筆者は今、福岡県北九州市で活動しているが、社会人になって以来の20年間、首都圏にいた。独立して最初に作った会社の本店を渋谷に置いたので、長く住んでいた多摩地域から、明大前(東京都世田谷区)に移った。そこから、葛飾、中野、横浜と首都圏を転々とし、会社の本店もたびたび近くのコワーキングスペースなどに移していた。ITコーディネータになったのもその最中だ。
さまざまな仕事ができるのがITコーディネータだが、地域社会に根を張って地場企業のIT化を推進するのが本分といえる。それなのに、引っ越してばかりでは、そんな活動はできない。
ただ、中野に住んだ3年ほどは違った。発端となったのは、中野駅前の再開発エリアにあるコワーキングスペース「ICTCO」に、メカトロワーキンググループが生まれたことだ。ITコーディネータの先輩に誘われて立ち上げから参加し、さまざまな業種の経営者などとの出会いがあって、IoTとAIの勉強会が始まった。その活動が現在の会社(ビビンコ)につながっている。
いくつかの具体的な成果があった。グループに参加していた中小企業の出荷管理を、ICカードを使って行うというIoTレシピが生まれた。このレシピは、ロボット革命イニシアティブ協議会の「中堅・中小企業向けIoTツール・レシピ」に選ばれた。また、東京23区で順に開催されている中小企業経営者のイベント「下町サミット」の中野区版の運営も、グループのメンバーで行った。筆者も事前取材で中野区の中小企業を訪問したり、司会を務めたりした。
「下町サミット in 中野」の様子
後に、中堅・中小企業向けIoTツール・レシピは経済産業省の事業として実態調査・分析が行われることになり、それをITコーディネータ協会が受託した。筆者は調査員として主に西日本の企業を回った。2017年当時のことだが、中堅・中小企業における先進的なIoT活用事例を目の当たりにした。
選定企業では、経営者とIoT人材が二人三脚でIoTの実践に取り組んでいた。IoT人材はプログラミングができるだけでなく、IoTセンサーなどのハードウェアについてのスキルも必要だ。そうしたIoT人材を社内で採用・育成していることもあるが、経営者の旧知の人材が独立して、地域の老舗企業と新興企業の共同作業になっている事例もあった。これも地域での人的ネットワークが生きた例ではないだろうか。
また、いずれのケースでも、現場の課題を経営者とIoT人材がしっかり共有した上で、身の丈に合うIoT導入を実現していた。闇雲に新しい機械を導入するのではなく、既存の機械に後付けで導入できる事例が目立った。
このような学びは、日頃の活動の中で成功モデルとして活用しているし、講師を務める研修の中でも取り上げている。
筆者は、20年の終わりに北九州にUターンした。既にコロナ禍の中にあって、リモートワークが普通になっていたのが後押しした。東京の仕事は継続的に行っているし、神戸や熊本の企業からの仕事もある。ハードウェアが絡むIoTの仕事は北九州の企業のものだけだが、通常のITシステムやAIの開発であればリモートで問題なさそうだ。
逆にコロナ禍で進まないのは地域への浸透だろうか。中野での活動を成功体験として、北九州でも地域での活動を行いたいと考えていた。だが、初対面からリモートということが続いていて、なかなか人間関係が作りにくいは事実だ。ここにきて、徐々に対面でのイベントや打ち合わせができる機会が増えているのは有り難い。
そんな中、Uターン直前と直後に地元のFMラジオ局の番組にゲスト出演した。もともと「北九州でIoT」に採択されて、北九州発のベンチャーと認識されていたからだろう。北九州市内や、近隣の直方市、さらには福岡市といった地元企業とも共同作業も増えている。特に、北九州市の株式会社夢をかなえる研究所とは、地域でのIT教育をコンソーシアムとして進めている。Uターンして約2年経って、徐々に地域での活動ができるようになってきた。これからも、さらに地域に浸透していきたい。
■執筆者プロフィール

井上研一(イノウエ ケンイチ)
ビビンコ 代表取締役 ITコーディネータ
プログラマ・SEとして20年以上の実務経験。AI関連では、コールセンターへのIBM Watsonの導入や、画像認識システムの開発に携わる。IoTハカリを用いたビジネスアイデアにより、「北九州でIoT」に2年連続採択。そのメンバーで、ビビンコを2018年に創業。