経済産業省主導で作り上げた巨大なSaaSインフラ「J-SaaS」。この春、官が企画した一つの情報システムの上で26個のアプリケーションが稼働し、全国の中小企業に向けて一斉提供されることになる。インフラは整い、アプリケーションは揃った。では誰がどう広め、いかに売ろうとしているのか――。本特集では、J-SaaSの全貌を明らかにするとともに、官やISVなどの普及・販売戦略を解説。J-SaaSの販売モデルを探る。
官主導のプロジェクト
SaaS市場への影響必至
3月9日、あるセミナーが東京・新宿で開催された。会場には定員をオーバーする数の参加者が訪れ、スタッフがせわしなく追加の椅子を運び込んでいる。その内容とは、日本コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)が開いたJ-SaaS関連セミナーだ。J-SaaSの概要や参加するISVのサービス・販売戦略などを盛り込んだ内容で、来場者はソフトメーカー(ISV)やSIerなどのIT業界人。参加費用はCSAJ会員であっても有料だが、会場はすし詰め状態だ。ITベンダーのJ-SaaSに対する関心の高さを印象づける光景だった。CSAJ業務課の鈴木啓紹氏も「SaaS、J-SaaSに対する会員企業の注目度はかなり高い」と認める。それもそのはず、J-SaaSは異例ともいえる中央官庁主導のプロジェクトで、IT業界に与えるインパクトが大きいからだ。
ターゲットは中小企業
目標は50万社と挑戦的 本特集のメインテーマであるJ-SaaSの「売り方」を探る前に、なぜJ-SaaSが異例であり、注目度が高いのか、そもそもJ-SaaSとは何かをみてみよう。
J-SaaSは、簡単にいえば官が用意したSaaS型サービスである。一つの情報システムで複数のISVが持つアプリケーションを稼働させ、全国のユーザー企業にワンストップでネット越しに提供する。SaaS型サービスを提供するためのIT基盤構築・運用費用やソフトの移植費用、普及・啓蒙コストは官が負担。要するに、経済産業省が陣頭指揮を執る官主導で進めた、前例のないサービスとなる。
経産省が自ら企画した理由は、中小・零細企業のIT化を加速させるためだ。海外諸国の中小企業や国内大企業に比べて、日本の中小・零細企業はIT化の遅れが深刻で、それゆえに生産性が低いとみられている。とくに経産省は従業員数20人以下のIT化遅延を問題視している。民間のベンダーも中小企業の需要掘り起こしに懸命だが、成功しているとは言い難い。だからこそ、経産省は自ら動き出すことを決め、行き着いたのがSaaSだった。IT初期コストが少額で済み、IT管理者がほぼ不要のSaaSであれば、中小企業にも使ってもらえるはず、と踏んだわけだ。
目標は、2010年度までに50万社の利用。ハードルはかなり高いが、今年度約20億円もの資金をJ-SaaSに注ぎ込んでいる。「経産省も今回は本気のようだ」(J-SaaSに参加するISVの経営者)と業界ではみている。
ISVにとっては、国の資金を使ってパッケージソフトをSaaS化し、中小企業にアプローチできるチャンスが得られる。一方、SaaS事業をすでに自前のITインフラを整備して提供するITベンダーにとっては、脅威になる可能性がある。SaaSの可能性に対するIT業界全体の高い関心も相まって、それゆえにこの国家プロジェクトに注目が集まっているのだ。
第一弾アプリは26種類
今後も続々追加予定 では、経産省はどのように準備を進めてきたのか。経産省でJ-SaaSプロジェクトを主導しているのは、同省の商務情報政策局情報処理振興課で、全体を管理する幹事会社として民間企業である新社会システム総合研究所を選び、同社に全体のコーディネートとプロジェクト管理、実際の諸業務を任せた。IT基盤の開発・運用は富士通に一任。最大のポイントであるアプリケーションは今春開始時点で18社、26種類を用意した(図1参照)。アプリの種類は今後も拡充する予定で、26種類は第一弾。今夏には新たに7社のアプリを増やす計画だ。その後も「順次拡充する」(安田篤・経産省情報情報政策局課長補佐)。ISVは、経産省から移植費用の支給を受けてJ-SaaSに自社製ソフトを移植しサービス化する。利用料金は各ISVが独自に設定するが、月額3000~1万5000円になる見込みだ。
サービス提供の流れはこうだ。J-SaaS専用のポータルサイトにアプリを一覧表示、ユーザー企業は使いたいアプリをそのWebサイトから選び、クリックする。一方、ユーザー企業からの利用料金徴収は、経産省が選定した収納代行事業者6社が担当。ユーザー企業から料金を回収した後、各ISVに利用料金が支払われる。ISVはIT基盤の使用料金を富士通に支払う仕組みだ(図2参照)。
基盤は整った。次のステップとして、ITリテラシーの低い中小企業の利用意欲をどう掻き立て、普及させていこうと経産省は考えているのか。また、販売するITベンダーはどう間接販売網を組織し、拡販しようというのか。次ページからJ-SaaSの普及戦略、売り方を探る。
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