従業員数が100人以下の小規模企業をターゲットにしたネットワーク機器市場の構造が変わろうとしている。昨年の秋に、大手外資系のシスコシステムズが低価格製品を提供する「スモールビジネス」を開始し、ヤマハやバッファローなど国産メーカーと正面からぶつかることになった。需要の伸びが見込める「小規模企業向けネットワーク機器」をどう売り込むか。各社の取り組みを追う。
外資系メーカーは潜在ニーズを狙う
ボリューム販売で収益の獲得へ 国内IT市場の成長ポテンシャルが縮小傾向にあるなかで、IT機器メーカーは、事業を拡大するために、新規のターゲットの開拓を迫られている。大手の外資系メーカーがまだ手をつけていない領域といえば、国内に数多く存在する中堅・中小企業(SMB)である。特筆すべきは、肝心のSMBがITインフラ投資の拡大に動き出していることだ。その動きに歩調を合わせて、外資系のIT機器メーカーがSMB向けの事業展開に拍車をかけている。
大手のIT機器メーカーがターゲット市場の拡大を図って、中堅・中小企業(SMB)の開拓に着目するというのは、決して新しい動きではない。リーマン・ショック以降、経済が低迷して大企業を相手にした大型案件が減少し、ここ2年の間に、IT機器メーカーは急ピッチでSMBの開拓を急ぐようになっている。SMBといっても、多くのメーカーが狙っているのは、従業員数が数百人程度で年商規模300億~400億円の、どちらかといえば「中堅」の企業である。年商5億円未満の小規模企業については、外資系をはじめとする大手IT機器メーカーはこれまであまり視野に入れていなかったのだ。
ところが、昨年の後半から興味深い動きがみえてきた。シスコシステムズや日本ヒューレット・パッカード(日本HP)といった大手外資系メーカーが、5万円前後という低価格帯に抑えた小規模企業向けのIT機器を提供するようになったのだ。
小規模企業では、近年、パソコンやインターネット接続環境の普及が進んではいるものの、サーバーやストレージ、ネットワーク機器の導入率がまだ低く、ITインフラを強化するにあたって、IT機器導入の潜在的なニーズが高いとみられる。小規模企業の潜在ニーズを狙って、ボリューム販売で収益を獲得していくのが、シスコや日本HPなど大手メーカーの戦略である。
低価格ルータは
需要が拡大する 金融機関や通信事業などの大企業を得意とすることで知られているシスコシステムズは、昨秋から、「スモールビジネス」と名づけて、従業員数5~99人規模の企業を狙った事業を展開している。シスコは「スモールビジネス」をおよそ4年前から世界各国で展開しており、昨年から日本でも事業を開始した。同社は、日本の小規模企業のITインフラ投資が伸びるとみているからだ(図1参照)。
業種や規模を問わず、企業のITインフラに欠かせないのは、ルータやスイッチ、無線アクセスポイントといったネットワーク機器だ。なかでも、異なるネットワーク間を相互接続し、データを中継するルータの需要が旺盛だ。
調査会社のIDC Japanは、東日本大震災によって企業が一時的にIT投資を抑制することから、企業向けルータの市場規模は、今年に関しては2010年の実績を下回るとみている。しかし、リプレース需要にけん引され、2012年からはプラスに転じて、2015年まで販売台数がコンスタントに伸びていくとの予測を公開している(図2参照)。IDC Japanの調査で販売台数と販売金額の動きを比較してみると、台数は伸びるものの、金額はほぼ横ばいで推移していくことがわかる。要するに、向こう数年の間、企業向けルータの平均価格が下がるわけだ。台数が伸びながらも金額が横ばいということから推測すれば、今後、とくに小規模企業向けの低価格ルータの需要が高まるということになる。
しかし、低価格製品の需要が高まるとはいえ、IT管理のリソースが少なく、IT機器導入に不慣れな小規模企業の市場をいかに開拓するかが、ITベンダーにとって喫緊の課題となる。SMBに特化してIT動向を調査するノークリサーチによれば、年商5億円未満の企業の半数以上(56%)がIT機器を導入する予定はないと回答しているという。つまり、「価格の引き下げが必ずしもニーズの喚起につながっているわけでない」(岩上由高シニアアナリスト)ということだ。メーカーや販社は、ネットワーク機器導入の重要性をユーザー企業に積極的に訴求する必要がある。
小規模企業はもともと
国産メーカーの得意領域 小規模企業を含めたSMB向けのネットワーク機器市場は、以前から、国産メーカーが得意としている領域である。平均購入価格が11万円以下の企業向けルータでメーカーシェアの首位(IDC Japan調べ)を獲得しているヤマハをはじめとして、消費者向けルータにも強いバッファローや、医療や文教の市場を得意とするアライドテレシスなど、国産メーカー各社は長年にわたって販売網を構築して、SMB市場での立ち位置を固めてきた。新たに市場に参入してきたシスコシステムズは、これまでの事業展開にあたって競合としていなかったプレーヤーと戦うことになるわけだ。
小規模企業向けのネットワーク機器市場は、シスコシステムズの参入によって、どう変わるのか。シスコは「スモールビジネス」を開始してからまだ1年ほどしか経っていない。今の段階では、販売パートナーの獲得や認知度の向上に取り組んでおり、市場での存在感はまだ大きくない。「マーケットシェアも現時点ではゼロに近い」(シスコシステムズ パートナービジネス アーキテクチャビジネス推進の高村徳明部長)という。しかし、シスコは営業体制の充実やパートナー支援などの面で「スモールビジネス」の強化に取り組んでおり、これから、小規模向けネットワーク機器市場が何らかの影響を受けるのは必至だ。
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