3月決算の企業にとって新しい年度が始まった。情報サービス業界にとってリーマン・ショック以来の厳しい事業年度になるのは避けられない情勢だ。新型コロナウイルスの大規模感染の最初の犠牲となった中国が、すでに正常化し始めているなど明るい兆しは見えるが、一方で欧米は依然として深刻な状態にあり、国内は感染爆発の瀬戸際に直面している。昨年度(2020年3月期)までの国内システム構築(SI)プロジェクトについては、多少の期ずれは発生したものの影響は限定的との見方もある。しかし、今年度は受注が滞る可能性が高く、特に下期以降のSE稼働率の低下が懸念されている。(安藤章司)
“半年遅れの全治3年”再来か
「リーマン・ショック以来の突発的な経済混乱に陥っている」――。SIer幹部は今回の世界同時発生の“コロナ・ショック”と2008年のリーマン・ショックとの類似性を異口同音に指摘している。11年の東日本大震災でも甚大な被害を受けたが、今回はリーマン・ショックと同じ世界規模の危機。野村総合研究所(NRI)は、「国内の機械産業などの輸出型企業が影響を受け、それが部品や素材メーカーなどへ波及していく」と、外需の落ち込みによる輸出減への懸念を同社が発表した「新型コロナウイルス対策緊急提言」の中で指摘している。
昨年度末の段階で業績予想の下方修正をした企業は帝国データバンクの調べで100社余り、累計約7684億円(3月25日時点)の下方修正、東京商工リサーチでは下方修正、減少額が1兆円規模(3月27日時点)と見ている。コロナ・ショックを巡っては業績への懸念や下振れといった影響が出ており(図参照)、こうしたユーザー企業の業績悪化がIT投資に少なからぬ抑制効果を与えるものと危惧される。
SIビジネスは“遅効性”が見られ、景気が下降曲線を描き始めてから半年ほど遅れて受注が減り始める傾向がある。これはすでに動き始めているプロジェクトは途中で止めにくく、新規プロジェクトを延期するケースが多いためだ。リーマン・ショックでは、08年9月にリーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発して、SIerの受注悪化が顕在化したのは翌年4月以降。その影響は3年ほど続いた。“半年遅れの全治3年”と業界で語り継がれる由縁だ。
リーマン・ショックになぞらえて考えると、情報サービス業界にとってのコロナ・ショックの異変がより顕著になるのは今年度下期(20年10月~21年3月期)に向けての受注である可能性が高い。逆算すると、この上期の提案や営業活動を市場環境の変化にどれだけ合わせられるかで、下期に向けての影響の幅が大きく変わってくる。
この4月1日付でアビームコンサルティングのトップに就任した鴨居達哉社長は、「(コロナ・ショックで)IT投資の優先順位が大きく変わっている」と指摘。IT投資のいくつかある候補のうち、そのユーザー企業にとって「最低限必要なIT投資は何かを整理して、絞り込む」ことで受注につなげられると話す。事業環境の変化の振れ幅が極めて大きく、コロナ・ショック以前の延長線上の営業方針では通用しなくなることが考えられる。新年度からは、ゼロベースで「今、何が必要か」をユーザー企業とともに整理することが求められる。
「何をするのか」を明確に
ユーザー企業の競争環境は常に変動しているが、今回のような大きな振れ幅のときは、多くの経営者からコンサルティングサービスの需要が高まる。SIを主力とするSIerも、経営やITのコンサルティング部門を抱えるケースが多く、まずはこうしたコンサルティング部門による課題整理の能力を生かすのも方策の一つだろう。4月1日から事業を開始した富士通の戦略子会社でコンサルティングを担うRidgelinez(リッジラインズ)の今井俊哉社長は「何をするのかの優先順位を明確にするとともに、今のデジタル技術を積極的に取り入れて仕事のスタイルや従業員の意識を変えていく」こともポイントだと指摘する。
近年ではユーザー企業にとって初期導入のコストが安いSaaS商材も充実してきており、営業支援やコミュニケーション系のツールによって、万が一、在宅勤務が長引いたときも事業を継続できるようIT環境を整備するという需要は底堅いだろう。また、モノリシックでレガシーな基幹系システムの課題は従来以上に鮮明に顕在化している。今回のような危機に直面したとしても、ビジネスを柔軟に再構築しやすいシステムに刷新することの価値を、広く認知してもらう機会にすべきではないか。
明るい兆しが見え始めている例もある。1月末の旧正月から実質2カ月あまり経済活動が停滞していた中国では収束の傾向が見られており、「中国の工場はほぼ正常稼働に戻りつつある」と、インクジェットプリンタなどのビジネスを中国で積極的に手掛けるセイコーエプソンの小川恭範社長は話す。変化の振れ幅が極大化する中でも、優先順位を明確にし、“コロナ・ショック後”を見据えたIT投資を着実に引き出していくことが重要だと言える。