メーカー、サービス、流通 主要プレーヤーの戦略を追う
3Dプリンタを巡るメーカーとサービスベンダー、ディストリビュータの動きを探る。世界二大3Dプリンタメーカーの戦略と、そのプリンタを活用して広くサービスを展開するベンダー。さらにはディストリビューション事業を通じて海外展開を視野に入れる動きまで現れてきている。
メーカーの取り組み
●3Dコンテンツがカギを握る 
ストラタシス・ジャパン
片山浩晶
社長 大手3Dプリンタメーカーは、「工作機械」と「創作用途」を車の両輪と位置づけている。工作機械は、1台あたりの単価は高いけれども台数が稼げない。創作用途は、単価は安いもののすそ野が広く、社会全般に与える影響が大きい。
米ストラタシスは、試作品ではなく、完成物そのものを3Dプリンタで出力するダイレクト・デジタル・マニュファクチャリング(DDM)を「工作機械」用途で推進する一方、「創作用途」では、「MakerBot(メーカーボット)」の名称で比較的安価な製品ラインアップを揃えている。オンラインで3Dコンテンツをやりとりできる「Thingiverse(シンギバース)」を開設しており、プロからアマチュアまで数万点の3Dコンテンツが公開されている。ストラタシス・ジャパンの片山浩晶社長は、「3Dプリンタを一般層に普及させていくためには、誰でも手軽に3Dコンテンツを手にできる仕組みづくりがカギを握る」と指摘する。

台湾XYZプリンティングのパーソナル3Dプリンタ。価格は税込み11万9800円 ライバルメーカーの米スリーディー・システムズは、3Dスキャナや3Dマウス、3Dコンテンツの編集ソフトの開発に力を入れる。ここ数年で3Dデータ関連のさまざまな企業のM&A(合併と買収)を行い、データの入力や編集ソフトの拡充を図ってきた。スリーディー・システムズ・ジャパンの並木隆生・ジオマジック・ソリューション事業部セールスディレクターは、「3Dプリンタ単体では何もできない。入力デバイスと編集ソフトが揃って初めて生きてくる」と、入力から編集、出力まで揃えることが大切だという。
●入力デバイスは必須 
スリーディー・
システムズ・ジャパン
長谷川亜紀マネージャー 「工作機械」の用途では、プロのエンジニアがCAD/CAMソフトで制作した3Dデータを3Dプリンタに出力するわけだが、「仮にCADソフトが安く手に入ったとして、じゃあ一般ユーザーがCADを使うかといえば、まずあり得ない」(並木ディレクター)とみる。では、どうすれば一般ユーザーが「創作用途」で3Dコンテンツに触れられるのかを考えた場合、3Dスキャナや3Dマウスが近道だという。並木ディレクターは「家電量販店で売られているインクジェットプリンタの大半にスキャナが取りつけられているのと同じ理屈」と、3Dプリンタにもスキャナが必須と説明する。
スリーディー・システムズは、比較的安価に手に入る小型の3Dスキャナや、iPadに取りつけて使うモバイル3Dスキャナなどを積極的に製品化。さらに3Dマウスの開発にも意欲的に取り組んでいる。3Dスキャナは物体を立体的に撮影できるもので、3Dマウスは3D編集ソフトのなかに映し出された3D造形物を触れるデバイスである。3Dマウスは、バーチャルの3D造形物を触っているような感触(触覚)や反力(力覚)を得られることから、触覚デバイスや反力デバイスなどと呼ばれることもある。
3Dマウスを使えば、ちょうど粘土や木材にヘラや彫刻刀を入れるような感覚で3Dデータを加工できるようになり、「CAD技術者のような専門的な知識がなくても、直感的に3Dコンテンツを加工/編集できるようになる」(スリーディー・システムズ・ジャパンの長谷川亜紀・マーケティングマネージャー)と説明する。CAD技術者のようにゼロから3Dデータを組み上げていくのに比べて、おおよそのかたちを3Dスキャナで取り込んで、その後、3D編集ソフトと3Dマウスで加工/編集する方式のほうが、はるかに簡単に3Dコンテンツを生み出すことができ、3Dプリンタ利用の敷居も下がるというわけだ。
サービスベンダーの取り組み
●当初予想の2倍の発注量 3Dプリントサービスを手がけるDMM.comは、「DMM.make」というサイトを通じて、3Dコンテンツの公開や販売、プリントサービスまで幅広いサービスを展開している。DMM.comの功績は、これまで素人にはなじみが薄かった3Dプリントを身近な存在にしたことにある。価格も大幅に抑え、例えば石膏フルカラーの出力で2600円から、ナイロンで1600円からという値付けをした。プリンタは石川県の事業所に設置。出力した造形物は石川県から全国へ発送している。
手頃な価格で、しかもオンラインで発注できる利便性の高さから、2013年7月のサービス開始から大きな反響があり、「ここ1年で当初予想の2倍の発注量になり、石川のプリンタは常時フル稼働の状態」(DMM.comの岡本康広・3Dプリント事業部営業部長)と、うれしい悲鳴を上げる。

3Dプリントされた造形物を手に持つDMM.comの岡本康広・営業部長 DMM.makeでは、石膏フルカラーやアクリル樹脂、ナイロン、シルバー、チタンなどさまざまな材料(マテリアル)に対応した3Dプリンタを揃えており、本職の製造業ユーザー向けのハイエンド機も保有している。サービス開始からこれまでの内訳をみると、法人と個人(クリエイターやSOHOを含む)でのプリント件数ベースではほぼ半々、金額ベースでは法人利用のほうが多いという具合だ。岡本部長は「3Dプリント事業を一段と伸ばしていくには、すそ野を広げることが不可欠」とし、3Dコンテンツを制作できるクリエイターが自身の作品をDMM.make上で販売できるマーケットプレイスを用意。さらに敷居を下げるために、自分だけのオリジナルスマートフォンケースを作成できるサービスや、頭部を前後左右から撮った写真をアップロードし、DMM.make側で用意した胴体の3Dデータと組み合わせて、オリジナルフィギュアを3Dプリントできるサービスなどを手がける。今後は、「こんな造形物がほしい」というニーズに、3Dデータの制作スキルがある人に「クラウドソーシング方式で発注するサービス」(岡本営業部長)も早期に立ち上げる予定だ。

「DMM.make」のウェブサイトディストリビュータの取り組み
●前年度比58%増に手応え JBCCホールディングスグループでディストリビューション事業を担うイグアスは、業界に先駆けて3Dプリンタのディストリビューションを手がけた。主にスリーディー・システムズの機種を扱っており、今年度(2015年3月期)の3Dプリンタ関連の売上高は前年度比58%増を見込むなど、国内最大手ディストリビュータの地位を固めている。イグアスの矢花達也社長は、「3Dプリンタのリセラーは多いが、ディストリビューションを専業にする側は非常に珍しく、当社の扱い規模はディストリビュータとしては世界屈指」と胸を張る。

スリーディー・システムズ製3Dプリンタの前に立つイグアスの上野一弘事業部長 イグアスでは、CAD/CAMを使いこなしている製造業などに向けた「工作機械」としての3Dプリンタが、売り上げの9割を占めており、「創作用途」の拡大はこれからの課題だ。前述の通りスリーディー・システムズは、一般クリエイターでも使える値頃感のある3D入力デバイスや3D編集ソフトのジオマジックシリーズの品揃えを拡充していたり、DMM.comのような門戸を広く開いた3Dプリントサービスが立ち上がるなどしていることから、「今後は、創作用途の市場も着実に拡大する」(イグアスの上野一弘・3Dシステム事業部事業部長)とみる。スリーディー・システムズの製品と連携し、補完できるようなソフト・サービスの取り扱いも増やしていくことで、3Dプリンタ関連の売り上げ拡大に努める。
もう一つイグアスが狙うのは、ASEANなどアジア成長市場への展開である。同社はIBM商材をメインに扱う付加価値ディストリビュータ(VAD)として成長してきたが、米国などのIBM有力VADがすでにASEANに進出していたこともあって、後発のイグアスの参入余地は乏しかった。だが、3Dプリンタでは「スリーディー・システムズと連携を密にとりながらASEANでの可能性を探っていきたい」(矢花社長)と方針を語る。
記者の眼
3Dプリンタの未来 五つの発展フェーズ
3Dプリンタは、今後、どのように発展していくのだろうか。XYZプリンティングのブランドでパーソナル3Dプリンタを販売する台湾の大手EMS(製造受託サービス)ベンダー新金宝電通グループの沈軾栄執行長は、五つの発展フェーズを予測する。(1)3Dコンテンツが素人でも容易につくれるようになる、(2)扱える材料(マテリアル)がより増える、(3)写真画質のフルカラー出力が可能になる、(4)パーソナルプリンタでも量産品と同等レベルの品質で出力できるようになる。そして最後が(5)電子部品もプリントでき、ユーザーの好みの機能を実装した小型コンピュータがつくれるようになると分析している。
現状は本特集で詳報した通り、各社とも(1)の環境整備に取り組んでいる段階で、(2)~(4)も日進月歩で技術が進化している。(5)はいかにもEMSベンダーらしい発想だが、未来の3Dプリンタの方向性の一つとして興味深い。スキャナで造形データを取り込んで、編集ソフトと3Dマウスで加工。さらに特定機能をもった電子回路データをネットからダウンロードして、家庭のプリンタで出力すると、ちょっとした電子機器ができあがる。ものづくりを得意とする日本のベンダーがこの領域にほとんど進出できていないのは気がかりではあるが、大きな夢を描くことができる市場であることに間違いはない。