インドネシアに、日本のITベンダーが熱い視線を注ぎ始めた。ここ数年で、拠点の設立や現地企業との協業、買収といった動きが活発化しているのだ。東南アジア最大の経済規模を誇るインドネシアは、日系ITベンダーにとって、今後の有力な取引先となり得るのだろうか。現地取材を通して、IT市場の現状や課題、進出企業の市場開拓戦略を探った。(取材・文/上海支局 真鍋武)
東南アジアの最大市場
日系ITベンダーが熱い視線
●安定した経済成長に期待
中間所得層は、急速に拡大 インドネシアは、東南アジア地域で最大となる人口約2億5000万を抱える国家だ。この数字は、東南アジア地域全体の約4割を占め、世界でも4番目に多い。面積は191万km2で、首都のジャカルタがあるジャワ島やスマトラ島、カリマンタン島など、約1万3000もの島々で構成されている。そのため、約1130の民族集団、約750の言語をもつ多様性に富んだ国となっている。
人口が多いだけに、経済規模も大きい。2014年の名目GDPは約8885億ドルと世界16位につけており、タイの約2倍の規模を誇る。同年の経済成長率は5.0%と高い水準を維持。インドネシアでは、就労人口が毎年200万~300万人のペースで増加し続け、人口ボーナス期(総人口に占める生産年齢人口比率が上昇する期間)が2030年まで続くことから、安定的に経済が成長する可能性が高い。
一方で、2014年の一人あたりGDPは世界116位の3531ドルと、東南アジア諸国のなかでも5番目にとどまっている。つまり現地点では、経済規模が大きいわりに、安価で豊富な労働力を確保しやすい環境といえるわけだ。ここに魅力を感じて、近年、製造業を中心に、外資系企業の投資が加速している。インドネシア投資調整庁(BKPM)によると、2014年のインドネシアへの国外からの直接投資額は約285億2970万ドル。過去5年間で約76%増えた。日本からの投資も旺盛で、2014年はシンガポールに次ぐ約27億510万ドルが投じられた。
1人あたりGDPは高い水準ではないが、年間世帯可処分所得が5000~3万5000ドルの中間所得層は、急速に拡大している。2020年には、総人口の約73%に相当する1億9000万人に拡大する見込みだ。2014年のGDPに占める民間消費の割合は56.1%で、すでにジャカルタ市内ではショッピングモールが飽和状態にあり、新設が禁止されているほどだ。
日本貿易振興機構(ジェトロ)ジャカルタ事務所によると、2014年時点でインドネシアの日系企業数は1496社。過去2年間で、約240社増えた。進出先地域は、人口の約6割を抱えるジャワ島に集中。ここ数年間で、日本のITベンダーの進出も勢いを増してきた。
●ITベンダーは人材確保に苦戦
日本語を使える人材は望み薄 
ヒューマンリソシア
酒井宏昌
海外事業推進室
スーパーバイザー 安定した経済成長と豊富な労働力が魅力と映るインドネシアだが、実際に現地の日系ITベンダーを取材すると、意外にも「IT人材の確保に苦労している」と答える企業が大部分を占めた。
その理由の一つは、言語の問題だ。インドネシアは、日本語を話せる人材に乏しく、中国のように簡単に日本語人材を確保できない。かといって、現地法人の日本人マネージャー層が、インドネシア語を習得することも簡単ではない。そのため、社内の公用語には英語を採用している企業が多い。
二つ目は、IT技術者があまり豊富でないことだ。インドネシアでは、ビヌス大学やインドネシア大学、バンドン工科大学など、優秀な理工系人材を輩出する大学もあるが、IT技術者の絶対数は豊富とはいえない。また、ベトナムのように、政府がIT技術者の育成に本腰を入れている状況にもない。
三つ目は、従業員の離職率が高いこと。インドネシアで日系企業向けに人材紹介業を手がけるヒューマンリソシアの酒井宏昌・海外事業推進室スーパーバイザーによると、「インドネシア人は、1年間働いただけで転職しても、立派なキャリア形成になると考えるケースが多い」という。時間をかけて育成した人材が、すぐに他社に移ってしまうのでは効率が悪い。そのため、「新卒者を採用したいという日系企業は少なく、即戦力を好む傾向にある」(同)。ただし、即戦力のつもりで採用した人材でも、実際は転職続きで十分な専門知識や技術を身につけておらず、高い給料を支払うに値するだけの能力を有していない者もみられる。日系ITベンダーが、日本語ができるIT技術者で、長期的に勤務してくれる人材を確保することは難しい。そういうわけで、中国やベトナム、フィリピンなどとは異なり、オフショア開発拠点としてインドネシアを活用するメリットはあまりないといえる。
●文化・商慣習への対応が必須
イスラム教徒への配慮が不可欠 実際、すでにインドネシアに進出している日系ITベンダーは、現地向けビジネスに専念している企業がほとんどだ。インドネシアのIT市場に関する調査レポートはいくつかあるが、現在の市場規模は日本の10分の1程度である1.5兆円規模で、今後の年平均成長率(CAGR)は10%程度とみられる。現地の大手IT企業では、チプトラ財閥グループのMetrodata Electronicsや、リッポー財閥グループのMultipolar Technologyなどが有名だが、いずれも単体の売上高は1000億円規模に達していない状況だ。裏を返せば、それだけ市場の開拓余地が大きいことになる。
ただし、日本とは環境が異なるため、現地の文化・商慣習への対応が、事業を推進するうえで欠かせない。インドネシアも他の発展途上国同様に、「売掛金の回収リスクが大きい」「導入後に無償でのシステム改修を要求してくる」「賄賂を要求される」「違法コピーソフトウェアの導入率が高く、正規品を購入してくれない」といった事態が頻発する。
また、インドネシアでは、国民の90%近くがイスラム教を信仰しており、社内の環境整備面でも対策が必要だ。例えば、「ラマダン」と呼ばれる約1か月間の断食月には、イスラム教徒の従業員の労働生産性は著しく低下するという。インドネシアに進出する日系ITベンダーには、こうした現地の文化への配慮が欠かせない。

1.多民族国家とあって、さまざまなバックグラウンドを抱える従業員が働く
2.イスラム教徒向けに、オフィス内にお祈りの専用部屋を設ける企業が多い
3.ジャカルタのタムリン、スディルマン通り沿いには、外資系企業が入居する高層ビルが林立
4.多くのインドネシア人は通勤にバイクを利用
[次のページ]