伊藤忠商事は、AI-OCRとRPAを組み合わせて七つの社内カンパニーと東京・大阪の本社部門の業務を効率化した。業務の工数を半減できるだけでなく、請求書などの紙の書類を早い段階でデジタル化することでリモートワークや分散ワークが行いやすくなることから、コロナ禍期間中に活用範囲を広げていった。業務の効率化によって確保した人手や時間を売り上げ・利益に直結するDX(デジタルトランスフォーメーション)の新領域に割り当てるなど、DX新領域を縁の下で支える重要なDXプロジェクトの一つと位置づけ、AI-OCRとRPAの導入を推進した。
(取材・文/安藤章司)
ABBYYとUiPathを組み合わせ
伊藤忠商事が、デジタル技術を活用してビジネスを変革するDXプロジェクトを本格的に立ち上げようとしたのは2017年。まずは既存の業務を効率化して、DXに必要な人的、時間的なリソースを抽出する作戦に乗り出した。そこで白羽の矢が立ったのが、当時、国内で注目を集めていた業務自動化ツールのRPAだった。だが、紙の書類が大量に残っている状態でRPAを導入しても十分な効率化が得られないことが判明。そこで、紙文書をデジタル化するAI-OCRと組み合わせることで、業務自動化をより効率的に行う仕組みを導入した。
伊藤忠商事 山地雄介 氏
採用した製品は米ABBYY(アビー)製のAI-OCRと、米UiPath(ユーアイパス)のRPAだ。アビーのAI-OCRにはユーアイパス製品への接続口が設けてあり、「AI-OCRで読み取ったデジタルデータのRPAへの受け渡しは非常にスムースに行えた」と、伊藤忠商事のIT・デジタル戦略部DXプロジェクト推進室の山地雄介氏は話す。AI-OCRの選定に際しては、アビーと国産メーカー2社の計3社の製品を比較した。選定の決め手となったのが同じ米国製ということもあり、すでに導入を決めていたユーアイパス製品との連携がスムースに行える点と、AI-OCRで読み取ったあとの編集作業が直感的で分かりやすい点だったという。
AI-OCRの読み取り精度は100%ではないため、読み取ったあとには担当者が確認する工程が入る。人の目で見て確認しやすいよう、確認画面のレイアウトを元の書類と合わせて割り付けたり、確認する順番に並び替えたりと自由度が高い。現時点では国内の事業所で活用しているが、今後、海外の子会社や事業所でも使うことを考えると、グローバル展開しているアビー製品の多言語への対応能力や、アビーのAI-OCRの実装に経験がある現地エンジニアを確保しやすいなどの利点も評価ポイントとなった。
リモートワークで大いに活躍
AI-OCRの読み取り対象となる主な書類は、取引先から紙やPDFで送られてくる請求書と船荷証券などだ。PDFはデジタルデータではあるものの実際は紙の書類をスキャンして作成された画像データ、テキストをカット&ペーストできないセキュリティ仕様になっていたりと、AI-OCRをかけないと本当の意味でデジタル化ができないケースが多い。船荷証券については、伊藤忠商事が海外との貿易を日常的に行っている商事会社であり、船荷証券は紙を原本としていることからAI-OCRが活躍することになった。
伊藤忠商事 永井夕莉花 氏
AI-OCRとRPAの活用が本格的に始まったのは20年に入ってからだが、ここで予期していなかったコロナ禍に見舞われることになる。感染拡大防止のためのリモートワークや分散ワーク、在宅勤務といった働き方が強く推奨されるなか、その妨げとなるのが「紙の請求書や船荷証券の存在だった」(DXプロジェクト推進室の永井夕莉花氏)と振り返る。しかし、AI-OCRを活用すれば、紙をスキャナで読み取るだけで済むので、最少人数だけ出社し、デジタル化したあとの工程はリモートで行えるようになった。
5万時間近い業務時間を節約
コロナ禍期間中にリモートワークを迫られたこともあって、AI-OCRとRPAの活用は伊藤忠商事の全八つの社内カンパニーのうち、紙を扱う業務割合が多い七つのカンパニーと、東京と大阪の本社部門で導入が進んだ。また、請求書や船荷証券以外にも、取引先の財務諸表を取引先の与信を管理するシステムに入力する業務や、手形や小切手の情報を会計システムに入力する業務にもAI-OCRとRPAを活用。「業務負荷が大幅に軽減している」(DXプロジェクト推進室の鍋谷峻介氏)と話す。
伊藤忠商事 鍋谷峻介 氏
日本法人であるABBYYジャパンの前田まりこ社長は、「さまざまな形式の書類を簡単な操作で柔軟に読み取れるのが当社のAI-OCRの強み」だと話す。手形であれば、「振出人」や「支払期日」といったキーワードから、そこに記述してある文字や数字が人名や日付であることを判別。会計システムの入力項目に合ったデータを的確に選び取る能力に長けている。
ABBYYジャパン 前田まりこ社長
伊藤忠商事では、AI-OCRとRPAを組み合わせることで、業務にかかる作業工数をおおよそ半減できると見ており、22年5月時点で年間5万時間近い業務時間を節約できたと見ている。伊藤忠商事本体だけでなく、子会社2社がすでに同様の仕組みを取り入れており、「今後も必要に応じて国内外のグループ事業会社への展開を進めていきたい」と山地氏は話す。
既存業務の効率化、自動化を徹底することで、最新のデジタル技術を駆使して売り上げや利益を伸ばすDX領域へ、より多くの経営リソースを割り当て、グループ全体のビジネスの成長につなげていく考えだ。