主要SIerの上期決算から浮き彫りになった“変化”を特集する。クラウド領域への一段の投資拡大や、車載向け組み込みソフトOSの開発、ソフトウェア開発における生産体制の刷新など、次の成長エンジンを担う“仕掛け”も見え隠れしている。SIerの最新の取り組みをレポートする。(取材・文/安藤章司、鄭麗花)
見えてきた“SIerらしいクラウド”
組み込みソフト領域でも変化あり
主要SIerの上期(2015年4~9月期)は、良好な景況感の後押しもあって軒並み好業績となっているが、より仔細にみていくとSIer自身が仕込んできた次の成長を担う“仕掛け”や“ビジネスモデル”がみえてくる。クラウド化の流れをうまくキャッチアップして収益に結びつけているケースや自動車を制御する車載ECU(電子制御ユニット)、IoT(モノのインターネット)など組み込みソフト領域でもビジネスが活性化している。
●“本丸”は「基幹システム」 情報サービス業の売上高は、ここ数年プラス成長を続けており(図1参照)、主要SIerの上期(15年4~9月期)の業績もおおむね増収基調が続いている。こうしたなか、投資余力を得たSIerはこぞって次の成長に向けた先行投資に力を入れる。一つ目に挙げられるのは、SIerにとって“本丸”であるユーザーの基幹業務システムのクラウド化だ。
クラウドといっても、Amazon Web Servicesのようなパブリッククラウドサービスとは異なり、あくまでも基幹業務システムの構築基盤としてクラウドを活用するものだ。わかりやすい例としては、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)が、米ストレージ大手EMCグループの米バーチャストリーム(Virtustream)の技術を活用して、SAPをはじめとする基幹業務システムのクラウド化を推進する取り組みである。
クラウドサービスは、複数のユーザーで共同利用することでシステムの規模を大きくし、規模のメリットでコスト低減や拡張性、柔軟性をつくりだしているが、その反面、ユーザーが独自に構築したシステムに比べて“ベストエフォート(最善努力)”的な要素が大きかった。こうした特性から、確実性が強く求められる基幹業務システムとクラウドとの相性は、必ずしもよいものとはいえなかったが、バーチャストリームの技術を使うことで、ユーザーとSLA(サービスレベルの保障)ができるまでクラウド基盤の信頼性が高まるというのだ。
●基幹システム特化型クラウド 
CTC
菊地 哲
社長 SIerは、ユーザー企業のフロントエンド(情報系)からバックエンド(基幹系)までの情報システムの構築を一手に担うのが仕事だが、やはり本命・本丸は技術的ハードルが高く、受注金額も大きい基幹業務系システムであることに変わりはない。
さらに「SAP S/4HANA」のように、すべてのデバイスをインターネットに接続するIoTやビッグデータなど、いわゆる“インダストリー4.0”を強く意識したインメモリ型データベースを活用した超高速リアルタイム処理を重視したERP(統合基幹業務システム)が主流になってくると、従来型の硬直的なITインフラでは対応が難しく、拡張性が高い柔軟なクラウド基盤が求められる。
CTCの菊地哲社長は、「当社自身もSAPの最新アーキテクチャのHANAで刷新している」といい、まずは自社の基幹業務システムで「SAP S/4HANA」と自社クラウド基盤との構築経験を積んだうえで、ユーザーへの提案を本格化させていく方針だ。CTCのクラウド関連事業の今年度(16年3月期)の売上高は、前年度比34%増で150億円に増える見通しだ(図2参照)。来年度以降は、バーチャストリームとSAPと組んだ基幹業務システム特化型のクラウドビジネスが加わることから、引き続きこの領域を伸ばしていく。
●IT基盤だけでは差異化ならず 
NSSOL
謝敷宗敬
社長 主要SIerは自社でデータセンター(DC)を運営しているが、ただDCの設備を漫然と運営しているだけでは、世界規模でDC設備を展開している大手DC専業ベンダーに太刀打ちできない。得意とする基幹業務システムを支えるITインフラとして、DC活用型サービスとシステム構築(SI)を一体的に提供してこそ差異化が可能になる。もちろん、超高速リアルタイム処理を前提とした次世代型ERPを支えるクラウド基盤もつくっていく必要がある。
新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)では、クラウド型ITインフラサービス「absonne(アブソンヌ)」を業界に先駆けて手がけており、今年4月には北九州にもDC拠点を開設した。首都圏と北九州の2拠点に分散することで災害や障害が発生したときでも「サービスの安定性、信頼性を担保できる体制を強化」(NSSOLの謝敷宗敬社長)している。首都圏に開設している最新鋭の第5データセンターを活用したビジネスも好調に推移しており、ラック換算で1300ラック分の容量のうち、開業からわずか3年余りで1000ラック相当が完売している状況だ。容量不足を避けるために、別棟で最大600ラック相当分を拡張するとともに、先述の北九州DCも確保している。クラウド関連事業の今年度(16年3月期)の売上高は、前年度比2割増しの120億円の見通し。期初予想では110億円程度としていたが、上期末のタイミングで上方修正している。
DC事業を巡っては、野村総合研究所(NRI)も16年4月に「大阪第2データセンター」を開業する予定で、このDCはライバルでもあるITホールディングスグループTISと共同で運営するものだ。基幹業務システムの運用に耐えられる高水準のDCは、貴重な設備ではあるものの、一方でSIerにとって、DC単体での差異化は難しいのも事実。NRIとTISは呉越同舟には違いないが、それでも“非差異化領域”を共有化し、本業である基幹業務システム部分で競争していくスタンスであることが、読み取れる。
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