米大手データセンター(DC)事業者のエクイニクスがビットアイルを傘下におさめるなど、変化の荒波に揉まれる中堅クラウド陣営。単純な規模の比較ではどうしても見劣りしてしまうが、それでもあの手この手で大手陣営とは違うビジネス戦略を打ち出している。勝ち残る方策とは何か──。(取材・文/安藤章司)
あの手この手で戦略を練る
大手陣営との差異化を明確に
●独自色をどう打ち出すか 世界大手ベンダーのクラウドサービスの存在感が一段と増すなか、一時は存在感が薄れるかにみえた国内の“中堅クラウド”ベンダー。だが、ここへきて大手にはない、かゆいところに手が届くきめ細かなサービスや、トータルでみた値頃感、そして、販売パートナーが付加価値をつけやすい仕組みづくりが効を奏している。
中堅クラウドベンダーの生き残り策を俯瞰してみると、それぞれ独自色の強い多様なサービスを打ち出していることがみて取れる。
業界の勢力図を塗り替えたAmazon Web Services(AWS)をはじめとするパブリッククラウド陣営は、世界の主要市場で均質的なグローバルサービスを展開し、その圧倒的な規模の力で価格優位性を打ち出してきた。彼らが創造的破壊を世界規模で行うなかで、日本の中堅クラウドベンダーは、「コストパフォーマンスを前面に押し出すパブリッククラウドに、客を取られないためにはどうしたらいいのか」を、ただひたすら模索してきたといっても過言ではない。
●あれ? 自社DCはいずこへ ある大手SIerでは、自社でもそこそこの規模のデータセンター(DC)を運営している。SIerらしく金融業など大規模ユーザーの基幹業務システムに耐え得るハイスペックなDCではあるものの、それではコストに敏感な流通・サービス業や、限られた予算しかない自治体の顧客の要求に合わない。
最初は、顧客の要求に応えるため、おっかなびっくりでパブリッククラウドを始めたSIerが、今やAWSの“トップセラー”に名を連ねるようになっているのは有名な話だ。例えば、ITホールディングスグループのTISは、国内最上級クラスのDC設備を複数もっているSIerとして有名だが、この10月にAWSの国内5社目となるプレミアパートナーに選出。大手SIerでは、TISと同様にトップクラスのDC設備を保有する野村総合研究所(NRI)がすでにプレミアパートナーになっている。
SIerは顧客の代わりに“目利き”をして、最適なIT商材を組み合わせてシステムを構築(SI)するのが本分。したがって自分たちのDCが場合によっては、顧客の要望に合わないと判断するや否や、比較的抵抗なくパブリッククラウドを活用したハイブリッド型のサービスへと移行してきた背景がある。
●そうはいかないDC専業 しかし、それはDCが本業の一部でしかないSIerだからこそできる技であり、DC専業ベンダーは、そうはいかない。そこで打ち出したのが、冒頭の「きめ細かなサービス」「トータルでみた値頃感」「販売パートナー重視」の3点である。
DCは、メインフレームや受託計算時代から綿々と続いてきた設備であり、サービス形態はハウジングやホスティング、レンタルサーバーなど多岐にわたる(囲みの「DCサービスの用語解説」を参照)。これに新しいクラウド系のサービスを加えて、なおかつユーザーの所有するサーバーと連携させる「ハイブリッドクラウド」サービスに仕立てたり、他社のクラウドサービスとも連携する「マルチクラウド」サービスを打ち出すなど、「きめ細かなサービス」によって顧客ニーズを満たしている。
また、パブリッククラウドは使用量に応じて課金する従量制を基本としており、なかでも通信トラフィックが増えると通信料金が青天井で膨れあがってしまうケースが多い。そこで、例えば1Gbps(毎秒1ギガビットまでのデータ転送量)までの帯域は、月額料金のなかに含むなど、ある種の定額制を採用することで「トータルでみた値頃感」を実現している。
さらにはSIerをはじめとする営業力のある「販売パートナー重視」の施策を充実させている。彼らの付加価値が生きるパートナー重視のサービス設計によって、独自のエコシステムの形成に努め、海外大手クラウドベンダーに対する競争力を高めているのだ。次ページからは各社の取り組みをレポートする。
DCサービスの用語解説
ホスティングやハウジング、どう違うの?
データセンター(DC)を活用したサービスは、サーバーなどのIT機器をユーザーとベンダーのどちらが“所有”するかで大きく二つに分かれる。
1 IT機器をユーザーが保有する
・ハウジング(ユーザーによるIT機器のDCへの持ち込み)
・コロケーション(ユーザーによるネットワーク機器のDCへの持ち込み)
・プライベートクラウド(ユーザー専用のクラウド環境をDCに構築)
2 IT機器をベンダーが保有する
・レンタルサーバー(単純なIT機器の貸し出し、レンタカーのIT版)
・ホスティング
(IT機器の“機能”を貸し出し。プライベートクラウドでも、この形態をとることもある)
・VPS(仮想的な専用サーバーの貸し出し)
・パブリッククラウド(AWSのような公衆サービスの利用)
このなかで最も歴史が古いのは、ユーザーのIT機器をベンダーが預かり、電源や通信の確保、防犯・防災など基本的な保守サービスを手がける「ハウジング」。この方式は、メインフレーム時代からあり、DCを貸金庫のように使うことから“場所貸しサービス”といわれることもある。
一方、価格が最も安いのは「レンタルサーバー」で、月額数百円で個人でも使える。インターネット黎明期からある古典的なサービス。一時期は、似たような低価格を打ち出してきたAmazon Web Services(AWS)をはじめとするパブリッククラウドサービスの隆盛によって淘汰されるかにみえたが、レンタルサーバーはホームページやブログ、メールといったわかりやすい機能を一体的に提供していることから現在でも根強い人気がある。
さらに、ある程度の規模がある企業向けのサービスに「ホスティング」や「VPS」があり、国内ではとくにSIerやDC事業者によるホスティング系のサービスが充実している。なかには「プライベートクラウド」とほぼ区別がつかない最新のアーキテクチャをふんだんに採り入れているケースもある。
(※)ベンダーによって用語の定義は異なる
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