「クラウドは、IT産業の今後を担う」と誰もが口を揃える。確かにユーザー企業にとっての利便性は高く、今後の成長に疑いの余地はない。しかし、本当にプラスの要素だけなのか。ユーザー企業が情報システムをもたなくなり、ネットワーク越しにコンピュータリソースを使うようになることで、失われるものはないのだろうか。クラウドの光、すなわち日の当たる部分と、その裏に潜む影に迫った。
[クラウドの光]
ベンダーの期待大きく
ユーザーのメリットも多大
世界最大手もクラウドに クラウドに懸ける。社内のリソースをクラウドにシフトする──。
今からおよそ1年前の2010年7月、日本マイクロソフトの樋口泰行社長は、経営方針説明会でこう言い切った。世界最大手のソフトウェアカンパニーが、クラウドに大きく舵を切ることを宣言した瞬間だった。
日本マイクロソフトは、今では多くのソフトと、クラウドに代表されるサービスをもつ。だが、ビジネスを支えているのは、相変わらずソフトのパッケージとライセンス販売だ。日本マイクロソフトのある幹部は、「パソコン向けの『Windows』と『Office』のパッケージ・ライセンスの売上高が約70%を占めている」と漏らしている。つまり、クラウドという形態とは、正反対のビジネスが大きいのが実情だ。クラウドを推進すれば、既存のビジネス、いわば今の儲けのタネを失いかねない。しかし、今後のITトレンドはクラウドに向くと確信し、経営資源を集中する方針を固めたわけだ。
それまで、日本マイクロソフトは、オンプレミス(ユーザー企業が自社保有・運用する)型システム向けとクラウド型向け製品を併売していく「Software+Service(S+S)」というコンセプトを掲げていた。「S+S」は既存のビジネスも維持しながら、新たな分野(クラウド)も成長させていくという、いわば折衷案。だが、今ではその言葉が日本マイクロソフトの幹部から聞かれることはまずない。同社がクラウドに賭けていることの証だろう。「既存ビジネスでは長期的な成長はない」というITのリーディングカンパニーの危機感の現れともいえる。
日本マイクロソフトだけでなく、ここ2~3年の間に、クラウドへの思いを示しながら、そこに経営資源を投じるソフトメーカーやSIerは枚挙に暇がない。
ユーザーのメリット多く クラウドがバズワードの領域を脱してIT業界の主役に踊り出た理由、つまりユーザーがクラウドに投資しようと思う理由について探ろう。
そもそも、クラウドとは何か。IT業界でクラウドコンピューティングという言葉を最初に口にしたのは、米グーグルのエリック・シュミット会長で、2006年のことだったといわれる。そして当時も今も、明確な定義はない。ITベンダーやユーザー企業ごと、時と場合によって、クラウドの意味が異なるケースが多々ある。
ITベンダーや調査会社などは、クラウドをいくつかのカテゴリに分け、提供するサービスを区分して「SaaS」「PaaS」「IaaS」などに分けた。例えば、「SaaS」は「Software as a Service」の略で、主にアプリケーションソフトの機能をネットワーク越しに提供することを指す。現在は、「Application as a Service」と呼ぶ人や企業も出てきた。また、別の軸で切った分け方もある。特定のユーザーに向けてサービスを提供することを「プライベートクラウド」と呼び、不特定多数のユーザーに向けてのサービスを「パブリッククラウド」と称する。
いろいろあるが、共通していえるのは、クラウドはインターネットや専用線というネットワークを経由して、ハードの処理能力やソフトウェアの機能をサービスとして提供するということだ。
では、改めて、ユーザー企業のメリットは何かを検証してみよう。複数挙げられるが、まず、ネットワーク越しに情報システムを利用するようになれば、自社でシステムを運用する必要がなくなることが大きい。情報システム部門の担当者は、正常にシステムを動かし続けるための日々の運用管理業務から解放される。そうなれば、事業を伸ばすためのIT戦略立案という発展的な仕事ができる。「ユーザー企業のIT投資の約70%は運用費用で、新規投資は30%しかない」という悲しい現実も解消されることになる。
もう一つは、業務効率の向上だ。システムをネットワーク経由で利用するようになれば、基本的にはどこでも仕事ができる。また、端末に依存することもない。利用するアプリケーションとデータは、ネットワーク先のデータセンターにあるので、特定の端末を使い続ける必要もない。情報システム管理者にとっては、端末管理の負荷も減る。
ほかにも省電力やオフィススペースの削減、最近では事業継続計画(BCP)の観点から、情報システムはプロ(ITベンダー)の施設に置くという考え方が一般的になりつつあることも、クラウドへの関心を高める大きな理由になっている。
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