医薬品業界では、2010年前後に大型医薬品の特許がいっせいに切れ、製薬企業各社の収益に重大な影響をもたらすと懸念されている。加えて、高齢化社会の進展に伴い、国の政策として医療費が抑制される影響で、大きな変動の波を受けている。「2010年問題」を抱えて、医薬品業界ではM&Aを見据えたグローバルで業界再編が加速しており、国内製薬企業では、新薬の研究開発体制の確保や製品化までのサイクルの短縮を目指し、海外バイオベンチャーの買収や他社との共同開発、販売提携などの動きを活発化させている。こうした動きをSIerからみれば、新たな需要が生み出されることとなる。この特集では、基幹業務編と営業支援編の2回に分けて、IT業界の活動ぶりを追う。
グローバル化への対応がカギ アクセンチュアの分析レポートによれば、世界の医薬品市場は、米国が第1位のシェアを占めつつも、5%台の低成長にとどまる一方で、経済成長が目覚ましいBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの新興国市場が今後の成長をけん引すると見込まれている。
国内の医薬品売上高は、米国に次ぐ世界2位の市場規模だが、医療費抑制政策や新薬開発費の高騰などで、年々減少傾向にある。国内の大手医薬品メーカーは、2010年問題やジェネリック(後発)医薬品の台頭などに対処し、競争力強化を図るため、研究開発投資の増強やM&Aを推進している。
国内で上場している医薬品メーカーは、内部統制報告制度と国際会計基準(IFRS)への同時対応が求められており、ITの利活用による業務プロセスの改革や財務会計、原価会計、税務会計のグローバル連携が喫緊の課題となっている。ERPの更新を控えるメーカーも多く、「待ったなしの状況」(IDC Japanの笹原英司・ITスペンディング リサーチマネージャー 医薬学博士)だ。
笹原氏は、「大手から中堅クラスのメーカーへとM&Aが広がっている」と説明する。事業組織や情報システムなどについて、合併後のシステム統合や仮想化の需要が見込めるというわけだ。
後発医薬品の台頭は、先発医薬品との軋轢を生んでおり、医薬品の特許に関わる国際訴訟に発展している。「M&Aにより関係が複雑化している」(笹原氏)という事情もあり、データ保護と情報開示を両立させる情報ライフサイクルの整備とリスク管理が急務となっている。
R&Dの領域では、研究開発体制の強化と迅速化を目的に、ファイザーやイーライリリー、ジョンソン&ジョンソンなどがAmazon Elastic Compute Cloud(EC2)などクラウド・コンピューティングを活用したバイオインフォマティクス解析を実施。国内でもクラウド活用の動きが出始めている。臨床開発のグローバル化への対応も迫られており、ITソリューションの需要が見込めそうだ。
研究所の新設に伴う環境コンプライアンスの管理強化により、温室効果ガスの排出量制限などに対応したスマートグリッドに連なるソリューションの提供も盛り上がりが予想される。笹原氏は、国内ベンダーの活躍がとくに期待できる領域だと指摘する。
そのほか、営業支援システムの領域では、外資系を中心に営業組織の再編が進み、インターネット・モバイルを活用したマーケティング戦略が活発化。後発医薬品市場の拡大も後押しする形で、医薬情報担当者(MR)の拡充や市販後調査、医薬品情報提供の強化による競争が本格化している。
SMB市場
盛り上がりはこれから
オフコンのリプレース需要見込む 2005年4月1日施行の改正薬事法では、安全確保対策の充実のほか、従来の製造承認制度から製造販売承認制度に切り替わり、医薬品製造の全面委受託が可能となった。市場に出した製品に対する責任は、すべて製造販売業者(製造委託側)が負うとしている。
生産スケジューリングシステムを手掛けるアスプローバの本社副社長・上海法人総経理を務める藤井賢一郎氏は、「医薬品業界向けの導入実績が例年の10倍以上になっている」と驚きを隠さない。「SAP Business All-in-One」認定ソリューション「Specific for Pharma」を展開する日立システムアンドサービスも「引き合いが増えている」(橋本和明・関西産業本部第一システム部長)という。
一方で、法改正に伴うシステム導入は一巡したという意見もある。中堅製造業向けERPパッケージ「JIPROS」を開発・販売する日本電子計算の田財宗徳・営業統轄本部産業営業部JIPROS担当セールスマネージャーは、「2005年の薬事法改正で、大手メーカーを中心にシステム需要があり、その2年後に中堅メーカーでシステム導入があった。リーマン・ショックで鈍化した時期もあったが、今年は年商100億円以下の中堅メーカーに導入が進むのではないか」と見込みつつも、「基幹系のシステムは、それほど導入が進むとは思えない。むしろユーザー企業の目は現場系に向いている」と指摘する。
大手医薬品メーカーは、1990年代から2000年代にかけて、業務の標準化や部門間の連携による全社最適を推進してきた経緯がある。「今は、さらに改善していこうという段階だ」(日立システムの橋本部長)。翻って中堅医薬品メーカーでは、「大手が取り組んできたことを、後追いで始めようとしており、対応は遅れている」(同)という状況だ。ホスト時代からインハウスによるシステム運用をベンダーに任せ、ITコストが高止まりしているケースが多いため、経営者にとって頭の痛い問題となってきた。
日本電子計算の田財セールスマネージャーは、受注の決定要因となるのは、「オフコンからのリプレースなど、旧システムの限界に伴う場合が多い」という。ただ、オフコンから別のプラットフォームにただ置き換えればよいというわけではない。橋本部長は、「仕組みとしてシステムのニーズに合わせて変えていかなければならない」と釘を刺す。
厚生労働省は、医療費抑制のために後発医薬品の普及を推進している。2008年4月から処方箋の書式が変更され、病気に対して処方できるジェネリック医薬品がなかったり、患者が新薬を望んでいたりするといった特別な事情がない限り、後発薬が処方されるようになった。後発医薬品メーカーは、従来何に投資をしてきたかといえば、「人と設備」(橋本部長)である。一方で、情報整備は進まなかったという。それが今になって、レガシーシステムからの脱却を図ろうとしているのだ。
後発医薬品市場には、新薬メーカーも続々と参入しており、競争が激化している。後発医薬品だからといって右肩上がりとはいえない状況になりつつある。「メーカーの間に危機感が漂っている」(橋本部長)こともシステム導入の後押し要因となりそうである。
ただ、ベンダーによって受け取り方はさまざまだ。日本電子計算では、後発医薬品メーカー向けに、「JIPROS」の導入数が伸びているわけでもなく、温度差がある。また、東洋ビジネスエンジニアリングの西村一也・プロダクト事業本部営業本部営業1部部長は「後発医薬品メーカーに対する情報提供は行っている。需要が活発になるのはこれからではないか」と、今後の市場の盛り上がりに期待している。
橋本部長は、業界全般について従来の状況を振り返ってこう指摘する。「とにかく売り上げを伸ばす意識が強かったのではないか。部門別の利益や予算など、経理・会計系が整備されていない医薬品メーカーが多かった」。そうした姿勢が変わってきたという。経営意識の変化が同社にとっては追い風になるとみている。
内と外に目を向ける 日本電子計算は、年商100億円以下の中堅医薬品メーカー向けに「JIPROS」の導入実績を伸ばしつつある。オフコンからのリプレースが多いのが中堅・中小企業(SMB)市場であり、「ほぼ全面的に見直す場合が多い」(田財セールスマネージャー)。極力、パッケージに合わせてもらい、「機能はそのまま使っていただいて、60点取れればよい」という姿勢をとる。
同社は、売り上げの90%以上を直販が占める。パートナー企業とも共同販売が中心だ。田財セールスマネージャーは、「まだブランド力が弱いため、一つひとつ着実にサービスレベルを上げていく」と謙虚に話す。現時点で販売チャネルを増やすことは明らかにしていないが、地方の特約店は加えていくことを示唆する。とくに富山地区を強化する意向だ。
営業支援システム「MR Planner」や医学・医療品情報データベース「e-infoStream」などの商材も揃えており、「JIPROS」を中心に、基幹業務システムと連携させることで、付加価値の向上につなげていく。「JIPROS」については、標準インタフェースの搭載やビジネスインテリジェンス(BI)ツールの増強なども視野に入れている。
方針としては、国内のSMB市場に注力し、当面はオフコンのリプレース需要を見込む。ただ、SMB市場でも外資系メーカーとの提携や買収が広がっており、純粋に国内市場を相手にしている医薬品メーカーは生き残りが難しくなっている。「大手メーカーと異なり、買収した外資系メーカーのITガバナンスをどうするかが分からない。ノウハウがないため、ベンダーは積極的に助言・提案できるようにしなければならない」。IDC Japanの笹原氏は、海外に目を向けないと市場は小さくなるばかりだ、と警鐘を鳴らす。
「JIPROS」と並び、SMB市場で存在感を発揮している「MCFrame」の開発・販売を手掛ける東洋ビジネスエンジニアリングは、パートナー企業とのアライアンスで、販売や治験など自社ラインアップにない商材もワンストップで提供できる体制づくりを目指す。
「JIPROS」と連携し、外部データソースの入出力インタフェースを標準装備するアスプローバの生産スケジューリングシステム「ASPROVA」は、医薬品業界向けの案件が急激に伸びている。従来から主な導入先としてきた電子部品・デバイス製造業や輸送用機械器具製造業向けの案件数が、経済不況の影響で下降気味であるのとは対照的だ。
後発医薬品は、多品種少量で品目切り替えが多く、製造負荷が大きい。そのうえ、近年の市場拡大で、注文数は増加傾向にある。生産スケジューリングシステムに対する需要は高まりをみせているわけだ。アスプローバの製品は初期導入コストがゼロで、カスタマイズが不要な点などが評価されている。
アスプローバは、国内のほかに韓国と中国、ドイツ、米国に拠点を設け、全世界で販売活動を展開している。国内だけをみれば、工場数は減少していく傾向にある。本社副社長・上海法人総経理の藤井氏は、「国内と海外を含めた情報連携ができるようにしていかなければならない」として、海外展開を加速化させる姿勢をみせている。
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