世界同時不況の端緒となった“リーマン・ショック”が起きてから、この9月で1年となる。この間、世界の経済ルールは大きく様変わりした。ユーザー企業の経営を支えるITもまた変革を強く求められるようになった。この特集では、IT業界がこの1年の間にどのような変革を遂げてきたのか、変化の先にはどのような業界の将来像が見えるのか――。
エラスティックの実践へ“右肩上がり”の時代が終焉
リーマン・ショック以降の経済混乱下の1年間、IT業界に突きつけられた課題は“コスト削減”だった。大型のIT投資が相次いで凍結され、いざ再開されても予算が大幅に削減されるというケースが増加。ITベンダーはハードやソフトが右肩上がりで売れる時代が終わったことを痛感することとなった。否、いずれ市場の伸びが鈍ることは予想されていたが、経済危機の勃発でそれが「少なくとも3~5年は前倒しされた」(大手SIer幹部)のが、より正しい認識だろう。問われる“伸縮自在”の機能 この1年、激変するグローバル経済の荒波に揉まれた世界大手SIerのアクセンチュアが導き出した答えは「エラスティック(=伸縮性のある)経営」である。経済はバブルの生成と崩壊を繰り返しながら成長する。ITシステムも一本調子の拡大路線ではなく、バブルの崩壊期には自身を縮小できる機能を身につけなければならないという趣旨だ。ITシステムを拡大させることはできても、「IT業界はこれまで、縮小させることは苦手としてきた」(アクセンチュアの沼畑幸二・エグゼクティブ・パートナー)と、問題点を指摘する。
ITシステムの存在がそれほど大きくなかった20世紀型の経営ではさほど表面化しなかったが、現在ではITが経営の根幹を支えるほどの巨大なシステムへと発展を遂げている。投資額や維持運営費も拡大し続け、これがIT業界全体を潤してきた。しかし、経済の収縮フェーズに入ると、ITにかかる費用が重荷になる。肥大化したITを適正値に戻せないITベンダーは顧客から見放され、シェアを奪われる流れが明確になってきた。
「エラスティック経営」は、ユーザー企業が実践すべき手法であると同時に、ITベンダーが提供するソフトやサービスなどの商材にも組み込まれるべき機能であるのだ。今年度(2010年3月期)の情報サービス市場について、情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長=NTTデータ相談役は、「前年度比10%減もあり得る」との厳しい見通しを示している。そうしたなかで、ITベンダーは自身のソフト・サービスにかかるコストをどう削減し、ユーザーのエラスティック経営をいかに推進していくのかが問われている。
やはりクラウドが脚光 マクロでみれば、経済における日米欧の三極体制が崩れ、中国やインド、ブラジル、ロシアなど多極化した経済体制へと移行しつつある。製造業やサービス業、IT業界までも含めて、もはや中国やインドの存在なくしては語れない。時間軸で見ても、地域的な側面で見ても、経済規模は拡大と縮小を繰り返す。こうしたエラスティック経済に対応できる、現時点で最も有力な仕組みがクラウドコンピューティングであると目されている。
アクセンチュアが調査会社の調べをもとに試算、推計したところ、国内SIサービスに占めるクラウド型サービスの比率は2013年には約26%へ拡大する見通しだ。クラウドが登場した当初の見込みでは、2015年で同比率を10%程度と予測していたが、「大幅に前倒しになっている」(アクセンチュアの沼畑エグゼクティブ・パートナー)と話す。
リーマン・ショック以降のコスト削減圧力、縮む経済に対応できるコンピューティングを求めるユーザー企業が、IT市場を大きく様変わりさせた。市場規模でみると、年平均成長率は31.6%に達し、2013年には1兆1740億円へと拡大。一方、従来型のSIの年平均成長率は-4.9%と低調で、13年は08年比で9000億円ほど縮小する見込みである。
クラウドを支える仮想化ソフト技術で米ヴイエムウェアと激しいシェア争いを繰り広げる米シトリックス・システムズは、リーマン・ショックで「ビジネスの潮目が変わった」(米シトリックス・システムズのウェス・ワッソン・シニアバイスプレジデント)と実感する。同社はIT投資の抑制で業績が伸び悩むなど苦しい側面があるが、そのなかでも「むしろプラスの要素も少なくない」(同)と手応えを感じている。
未開拓市場が目の前に ITシステムの運用費を大幅に削減するサーバー仮想化の領域では、ライバルのヴイエムウェアの後塵を拝するシトリックスだが、デスクトップ(=クライアント)領域では一日の長がある。ユーザー企業のパソコン環境は最も変化が進んでこなかった部分だ。クライアントOSの大部分を占めるWindowsの使い勝手のよさが逆に変化を拒んできた側面は否めない。そこで、シトリックスがもつ強みを生かし、Windowsの利便性を維持しつつ、管理コストを引き下げ、これまで未開拓だった分野でのビジネス拡大を射程内に入れる。
業務アプリケーションソフトの仮想化はすでに一般化しているが、パソコンのOSも含めて仮想化する“デスクトップの仮想化”はまだ緒に就いたばかり。デスクトップごと仮想化し、サーバーと同様に集中管理すれば、クライアントにかかるコストは一気に削減できる。
米シトリックスが一部出資し、取締役も派遣する米デスクトーンは、仮想化したデスクトップをサービスとして複数のユーザーに提供する「デスクトップのサービス化(DaaS)」を展開している。米シトリックスのワッソン・シニアバイスプレジデントは、世界の企業で使われるデスクトップのうち、およそ30%が向こう3~5年で仮想化されると予測する。
リーマン・ショック以降のユーザーのコスト削減意欲はかつてないほど高まっている。加えて企業向けでは不振だったWindows Vistaに代わり、新しくWindows 7が登場。事実上の主流になっているWindows XPのサポート終了期限が近づけば、おのずと7への移行が進むと見られるが、旧来の運用コストがかさむクライアント/サーバー(C/S)方式の踏襲に躊躇するユーザー企業が多数出てくるのは必至の情勢だ。クラウドの機運の高まりもあり、「このタイミングで一気にデスクトップの仮想化が進む、またとないチャンス」と、虎視眈々と狙いを定める。
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