国内主要ベンダーはどう動く
AIの実態を証明する各社の売上目標
AIに期待するのは、人間と同等の能力をもつこと。そこに至るまでには多くの時間を必要とするが、現時点でも人間を超えた能力を発揮する分野はたくさん存在する。その一つが、Enterprise AIである。AIの実用化はすでに進んでおり、その実態を示すように売上目標が立てられるようになってきている。
●センサ部品とビッグデータ 
NEC
荒井匡彦
シニアマネージャー ベンダーによってAIの捉え方は、多少の差異がある。顔や指紋の認識センサの開発で世界屈指の実績を誇るNECは、メーカーならではの強みを発揮。認識センサ部品とビッグデータにAIを組み合わせるアプローチを始めている。NECはまた、デバイスから集めたデータを分析するビッグデータのエンジンを開発してきている。そのエンジンを活用することで、AIは「ユーザーに判断候補を提示したり、さらに一歩踏み込んで設備を直接制御する“行動”を起こすまでの領域を担う」(NECの荒井匡彦・ビッグデータ戦略本部シニアマネージャー)ことができる。なお、NECはグループ内のAI関連の技術やサービスを体系化するとともに、現在約500人のAI関連の人員を2020年までに倍増させる予定。また、向こう5年間のAI関連事業で累計2500億円の売り上げを見込んでいる。
●FinTechにAIを適用 対する富士通は、AI関連技術やサービスを体系化し、その名称を「Zinrai(ジンライ)」と命名。疾風迅雷(しっぷうじんらい)からとった言葉で、ユーザーの「業務や経営上の判断を支援する」(富士通の水野浩士・総合商品戦略本部本部長代理)という意味を込めた。富士通ではアメリカのWatson、日本のZinraiと呼ばれるよう、AI商材体系のブランドに育てていく意気込みでAIビジネスに取り組んでおり、同事業に関連する売り上げは2018年度(19年3月期)までの累計でおよそ500億円を目標としている。
Zinraiを昨年11月に発表して以降、すでに100件余りの問い合わせや引き合いがきており、「金融業の顧客が強い関心を示している」(富士通の橋本文行・AI活用コンサルティング部シニアマネージャー)という。金融とITを融合させるFinTech(フィンテック)が注目を集めていることもあり、「FinTechの流れのなかで、AIにも興味を示す傾向が金融業に多いのではないか」(同)と富士通ではみている。

富士通の水野浩士本部長代理(左)と橋本文行シニアマネージャー ●AIが「仮説」を立てる 
日立製作所
三輪臣弘
先端ビジネス開発センタ技師 日立製作所は、さまざまなAIを研究しているが、実際に顧客の業務に役立つと手応えを感じて商用化したのが「Hitachi AI Technology/H」を活用した業務改革サービスである。日立自身によるAI活用のコンサルティングサービスを前提とする直販を基本としたもので、「AIによって仮説を立てる」(日立の三輪臣弘・先端ビジネス開発センタ技師)ことに主眼を置く。
従来のビッグデータ分析では「可視化」はできても、そこから「仮説」を立てるのは人間の作業に頼っていた。そこをAIにより、「仮説」をコンピュータで導き出し、PDCA(計画→実行→評価→改善)サイクルを回していくというのが、日立の取り組みである。このAI活用型のコンサルティングサービスによって、まずは2018年度の単年度ベースで国内100億円のビジネス規模をイメージしている。
日立は、現時点のAIには効果が発揮しやすい領域と、そうでない領域があると考えている。確実にAIが役立つ領域は、設備保守や工場の生産ライン、鉄道、物流、化学プラントなどの設備管理系。一方、難しいのが流通・小売業のマーケティングだとみている。設備管理系は、設備の使用時間や天気、保守記録、各種センサからの情報をもとに、設備の“維持コストと安全性がバランスする点”をAIの仮説にもとづいてみつけやすい。しかし、マーケティング系は競合他社や顧客の動向など不確定要素が多く、投資対効果がみえにくいのがその理由だ。「まずは効果が確実に見込める領域からAIを適用していく」(同)ことで実績を積み重ね、技術的な進展に合わせて適用領域を広げていくのが、日立の戦略である。
●AIで支える高齢化社会 
日本TCS
アムル・
ラクシュミナラヤナン社長 インドの大手SIerのタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)が開発するAIシステム「ignio(イグニオ)」の適用対象も設備管理系が有力だ。AIの開発にあたっては、まず自社のエネルギー管理システム(EMS)に適用し、各種センサを通じて「どのようにしたら電力消費を抑えられるかのアルゴリズムを開発」(日本TCSのアムル・ラクシュミナラヤナン社長)し、実際に昨年末までの約12か月にわたってAIによる継続的な省電力の実証実験を実施。12%削減の当初目標に対して8%減を達成し、AIによる効果としてはまずまずの結果となった。
また、TCSは、シンガポールで高齢者の見守りサービスにAIを適用する実証実験を行っている。ここでは高齢者の日常生活のなかで、どのような兆候がみられたら介護が必要なのかをAIが自動的に判断する。オーストラリアでは、新入社員を迎え入れたときのパソコンやネットワーク、携帯電話といったデバイスの準備や手続き、初期設定をAIで自動化する取り組みを行っている。「いずれもAIによる学習効果で自動化できる」(同)点がポイントで、オーストラリアの例では、新入社員を迎え入れてから業務が担えるようになるまでの時間が、従来の平均4日から数時間に短縮できたという。
●自然言語処理を業務に生かす 
NTTデータ
風間博之
センタ長 もう一つ、AIには重要な役割を果たすことが期待されている。それは人間が日常会話で使う言葉を理解する自然言語処理の能力だ。この能力は以前からテキストマイニング技術によってある程度は実現できていたが、“非構造化データ”の最後の砦ともいえる会話や感情といった部分は、コンピュータが苦手としてきた領域である。それがWatson日本語版では、業務での実用化水準に達した高度な自然言語処理と、基幹系のバックエンドシステムから非構造化データを含むさまざまなデータを引き出せる強力な検索エンジンの機能を前面に押し出している。
東芝も、音声や映像を解析して応答する「RECAIUS(リカイアス)」をAI関連の重点商材に位置づけている。また、NTTデータや富士ソフトは、コミュニケーションロボットを活用した高齢者施設における「高齢者支援サービス」にAIを応用している。

PALRO(パルロ)を手にする富士ソフトの武居伸一事業部長 AIビジネスに詳しいNTTデータの風間博之・サービスイノベーションセンタ長は、「AIビジネスで、一般的にわかりやすいのはコミュニケーション系を含むフロントエンド領域。まずはフロントエンド系でAIを活用したほうが立ち上がりが早いが、Enterprise AI分野のほうが長期的にはビジネス規模は大きい」とみる。
富士ソフトは独自に開発した人型コミュニケーションロボット「PALRO(パルロ)」を高齢者福祉施設およそ320か所に納入。PALROはスムーズな会話とわかりやすい動作によって高齢者向けの体操の進行役を担う。施設からは、認知症の予防や体力の維持につながると評価を得ている。富士ソフトでは、高齢者福祉や介護の専門家の監修、産学連携を通じて、「人型ロボットならではの高度なコミュニケーション能力」(富士ソフトの武居伸一・ロボット事業部事業部長)に磨きをかけることで、コミュニケーション領域におけるAI開発の地歩を固めていく方針である。
[次のページ]