果たして“革命”は起きるのか。ドイツが国策として取り組んでいる「インダストリー4.0(Industrie 4.0)」に世界が注目している。第四次産業革命を意味するインダストリー4.0は、文字通り、製造業に革命をもたらすと期待されているからだ。インダストリー4.0に対しては多様な解釈があり、全体像を把握するのは容易ではない。ただ、インダストリー4.0はITの利活用によって実現する革命だと捉えると、決して難しい話ではないことがわかる。キーワードは、IoT(Internet of Things)とAI(人工知能)である。(取材・文/畔上文昭)
産業革命は4回目?
インダストリー4.0が4回目の産業革命なら、2回目、3回目がある。いったい何が革命をもたらせたのか。簡単に紹介すると、18世紀末に登場した蒸気機関による第一次産業革命。20世紀初頭に登場した電力の活用による第二次産業革命。1970年以降に普及したコンピュータ活用による第三次産業革命。そして、今回の第四次産業革命ということになる。
ただし、重要なのは、何回目の産業革命かというよりも、何が起きるのかをしっかりと捉えることである。ちなみに、SAPではインダストリー4.0を「製造業革命ではない」としている。ITが基幹産業として今後も発展していくことを考えると、「全産業に影響が及ぶ」とするのは正論といえるだろう。
●製造業の競争力強化が目的 インダストリー4.0でドイツ政府が目指すのは、国内産業の競争力強化である。国内産業を活性化させて、税収を増やし、国力の増強へとつなげていくのが狙いだ。
一般的に先進国の製造業、とくに中小企業は、新興国の台頭によって厳しい舵取りを強いられ続けている。なかでも約98%が中小企業で占めるドイツの製造業は、何か手を打たなければ縮小傾向を止めるのが難しい状況に置かれている。その点では日本も同様である。
インダストリー4.0が最初に取り組むのは、工場内の最適化。いわゆるFA(Factory Automation)の世界である。「それなら当社もインダストリー4.0に取り組んでいる」といわれることが多いのは、FAが決して新しい取り組みではないからだ。インダストリー4.0の立場としては、“革命”の看板を掲げていることから、「単なるFAではない」という説明を始めることになる。結果、インダストリー4.0に対してさまざまな解釈が加わることとなり、必要以上に複雑で盛りだくさんな革命ということになってしまう。
ところが、ITの視点に立つと話は単純だ。工場内の最適化で使用されるITは、IoTに尽きる。IT業界にとっては、決して難しい話ではないのである。IoTは、多様なセンサ、ビッグデータを活用するためのクラウドストレージ、無線ネットワークなどの低価格化が進んだことによって、発展途上ではあるものの、実用段階に入っている。日本でも、工場でIoTを活用したビッグデータ分析の取り組みは始まっている。

三菱UFJリサーチ&
コンサルティング
尾木蔵人
副部長 工場内最適化の次に目指すのは、工場同士、企業同士の接続と、相互における最適化である。FAが広がったイメージだ。
「決定版 インダストリー4.0」(東洋経済新報社刊)の著者で、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの尾木蔵人・コンサルティング 国際事業本部 国際本部 国際営業部 副部長によると、「今後3年以内にプロトタイプを作成し、工場で試験的に導入していく。そして、5年以内の実用化を目指している」という。これだけの年月をかけるだけに、ドイツとしてはインダストリー4.0を看板倒れにするわけにはいかない。ドイツの威信がかかっている。
5年後の2020年といえば、東京五輪が開催される。東京五輪後には、公共投資の反動減などによって経済不況に陥り、SI業界も苦しい局面を迎えるとの見方は根強い。そうしたなかで、インダストリー4.0の動きは、日本のSI業界を盛り上げるキーワードの一つになると期待される。インダストリー4.0はドイツの国策だが、その影響範囲は世界規模にわたるからだ。
ドイツvs.アメリカ
ドイツ政府が進めるインダストリー4.0に対抗するかのごとく、2014年3月、アメリカでIT関連企業が中心となって「インダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)」を設立した。製造業以外の産業を対象にするため、取り組み内容はインダストリー4.0の拡大版というイメージになる。ちなみに、IICは「IoT標準化団体」と形容され、IoTの視点で語られることが多い。
IICの登場により、ドイツとアメリカの争いが始まると思われたが、実態はそうなっていない。IICに参加しているのは、米国企業だけではないからだ。ドイツや日本などの企業も参加していて、多国籍コンソーシアムとして、グローバルへの貢献をIICは目指している。
●インダストリー4.0を販売 ドイツは、インダストリー4.0においてユーザーであり、セラーでもある。国内産業の活性化という点では、インダストリー4.0を活用するユーザー。一方で、インダストリー4.0の仕組みを輸出するということも目的の一つとしている。
実用化を果たす2020年以降は、インダストリー4.0の製造技術を「パッケージ化」し、セラーとして新興国に輸出するとしている。つまり、インダストリー4.0は、国内製造業の競争力強化と輸出という二つの顔をもっている。
ただし、尾木副部長によると「ドイツは、10年以内に新興国に販売することを計画している。とはいえ、ドイツ仕様の販売にこだわるのではなく、インダストリー4.0がグローバルスタンダードになることを目指している」という。インダストリー4.0の販売は、大きな目的とはしていない。
また、インダストリー4.0ではITの利活用が不可欠であることから、ドイツ国内のITベンダーを盛り上げたいという意思があるものの、最適なソリューションを採用するというのが方針。そのため、海外のITベンダーの協力を求めている。日本のITベンダーにとっても、大きなビジネスチャンスになる可能性は十分にある。
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