異例の組み方を断行した両社
協業効果はあるのか 事業会社は別で、それぞれの製品ブランドは残す。ユーザーからみれば、何も変わらない。表面は変えないのは両社の狙いだと思うが、それでは、裏ではどのような相乗効果を発揮するための仕掛けがあるのか。「公正取引委員会の規制があって、細かな情報を共有できなかった」というが、レノボとNECは、1月の発表からおよそ5か月間、毎週1回、3~4時間をかけた合同会議を重ねてきた。そうした活動から導き出される統合効果はどのようなものなのかを探った。
Point 1 開発・製造
部品調達に効果あり
NECは、山形県米沢市にパソコンの開発・生産の旗艦拠点「米沢事業場」を抱えている。一方、レノボは研究・開発拠点「大和研究所」(神奈川県横浜市)をもつ。今回の協業が発表された後、「米沢事業場は閉鎖されるのではないか」という憶測が飛び交った。しかし、それについてラピン氏は完全否定している。「NECの強み」として維持する方針を、公の場で何度も強調してきた。今後は、この米沢事業場と大和研究所が、どう連携するかがカギになる。
両社の主張を整理してみると、NECは日本市場でニーズが強いAV機能とデザイン、省エネ技術が強みといい、レノボは堅牢性・信頼性を売りにする。これらの相互乗り入れが、焦点になりそうだ。ラピン氏は、「もしニーズがあるのであれば、デュアルブランド製品を開発・販売する可能性がないとはいえない」と含みをもたせている。
一方、部品調達では、NECにとって、共同調達によるコスト削減効果は大きいだろう。「どれほどの共通部品があり、コストをどれだけ削減できるかはまだ分からない」と、高須氏は公正取引委員会の規制を理由に明言を避けるが、それでもラピン氏は「ユーザーの期待は十分把握しており、それを裏切るつもりはない」と笑顔を交えながら話す。浮いたコストを価格に反映し、従来よりも安価に販売する可能性はあるだろう。
製造については、NECは従来通り米沢事業場を核にし、レノボは台湾や中国のODMベンダーを通じた製造を維持する。この分野での提携メリットはほぼないと思われる。開発・製造分野での相乗効果は、まずは価格面に現れそうだ。

山形県米沢市の「米沢事業場」。東日本大震災で被災したが、現在はフル稼働している
Point 2 販売
商流での相乗効果は期待薄
販売面での連携は、現時点ではほとんどないといっていい。図3には新会社が設立された後の販売体制を示した。レノボ・ジャパンとNECパーソナルコンピュータで、完全に分断されている。高須氏は、「従来通りの販売体制を維持する」と明言しており、それぞれの事業会社が別々に販売することになる。あるNEC系SIerの社長は、「変わったことは何もない。(今回の協業は)現時点でメリットもデメリットもない」と話している。
従来通りの販売体制は維持するが、NECは少し複雑な布陣を敷く。個人と法人向けモデルで、製品の流通・販売体制を分けたのだ。個人向けには、NECパーソナルコンピュータが家電量販店などに製品を供給して販売するシンプルな仕組みだ。ただ、法人市場ではNECを絡ませる。NECパーソナルコンピュータが、NECの営業部門に製品を供給して、NECが販売パートナーやユーザー企業・団体に販売する。高須氏は「法人の場合は、パソコンだけを購入するというよりも、情報システムとセットで購入するケースが多い。パソコン専業の当社よりも、他のプロダクトやサービスをもつNECが扱ったほうが、販売店にとってもユーザーにとっても好都合」と語っている。
法人市場では、両社のパートナー支援部門が連携することによってもたらすことができる販売パートナーのメリットが見当たらず、当面は販売面で新たな動きがあるとは考えられない。
Point 3 サポート
個人向けで相談窓口を統合
サポートについては、個人向け製品ですでに動きはじめている。レノボ・ジャパンが販売している個人向けのパソコンで、レノボ・ジャパンが従来行っていた電話による問い合わせ対応業務を、NECパーソナルコンピュータに委託する。開始時期は2012年1月をめどにしている。NECの総合サポート窓口である「121コンタクトセンター」は、従来通りNECの個人ユーザーのサポート業務のほかに、レノボ・ジャパンの「IdeaCentre」や「IdeaPad」に関する相談も、受け付けることになる。
一方、法人ユーザーでは、当面の間は互いのインフラ・体制を維持する。NECは保守サービス会社のNECフィールディングが、全国400拠点を活用してパソコンの修理対応や相談サービスを行う。レノボは、総合相談サービスセンター「スマート・センター」と、技術支援問い合わせ窓口の「レノボ・テックライン」を維持して、保守業務を行う。ただ、あるNECのパソコン事業担当者は、「7月4日時点で今回の窓口の統合を発表できたのは、それだけ統合効果を早期に見出せたから。個人向けに限らず、法人向けでも統合する価値はある」と話しており、何らかの動きがありそうな気配だ。

NECの総合サポート窓口「121コンタクトセンター」
Point 4 海外、他事業部門
サーバー、ソリューションに可能性
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| NEC中国の総裁を務める木戸脇雅生氏。言葉を選びながらも、中国市場での協業に含みをもたせていた |
今回の協業の主な範囲は、国内のパソコン市場。だが、それ以外の分野にも広がる可能性がある。まずは海外市場だ。NECはパソコンで海外市場から撤退しており、レノボとの提携で、世界に再進出するチャンスを得た。「海外進出している日系企業向けに、NECのパソコンをレノボの販売ルートを活用して販売する計画」(高須氏)だ。一方、レノボにとってもメリットはある。ラピン氏は、「成熟市場では、高機能のモデルを求める層が多い。この分野ではNECが高い技術をもっている。NECの技術力をレノボに移植して、レノボブランドの高機能パソコンを新たに開発することができる。世界で販売する可能性は十分ある」としている。「個人向けパソコンは日本以外では販売しない」(高須氏)方針なだけに、NECの技術を活用したレノボ製パソコンが世界で売られる可能性は十分にあるだろう。
一方、他事業部門では「話は進んでいない」と、4月末時点でラピン氏は話している。だが、NECの遠藤社長は、「レノボとNECの両社は、さまざまな分野で協力できる可能性がある。今回の内容(パソコン事業)はその第一歩。今後、提携範囲は携帯端末に広がるかもしれないし、ほかでもあるかもしれない」と匂わせた。また、NECの執行役員で中華圏(中国本土、台湾、香港)の総責任者を務める木戸脇雅生総裁は、今年2月の段階で「NECのサーバーとソリューションの中国市場での販売を強化するための協業はあり得る」と言葉を選びながら話した。ハードウェアが主体のレノボに比べて、NECの事業領域は格段に広い。レノボは、SIやクラウドに代表されるITサービス事業を手がけておらず、レノボにとってそのビジネスの可能性を探り、ノウハウを得るチャンスになる。現時点での新会社の役割はパソコン事業だが、今後はレノボとNECの間でさまざまな事業連携を模索するはずだ。
苦しい状況のパソコン市場
“規模の論理”は不可欠か 今から7年ほど前の2004年11月、調査会社大手の米ガートナーは、「パソコンメーカーの上位10社のうち、07年までに3社は撤退する」という大胆なプレスリリースを発信した。低価格化が進み、販売台数の伸びも見込めない状況を予測し、PC事業を継続できないメーカーが現れるとみたのだ。発表があったその翌月、米IBMはパソコン事業をレノボに売ることを発表した。実際には、07年まで撤退したメーカーはこの1社だけだが、その後、09年にゲートウェイが姿を消して、この時点で上位2社が撤退した。日本では、日立製作所が法人モデルでHPからのOEM供給を受け、シャープは09年に生産を打ち切った。パソコン事業が、ここ数年一貫して厳しい環境にあることを印象づける経営判断が続いている。
IDC Japanの調べによれば、2010年の国内パソコン市場は1578万台で、過去最高の出荷台数を記録した。しかし、今後は違う。2010~15年における年間平均成長率(CAGR)は0.3%減。ほぼ横ばいで市場規模は変わらない。メーカーにとっては限られたパイを奪い合う消耗戦が、今後も続くことになる。
パソコンはどのメーカーも共通部品を使い、差異化要素を打ち出しにくい。ユーザーがパソコンを選ぶときに最も大きな判断材料になるのは、価格だろう。メーカーにとっては、価格をどれだけ抑えられるか、スケールメリットが大事な要素になる。「部品の大量調達で大量販売」の“規模の論理”である。そうなると、国内メーカーは厳しい。2010年実績で世界市場におけるメーカーシェアで、上位10位に入ったのは東芝(5位)とソニー(10位)のみという状況だ。
富士通の山本正已社長は、「当社も同じこと(他社との協業)を考えていなかったわけではなかった」と語り、パソコン事業を取り巻く環境が、いかに厳しいかという状況を打ち明けている。
レノボとの協業というNECの選択に、今でも賛否両論はある。現時点では、相乗効果は大きいとは断言できない。だが、NECは生き残りをかけて大英断を下した。No.1メーカーがこうした決断を下した現実は重い。そのことを他のパソコンメーカーも感じていることは間違いない。