「クライアント端末はパソコン(PC)に限る」――。そんな時代がそろそろ終わるかもしれない。PCの低価格化が進み、販社にとっては利幅が薄いこともあって、次の商材を探し始めている。ユーザー企業・団体も業務改革、コスト削減を目的にPC以外の製品を検討し始めた。PCが圧倒的な存在であり続けた時代が終わり、「クライアント端末多様化時代」がいよいよ幕を開ける。
クライアント端末の現状での主役はPCだ。セキュリティ対策や管理の容易さからシンクライアント(thin client)が注目を集めることは多々あったが、社員・職員が慣れ親しんだコンピュータを捨てるのはレアケース。PCが主役の座から降板することはなかった。しかし、ITベンダー側の立場からみると、PCビジネスの環境はいつになく厳しい。PCの「作り手」も「売り手」もますます儲からない商品になっている。その流れは止まりそうになく、今後さらに加速する可能性すらある。
メーカー圧迫、撤退も
ガートナー予測がニアピン 「もしUMPC(ウルトラモバイルPC)のような価格帯がPCの主流価格になれば、PC事業を続けられないだろう」
あるPCメーカートップが昨年暮れに漏らした言葉だ。2008年には5万円代で購入できるPCも登場するほどPCの価格は下がった。2000年代中盤に入り、付加価値をつけにくい法人PCでは、機能など製品力で差別化することは難しくなった。コンシューマPCと同様にさらなる価格下落が加速する可能性は否定できない。ただでさえ負のスパイラルにあるPCメーカーは、従来以上に利益捻出に頭を痛めることになる。
米調査会社のガートナーは04年11月、「PCメーカーの上位10社のうち07年までに3社が撤退を余儀なくされる」と予測した。その当時は疑いの目で見られがちだったこの予言だが、現実をみると「ニアピン」の状況だ。米IBMと米ゲートウェイが競合メーカーにPC事業を売却し市場から消えた。上位10社にはランクインしていないが、日立製作所は個人向け市場から撤退、法人向けモデルでは米ヒューレット・パッカード(HP)に開発・製造を委託することとなった。販売だけにリソースを集中し、開発・製造から手を引いたのだ。また、調査会社IDC Japanでは09年の「10大予測」の一つとして、PCの低価格化についていけないメーカーが現れ、「年内に撤退するベンダーが出る」と予測した。PCメーカーを取り巻く環境はますます厳しくなっている。
卸、SIerも苦労
SI事業の“オマケ”化へ メーカーも苦しいが、それを市場に流すディストリビュータ(流通卸)、ユーザー企業・団体に販売するSIerも厳しい。90年代後半から00年前半にかけては、PCの買い替えや新規購入を営業の重点に置いていたSIerはいたが、いまはほぼ皆無。「ソリューションビジネスの“オマケ”でしかない」(中堅SIer幹部)。富士通グループでPCやサーバーなどハード販売に強い富士通ビジネスシステム(FJB)の鈴木國明社長は、ハード事業の難しさをこう語る。「PCを含めたハード事業は数をさばくのが絶対条件。そうなると、二次販社を作らなければならない。販社網を作れば、利幅はさらに薄くなり手間もかかるから厳しさは増す一方となる」。
一方、ディストリビュータも同様の見解だ。丸紅インフォテックの天野貞夫社長は、「法人向けPC販売は非常に厳しい」と昨年末に漏らした。PC事業の売上高はここ数年伸び悩んでいるなか、世界同時不況が発生。その影響で買い替えを先送りにするユーザー企業が目立ち始め、需要が減っているためという。PC事業の不振は業界共通の悩みになっているのだ。
クラウドは悪影響?
サービス化でPCは不要に PC事業を困難にする要素はまだある。それがクラウドコンピューティングだ。クラウド時代になれば、クライアント端末にPCのような機能は必要なくなる可能性も高い。その観点から、ユニークだが興味深い見解を示すのがリコーグループの保守・SI(システム構築)会社であるリコーテクノシステムズ(RTS)の岡島秀典・執行役員。「SaaSやクラウド時代になれば、ディスプレイとキーボードさえあればアプリケーションを動かせるようになる。機能が拡張されたルータのI/Oポートにディスプレイを繋ぐだけで操作できる時代がくる」。アウトプットとインプット機器だけで、コンピューティング環境を築けるという見解。もしそんな新プロダクトが登場すれば、当然ながら現在の形態のPCは不要になる。
ここ数年続いた価格下落の影響と景気後退による需要減、そして新潮流クラウド。PCを取り巻く環境は様変わりしている。コモディティ化したPCは、サーバーやネットワーク機器、アプライアンスなど情報システムを形づくるハードウェアのなかでも利益確保が最も難しい商品に成り下がってしまったのだ。
では、クライアント端末の未来像はどんなものなのか。ベンダーの声を集めると、「それでもやはりPC」「シンクライアントの台頭」「仮想化+PC」、そしてモバイルに限定して「スマートフォンに置き換え」と見方が四つに分かれた。多様化時代幕開けの予感がする。
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