループ)と課題も見えてきた。今回のような自然災害は突発的に発生することがほとんどであり、普段からテレワークが可能な環境や制度の習熟度を高めておくことが事業継続の観点から重要だと言えそうだ。JBパートナーソリューションは2月10日から段階的に操業が始まっているものの、一部のプロジェクトで遅れが発生。日本国内のブリッジSEを増員したり、一時的な残業によってカバーすることで3月中には遅れを取り戻せる見込みだ。
中国地場向けSIの見通し困難
新型コロナの問題が表面化して以降、SIer各社は中国における職場の安全・衛生管理に最優先で取り組んできた。そして、その次に懸念事項となるのが業績へのインパクトだ。SIerにとっての中国関連ビジネスは、「日本向けのオフショアソフト開発」と「中国地場の市場向けのSIビジネス」の大きく二つに分けられる。
オフショア開発については徐々に稼働率が高まっており「2月中にはほぼ回復できる見込み」(野村総合研究所)で、あとは実質1カ月ほどの遅れを短期間のうちに挽回できれば業績へのインパクトは最小限に抑えられるはずだ。中国でのオフショア開発の作業工程の一部を日本で補ったり、「中国以外のオフショア開発ベンダーの活用」(NECソリューションイノベータ)を通じて、遅れを取り戻す方法を模索している。
一方、より見通しが立ちにくいのは、「中国の地場市場向けSIビジネスだ」と、上海や蘇州に事業拠点を展開するCAC Holdingsの酒匂明彦社長は懸念する。新型コロナによる中国国内の一連の混乱で、出張やイベントが延期になるなど経済活動は停滞している。中国におけるIT投資の延期や縮小が表面化してくれば、影響を受けるのは避けられない状況となる。CAC Holdingsの中国地場向けのSIビジネスは、同社の海外売上高の1割を占める約10億円。この部分がどうなるか見通しが困難であるため、2月14日に発表した今年度(2020年12月期)の売り上げ見通しには、「発表時点では織り込んでいない」(酒匂社長)と話す。
国内も予断を許さない状況に
中国のユーザー企業に目を向けると、「旧正月で帰省した従業員の一部が戻れない状況が続いたため、2月どころか3月まで生産ラインの稼働率が元に戻らないのではないか」(製造業ユーザー)との見方がある。中国に進出する日系ユーザー企業からは「旧正月で日本に一時帰国した日本人駐在員が、2月中旬を過ぎても中国に戻れない状況が続いている」との声が聞こえてくる。中国の地場企業、日系企業ともに稼働率が下がっているなか、ある日系SIerは「開店休業の状態。今年度の中国ビジネスの下方修正は避けられない」と指摘する。
中国大手コンピューターのレノボ日本法人によれば「旧正月の連休が実質伸びた分の生産減はあるが、大半の拠点で生産を再開しており、また中国以外に展開する生産拠点に振り向ける余地もある」と、大手は減産分をカバーできるだけのリソースはあるが、中堅・中小規模の事業者は生産拠点が限られ、ほかに振り分ける余力が十分にないケースも考えられる。
さらに追い打ちをかけるのが日本を含む中国以外での感染の広がりだ。国内では2月27日から4日間の開催を予定していたカメラの大型見本市「CP+(シーピープラス)」が中止になったほか、スペインで2月24日から開催予定だった携帯電話関連の国際見本市「MWC(モバイルワールドコングレス)」も、感染拡大を防ぐ名目で中止になっている。
あるSIer幹部は「受注さえあれば、中国国内で別のオフショア開発先を探したり、ベトナムやミャンマーに発注することも可能。しかし、新型コロナの感染拡大によって、万が一にも国内のIT投資が失速すれば、傷口が一段と広がりかねない」と、予断を許さない状況が続く。