【事例3】シンクスマイル
ゲーミフィケーションを人事評価に活用
ゲーム感覚でバッジを贈り合う 食事やエステティックサロンなどの割引サービスを紹介するお試しサイト「トライフィールコレクション」の運営やポイントカードシステムの提案・導入などを手がけるシンクスマイル。2007年6月設立のITベンチャーだ。2011年7月からユニークな人事評価システム「CIMOS(CINQSMILE MOTIVATION SYSTEM)」を活用して、事業の成長に役立てている。
「いくら全社でブランディングを謳っていても、顧客に接するのは従業員。従業員が当社のブランド価値を提供できなければ意味がない」。新子明希代表取締役は、こうした問題意識をもって、「したことない。をへらす」という理念に対応する10の行動指針(バリュー)、すなわち
「顧客に驚きと衝撃を」
「先に与える 常に与える」
「『行動』しかない」
「失敗を約束する」
「1日1チェンジ」
「あたらしいをつくる」
「じぶん全開」
「チームからファミリーへ」
「燃える情熱 鋼の意志」
「謙虚さが成長を約束する」
──を考案した。
それぞれのバリューに応じて、15のバッジを設定したのがミソだ。「サンクスバッジ」や「スマイルバッジ」「ナイスアクションバッジ」「コミュニケーションバッジ」などを揃えている。従業員同士が互いの行動のすぐれているところを認め、ウェブ上でバッジを贈り合うことができる。「バリューを10か条にまとめても、ずっと覚えている従業員はそうは多くない。現場で実践してもらうために考えたのが、バッジのやりとりだった」と、新子代表取締役は説明する。
全従業員はSNSであるFacebookのアカウントをもっており、社外関係者もFacebookにログインすれば、「顧客感動バッジ」「サンクスバッジ」「スマイルバッジ」の三つを贈ることができる。ただし、1か月に1回しか贈ることができないという制限がかかっている。
同社のホームページでは従業員のバッジ取得状況を公開しており、社外からも一目瞭然だ。バッジの取得数によって見える化されるのが、称賛すべき行動だ。従業員は自身の状況を確認することで、伸ばすべき長所や課題がわかるうえ、モチベーションの向上に役立てることができる。
各バッジを10個集めると、メダルが授与される。例えば、「顧客感動バッジ」はプロフェッショナルメダル、「アイデアバッジ」はエジソンメダルといった具合だ。そのまま昇給や昇進につながり、メダル1個につき固定給1000円、10個ならば1万円である。ただし、従業員のモチベーションを維持させる要素は報酬ではない。ここで重要なのは、“ほめる”バッジしか存在しないということだ。加えて、ゲーム感覚でバッジを贈り合う楽しさが、継続的な活用を後押ししていることも見逃せない。新子代表取締役は「メダルは喜びを与えるためのもの。報酬はそれほど重要ではない」という。
なお、役職によって昇進に必要なバッジは異なり、チームリーダーに昇進するには、「熱血バッジ」「絆バッジ」の取得など、いくつかの基準を設けている。
注意が必要なのは、「CIMOS」は人事評価制度の一部でしかないということ。営業担当者であれば案件受注などの実績に加えて、人柄やセールスポイントをオープンに評価しようという視点が新しいのだ。
「従業員の間でコミュニケーションが活性化した。以前は、企業規模が大きくなるにつれて地方拠点の従業員から握手を求められるようなことがあって、『なぜこの事業を手がけているのか』ということが伝わりにくい状況にあると感じていた」。新子代表取締役は効果をこう実感している。
ただ、懸念もある。バッジの贈与の公平性をどのように保つのかという問題だ。新子代表取締役は、「バッジが集まると、公平に評価されていることがおのずとわかる。影響力があるということは、優秀であるということだ。何よりも従業員を信頼している」と答える。従業員80名前後の小規模組織であるITベンチャーだからこそ、こう言えるのかもしれない。「大企業で活用する場合は、また話が違ってくるだろう」として、異なる手法が必要だとみる。
今後は、社外関係者から贈られたバッジの見える化や“期待値”としてのバッジの贈与などを推進するという。社外関係者からの1か月1回のバッジ贈与というルールも見直す考えだ。

もらったバッジでわかる新子代表取締役の個性
記者の眼 国内ITベンダーの多くは、内需の縮小やユーザー企業の海外進出に対応して、欧米諸国やアジアの新興国への進出を加速している。野村総合研究所は、ASEANやインドを中心とするアジア事業の中核拠点としてNRIアジアパシフィックを立ち上げた。JBCCホールディングスは中国をはじめASEAN地域で存在感を増している。
だが、事業の拡大に伴う組織・人材マネジメントの改革は緒に就いたばかり。多くの場合、実際のマネジメントは各国の拠点で分断された状況になっているのが実情だ。一部のITベンダーがタレントマネジメントシステムの導入に踏み切っているが、どこまで目的意識を明確にし、中長期的な人材戦略を策定できているだろうか。タレントマネジメントのさらなる盛り上がりとともに、次につながる失敗例も出てくることだろう。