3Dプリンタの周辺機器やサービスが充実している。個人からビジネス用途まで幅広いニーズに応える環境が整いつつあるのだ。大手ディストリビュータのイグアスは、今年度(15年3月期)の3Dプリンタ関連事業の売り上げを前年度比58%増とみている。(取材・文/安藤章司)
●“壁”を乗り越えよ 3Dプリンタが新領域進出の“壁”を乗り越えようとしている。3Dプリンタは「工作機械」として製造業の試作品や治具などの製作で、ここ20年余り活用されてきた。だが、最近は「クリエイト(創作)」の領域への進出が目立ってきている。創作というと、工作機械同様にニッチな領域の先入観があるが、しかし、実際はITの発展によって極めて身近な存在になっている。
昔は記念日や旅行などの特別なときしか使わなかったカメラやビデオカメラは、スマートフォンの普及で、今や誰もが常に持ち歩くツールになった。写真や映像に対する興味の度合いは異なるとしても、「1億総カメラマン」「1億総映像プロデューサー」の時代である。スマートフォンの無料アプリで、往年のプリントシール機(いわゆる「プリクラ」)のような加工も容易にできるし、むしろプリントシール機もゲームセンターなどで現役で活躍していることを考えれば、アマチュアによる創作意欲は、非常にすそ野が広いことがわかる。
では、3Dプリンタが従来の「工作機械」から「創作用途」へ転換するためには、何が必要なのだろうか。3Dプリンタは、普通のトナーやインクジェットなどの2Dプリンタと同じ位置づけだと考えればわかりやすい。例えば「写真を印刷する」ときには、カメラはもちろん、写真編集ソフトなども必要で、もっと凝りたいのならアドビ システムズの「Photoshop」やワコムのペンタブレットを購入してもいいだろう。いわゆる“フォトショ”や“ペンタボ”で加工して、プロ顔負けのコラージュをソーシャルで共有して楽しむといった応用も活発に行われている。
これを3Dプリンタに置き換えると、3Dカメラや、ペンタブレットに相当する3Dマウス、3Dスキャナもあったほうが便利だし、当然、Photoshopに相当する3D画像の編集ソフトも必要になる。
つまり、プリンタだけをそろえても役に立たず、むしろこうした入力デバイスや編集ソフトの品揃えが強く求められていたのだ。しかし、これまでは3Dプリンタ対応の手頃な値段で品質のよい入力デバイスや編集ソフトが存在せず、前述の「工作機械」から「創作用途」への壁を乗り越えることができなかった。
●波及効果は全世界で21兆円超に 3Dプリンタメーカーやディストリビュータ、サービスベンダーなど主要プレーヤーは、3Dプリンタの壁をよく研究しており、一般ユーザーを強く意識した安価な3Dカメラや3Dマウス、3Dスキャナ、3Dプリントサービスなどを相次いで投入。“壁打破”に向けた動きが本格化している。「創作用途」にまで領域を広げることができれば、市場は大きく広がり、これまで20年余り続いてきた「工作機械」の領域から踏み出すことができる。「創作用途」の市場が数年前まではほぼゼロだったことを考えると、この領域でのビジネスを増やせば増やすほど、純粋に3Dプリンタ市場全体の規模が大きくなる計算が成り立つ。
経済産業省の「新ものづくり研究会」でも、「精密な工作機械」と「個人も含めた幅広い主体のものづくりツール(創作用途)」の二つの領域に分けて捉えている。同研究会の試算では2020年の両領域における経済波及効果は全世界で21兆8000億円と予測。内訳は3Dプリンタの装置本体や、2Dプリンタのインクに相当する材料(マテリアル)などの直接的な市場が1兆円、3Dプリンタで製造した製品市場が10兆7000億円、製造工程の効率化による生産革新効果で10兆1000億円とみる。
調査会社のシード・プランニングは、国内3Dプリンタ市場は2020年に台数ベースで4万台、金額ベースで194億円に拡大すると予測している。うちパーソナルタイプが台数で97%、金額では50%を占めるとし、個人を含む創作用途での拡大が期待されている。経済産業省の見方に従えば、3Dプリンタ本体や材料よりも、周辺への波及効果のほうが何倍も大きい。当然、3Dカメラや3Dマウス、3Dスキャナ、3D編集ソフトといった入力デバイスや周辺商材も、プリンタ本体と同様に売れていくことが前提になる。
キヤノンやリコーといった国内大手ベンダーも3Dプリンタへの参入を検討しており、重い腰を上げようとしている。現状をみれば、3Dプリンタ本体はもとより、入力デバイスや編集ソフトのほぼすべてを米国を中心とする海外勢が占めている。2D時代はかろうじてプリンタやスキャナで国産勢が健闘してきたが、3D時代になれば壊滅という状況だけは回避したいものだ。世界の3Dプリンタ累計出荷台数のうち日本メーカーが占める比率は3.3%(出典:「Wohlers Report 2013」)と小さいのが実状だ。
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