「日系マーケットだけで、売上高2ケタ成長を維持することは難しい……」。日系IT企業の中国現地法人で、将来を不安視する経営層が増えてきた。中国のIT市場全体は依然として堅調に拡大しているものの、日系マーケットだけをみれば、市場環境の激化が予想されているのだ。日系IT企業が持続可能な成長を遂げるためには、新たな事業展開が欠かせない。現状の課題点を踏まえたうえで、今後の打開策を探った。(取材・文/上海支局 真鍋 武)
漂い出した停滞感
日系マーケット依存体質
●IT市場全体は堅調 経済成長の減速、株価の暴落、人件費の高騰……。最近、日本の主要メディアで、中国に関する後ろ向きなニュースが目立つようになってきた。確かに、中国経済は「新常態(ニューノーマル)」に突入し、2015年7~9月の国内総生産(GDP)成長率も6.9%と、6年半ぶりの低水準にとどまった。草案が公開されたばかりの16年~20年までの「第13次5か年計画」でも、「中高速成長の維持」が目標に掲げられ、経済成長率の最低水準を6.5%に指定している。かつての10%経済成長は、もはや期待できないことは明白だ。
しかし、中国のIT市場に関しては状況が異なる。経済全体の成長鈍化につれて減速傾向ではあるものの、いまだに2ケタ成長を維持しているのだ。中国工業和信息化部(工信部)によると、15年1~9月の中国ソフトウェア・情報技術サービス市場規模は、前年同期比16.5%増の3兆1127億元。日本よりも巨大な市場だが、いまだに大きく拡大している。
さらに中国政府は、IT産業の振興に積極的だ。15年には、あらゆる産業のインターネット化を推進する「互聯網+(インターネットプラス)」行動指針が掲げられたほか、製造の高付加価値化を目的とした「中国製造2025(中国製造業10か年計画)」でも「次世代情報技術」が重点分野に指定されている。中国の大手ITベンダーは、こぞって「互聯網+」「中国製造2025」などの政策に沿ったビジネス戦略を発表し、勢いを増している。
●日系は輪に入れず そういった状況にもかかわらず、中国の日系IT企業は将来を不安視している。これは、現地の日系企業のITマーケットに依存したビジネスモデルだからに他ならない。現状、日系IT企業の中国での顧客は、現地の日系企業が大半を占めているケースがほとんど。成長余地が大きいローカル市場にはリーチできていない。そして、頼みの綱である日系マーケットは、市場環境の激化が予想される。
10月20日、中国商務部は、15年1~9月の海外からの対中直接投資額を発表した。全体額は、前年同期比9%増の949億米ドル。一方、日本からの対中直接投資額は、同25.2%減の25億4000万米ドルと落ち込んだ。日中の政治関係の改善などもあって、減少幅は1~8月の28.8%から縮小したが、中国の経済成長の鈍化や人件費の高騰を警戒している日本企業は多い。とくに、建機などの製造業については、「今年はほとんど案件がない」(日系ISV幹部)とする声もあり、IT投資が抑えられている。
また、顧客となり得る母数も限られている。日本の外務省によると、14年10月1日時点で、中国にある日系企業の総拠点数は3万2667拠点。ピーク時の2011年を下回っている。世界最大規模の在外日本商工会議所である上海日本商工クラブの会員数も、ここ数年の会員増は微々たるもの。2014年の会員数は2432社だが、単純計算で、1日10社に対して営業電話をかければ、1年ですべての企業へのアプローチを終えることになる。日系企業数が減少しているデータもあり、帝国データバンクの調査では、今年5月時点で中国に進出している日系企業数は1万3256社と、12年9月比で1200社減少した結果となった。
●日本より厳しい中国日系マーケット さらに、中国の日系マーケットでは、ITベンダー同士の競争関係が激化している。市場環境の悪化を受けて、これまで対日オフショア開発を主体としてきた企業が、現地の日系ITマーケットに参入するケースが増えているのだ。そして中国では、欧米系ITベンダーやローカルITベンダーも競争相手となる。日系ユーザー企業の現地化が進み、中国人スタッフの経営層が増えたことで、日本語でコミュニケーションがとれるという日系ITベンダーの優位性も薄まりつつある。「日本国内以上に、ベンダー間の競争が厳しい」(大手日系SIer幹部)との声も聞かれるようになってきた。
現状、中国の日系IT企業では、売上高2ケタ成長を最低目標としている場合が多い。今年7月、BCN上海支局が主要な日系IT企業の中国現地法人50社を対象に行ったアンケート調査では、約63%の企業が上半期の売上高について、前年同期比で2ケタ以上成長していると回答した。この数字だけをみれば、日系IT企業はまずまず好調だといえる。
しかし、この好調さにはカラクリがある。それは、規模の小さな会社の2ケタ成長に過ぎないということだ。例えば、売上高100億円の企業が、翌年に101億円の売上高だった場合、成長率は1%。しかしこれが売上高10億円の企業であれば、1億円の売上増は10%成長になる。日系企業の中国現地法人は後者のケースが多い。とくに、設立3年以内の企業や、従来はオフショア開発を主要事業としていて、最近になって中国国内ビジネスに力を注ぎ始めた企業だ。正確な調査データは存在しないが、中国の日系企業だけに限ったIT市場規模は、2ケタ成長しているのか疑問視されるところだ。
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