マイナンバー事務処理代行に
大手SIerが続々と名乗りを上げる
マイナンバーBPOサービスに真っ先に名乗りをあげたのは、マイナンバー本体のシステム構築に深く関わっているNECや富士通、NTTデータなど大手と、金融業の顧客を多くもつ野村総合研究所(NRI)、本人確認業務を含む書類審査業務を得意とする日本情報産業(NII)、アウトソーシング業務全般に強いITホールディングスグループのアグレックスなどである。それぞれ得意とする領域を生かしながら延べ4億5000万件の処理に取り組む。

NTTデータのマイナンバー実証実験の様子 ●「本人確認作業」がキモ マイナンバーBPOサービスの“キモ”は、勤め先や加入している保険会社、株式売買をしているならば利用している証券会社、将来的には銀行口座を開設している銀行の責任で、従業員や契約者(顧客)といった個人からマイナンバーを集めなければならない点にある。ただ、集めればいいというものではなく、その番号が本人のものであるという“本人確認”が必要であり、具体的には個人宛に届いた「マイナンバー通知カード」と「免許証」「パスポート」といった写真付きの公的証書と組み合わせた本人確認作業が求められる。
マイナンバー制度に詳しいあるSIer幹部は、「結論からいえば従業員と扶養家族の約1億件、銀行口座を除く約1億件はなんとかなっても、それ以上はたぶん現行のままでは間に合わない」と話す。コンピュータの処理だけなら、たかだか数億件など造作もないことだが、問題は本人確認の手作業の部分だ。クレジットカードの発行や銀行口座の開設を申請するときに、窓口や郵送で本人確認する作業と似た部分があり、実際、こうした本人確認業務の受託に強いアウトソーシングベンダーがマイナンバーBPOに参入している。

野村総合研究所(NRI)
渋谷直人
室長 厳しい見通しではあるが、ではいったいSIerにとってのビジネスチャンスはどこにあるのだろうか。証券会社をはじめとする多くの金融機関を顧客にもつ野村総合研究所(NRI)は、まずは自分たちの顧客のマイナンバー対応は「通常の制度変更への対応と同様、責任をもって最後までやり遂げる」(渋谷直人・新事業企画室長)という姿勢を明確にしている。
NRIは、証券総合バックオフィスシステム「STAR」シリーズと、投資信託の窓販業務システムである「BESTWAY」シリーズで、それぞれ50%を超えるシェアを誇っている。複数の金融機関が共同で利用するケースも多いことから、個別のシステムでマイナンバー対応を行うのではなく、共同利用のセンター側で一括してマイナンバー対応をする方向で顧客との商談を進めている。顧客からみれば、「少なくともNRIに任せている業務システムについては、NRI側ですべて対応してくれる」(同)という安心感を抱いてもらう狙いもある。
●“お客さま”にお願い 前述の「給与分野」と「金融分野」の二つのうち、「給与分野」は、ある意味、従業員という“身内”なので協力も得やすいが、「金融分野」は金融機関が頭を下げて“お客さま”にお願いしてマイナンバーを提供してもらう点が大きく異なる。NRIからみれば、金融機関というNRIにとっての“お客さま”の“お客さま”ということになるので、万が一にも失礼のないよう、業界に先駆けてマイナンバーの実務を研究し、その知見の多くを“レポート”というかたちでユーザー企業や広く社会に公開することで、金融機関の顧客と二人三脚でマイナンバー対応を進めてきた。
NRIのマイナンバー研究は、情報サービス業界における“マイナンバー博士”と称されるほど、早い段階からの啓発活動に取り組んできたが、いかんせん本人確認業務のキャパシティには限界があるため、制限期間内に対応可能なのは、自社の顧客と、NRIが得意とする金融機関の一部、上場会社クラスの準大手から大企業の一部に限られる見通しだ。
こうした事情はマイナンバーBPOサービスに名乗りを上げている他社でも同様で、郵送ベースで本人確認を行うとなると、どうしてもコンピュータリソースではなく、手作業の事務処理のキャパシティのほうがボトルネックとなってしまう。
そこでNTTデータでは、電子的にマイナンバーを集めるシステムを開発した。スマートフォンのカメラで10月から通知される番号を記されたカードと、運転免許証など写真付きの本人確認書類を撮影し、これをNTTデータの事務処理センターにオンラインで送るという手法だ。名刺入力や家計簿をつけるために買い物レシートをスマートフォンのカメラで撮ってキーパンチのセンターにオンラインで送る仕組みをイメージするとわかりやすい。すでにNTTデータ社内で実証実験をする段階まで来ている(写真参照)。
●電子チャネルで半額程度に NTTデータの実証実験では、社員らの健康保険証を“通知カード”に見立てて、運転免許証を本人確認書類として、この2枚の書類をスマートフォンで撮影。さらに事務処理センター側でダミーの金融機関の顧客データベースと照らし合わせて本人確認済みのマイナンバーを紐づけていくという内容だ。オンラインで送られてくる「通知カード/運転免許証」の画像をOCRで読み取り、ダミーの金融機関のデータベースと次々と自動的に照らし合わせて紐づけていく高速処理を実現している。

NTTデータの花谷昌弘課長(左)、大西由莉氏
アグレックス
早川真史
統括部長 金融機関は3年間の準備期間が設けられているといえども、NTTデータでは「恐らく前半に需要のピークがあり、後半にも駆け込み的な小さな山が来る」(花谷昌弘・オープンイノベーション事業創発室課長)と推測している。ピーク時対応が求められることから、「スマートフォンを使った電子チャネルをどれだけ活用できるかがカギを握る」(オープンイノベーション事業創発室の大西由莉氏)とし、電子チャネルのサービス価格を、従来の郵送方式に比べて半額程度に抑えつつ、電子チャネルの活用割合を高める方向で、ユーザー企業に積極的に提案していく。
スマートフォン活用の電子チャネルは、アウトソーシングを強みとするITホールディングス(ITHD)グループのアグレックスも着目している手法だ。グループ会社のTISが金融機関などへの入会手続き用に開発した「どこでも入会.app」を応用するかたちで、アグレックスは「ペーパーレス化に積極的に活用する」(早川真史・営業統括部長)考えを示す。同社では金融機関はもちろん、スマートフォン活用型の電子チャネルは「一般企業の給与分野のマイナンバー収集にも威力を発揮する」(同)とみている。
●一過性で終わらせない 規制業種である金融機関は、多かれ少なかれ規制対応には慣れており、それなりの予算も組んで取り組むケースが多い。だが、SIer各社が「金融分野」とは別な意味で懸念を示すのが「給料分野」、つまり従業員とその扶養家族のマイナンバー収集である。まず第一に、民間企業にとってマイナンバー対応は「売り上げや利益に貢献しない」、言い方は悪いかもしれないが「迷惑業務」であり、負担感ばかりが募る。当然、予算の優先的な割り振りも考えにくい。SIerにとってみれば「予算を出し渋られて、しかも顧客の業績アップに貢献できない」(あるSIer幹部)という“しょっぱい仕事”になりかねない。

日本情報産業(NII)の室田文雄部長(左)、山本典生課長代理 SIer自身も従業員・扶養家族のマイナンバーを集める必要があり、この数はNTTデータは推定10万人、ITHDグループも6万人規模となり、これを紙の書類で集めていたら時間とコストばかりがかかってしまう。ITベンダーらしく電子チャネルを活用したいところだろう。
クレジットカードや各種試験の事務処理アウトソーシングサービスで実績豊富な日本情報産業(NII)は、「給与分野」でも中長期にわたるビジネス成長が可能な領域として、流通・小売サービス業に焦点を当てている。小売業は従業員の大半がパート・アルバイトというケースが珍しくなく、とくに学生アルバイトは基本的に学業期間だけなので、入れ替わりが激しい。従業員が新しく入るたびにマイナンバーも収集しなければならず、「規模が大きい流通・サービスのアウトソーシングニーズは大きい」(室田文雄・営業本部第二営業部長)とNIIでは手応えを感じている。
NII側からみても、ビジネスが「一過性で終わらない」(山本典生・第二営業部第一営業課課長代理)ことで、事務処理部分の設備投資も行いやすいメリットがある。商用利用や医療・介護への活用解禁の具体的な姿がまだみえてこないなか、まずはマイナンバーBPOサービス事業の収益面での安定化、持続可能な使い勝手のいい有料サービスとして、どう設計し、根づかせていくかがSIerに課せられた大きな責任といえる。
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