基幹系システムの導入を検討する中堅・中小企業(SMB)の間で、クラウドコンピューティングが選択肢の一つになりつつある。IT資産の変動費化やセキュリティガバナンスの向上、TCO(総保有コスト)の削減、新規ビジネスの創出など、クラウド(SaaS)からはさまざまな導入効果を享受することができる。オンプレミスかクラウドか。ITベンダーには、SMBの要望に適した提案が求められている。
クラウド(SaaS)ビジネスの実情は
身軽な新興勢力が先行 調査会社のガートナージャパンは、ITベンダーがSMB市場でSaaS型ビジネスを展開するうえでの障壁について、(1)オンプレミス型との間で生じる共食い(2)自社の既存チャネルとの競合(3)参入当初における利益確保の難しさ(4)営業担当者の育成や実績評価制度の再構築(5)損益分岐点を見積もることの難しさ──の5項目を指摘している。
オンプレミス型からSaaS型ビジネスへの移行に伴う一時的な売り上げの減少や既存パッケージの販売店との競合、参入時の初期投資の大きさから生じる利益確保の難しさ、営業担当者の評価制度の確立など、上記(1)~(4)がITベンダーのクラウド事業の展開を難しくしているのだ。
最も大きな参入障壁となっているのが(5)で、損益分岐点が予測できないことが課題となっている。SaaSビジネスの拡大に伴って出費を余儀なくされる新規投資をはじめ、既存のライセンスベースのビジネスへの影響、競争激化による価格の叩き合い、ユーザーの中途キャンセル、パートナーとの関係維持など、数値化しにくい予測が損益分岐点の見積もりには必要となってくるからだ。
ガートナージャパンの片山博之・リサーチ部門ITデマンド・リサーチ リサーチディレクターは、「大手ベンダーには、パートナーを支援する仕組みづくりが求められている。パートナーは、クラウドと既存システムとの連携やカスタマイズで利益を稼ぐという方法がある。あるいは、クラウドビジネスはあくまで呼び水と捉えて、周辺のインテグレーションビジネスで利益を確保することもできるだろう」と説く。
こうした壁があることを踏まえれば、SMB市場でのSaaSビジネスに対するITベンダーの姿勢に大きな温度差があることもうなずける。オービックビジネスコンサルタント(OBC)やOSK、応研など、すでにユーザーやパートナーから根強い支持を得ているベンダーは、好調なパッケージ販売に注力している。不安材料が多いSaaSには慎重な姿勢を崩さない。
ただし、販売チャネルを維持しながらクラウド事業を推進しているピー・シー・エー(PCA)のようなベンダーも存在する。インフォコムや富士通マーケティング、NECネクサソリューションズなども、基幹業務向けクラウド事業の展開による成長戦略を描いている。
SaaS型業務アプリケーションベンダーの新興勢力といえるネットスイートやオロなどは、従来からのベンダーとは立ち位置が若干異なる。もともと販売店を多く抱えていなかったり、オンプレミス型での販売がなかったりするため、“しがらみ”に捉われることがない。価格競争や中途キャンセル、新規投資などの不安要素は抱えているが、老舗のベンダーと比べてSaaSビジネスの足かせは少ない。
このほか製品面では、全方位で品揃えを充実させるというよりは、足りない部分を他社製品で補完する手法をとっているのが特徴となっている。
従来からのベンダーもSaaS展開に力を入れ始めており、これからサービスの淘汰が始まるとみられる。
当社の売り方、披露します ベンダー側の事情は、込み入っているものの、クラウド(SaaS)に特有の価値を見出すことができることは確実である。この特集では、納入事例から“売り方”の勘どころを探っていく。
ビジネススピードを向上する
事例:グローバルウェイ→ユニオンキャップ
製品:SaaS型ERP「NetSuite」 クッション封筒の製造・販売のほか、合成樹脂製品・原料や紙製品・原材料、生活消耗品などの国内販売・輸出入などを手がけるユニオンキャップは、新規事業部を立ち上げようとしていた。「NetSuite」の販売代理店で、同社ホームページの制作を担当していたグローバルウェイは、SaaS型ERP(統合基幹業務システム)を選択肢の一つとして提案。資産の変動費化やビジネススピードの向上、見える化を訴求して、納入に結びつけた。
ユニオンキャップの主力事業は、クッション封筒の製造・販売だ。しかし、東京支社を統括する遠藤潔・取締役支社長は、「当社が扱っている商品の市場は小さな規模なので、ビジネスの成長性に課題を感じていた」と話す。そこで、目をつけたのが購買業務を代行したり商品を企画・立案して販売したりするリテール事業だった。
大阪に本社を置き、名古屋に工場をもつ同社は、当初は新事業部の立ち上げに際して、パッケージの見積もりを取った。しかし、できるだけ安価に、しかも迅速にシステムを構築することを求めていただけに、稼働開始までの期間と投資金額が要件と合致しなかった。
そんななか、グローバルウェイが「NetSuite」の利点として挙げたのは、月額課金という価格体系をはじめ、システムの拡張性、アジリティ(機敏性)の高さなどだった。パッケージと比べると導入期間が半分ほどで、投資費用の回収が容易だった。まさに、遠藤支社長が膝を打つシステムだったのだ。
2010年4月のシステム稼働までに要した導入期間は3か月ほど。会計業務は本社で一括処理し、販売管理をSaaSで利用することにした。「旧来の基幹システムでは、マクロで作り込んだ処理手順がブラックボックスでサイロ化しており、手を入れられない。まずは東京支社でパイロット的に稼働している」(グローバルウェイの渡辺信明・取締役エンタープライズ・ソリューション事業部事業部長)。
遠藤支社長は「NetSuite」ならではの利点を次のように指摘する。「トランザクションを実行していくごとにリアルタイムにBI(ビジネスインテリジェンス)ダッシュボードのデータを表示することができる。KPI(重要業績評価指標)もセットされていて、プロセスの見える化を実現することに貢献する」。
1年後をめどに、クッション封筒事業部にもシステムを横展開していく意向だ。生産管理システムとの連携も視野に入れている。財務会計は、当面は日本の商慣習に対応する国産パッケージで賄う考えだ。

「NetSuite」を提案したグローバルウェイの渡辺信明・取締役(左)とユニオンキャップの遠藤潔・取締役支社長
SaaS利用のポイント
「コスト競争になりがちな業界で、工場などへの投資は難しい。生き残るためにはM&Aが視野に入ってくるだろう」と遠藤支社長は話す。迅速かつ安価に導入し、本社からグループ会社のITガバナンスを利かすために、SaaS型ERPが有力な選択肢となるとみている。新規ビジネスの創出や事業の拡大にSaaSの有効性を見出している。
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