医療・介護ITビジネスの二極化が進行している。大病院の電子カルテ需要がほぼ一巡する一方、電子カルテ普及率が半分にも満たない中小病院の需要はまだ継続する見込み。大規模案件を狙いたい大手ITベンダーは、地域全体の医療・介護サービスを包括するビジネスへ主軸をシフトしようとしている。(取材・文/安藤章司)
●電子カルテは「花形」だった 医療ITビジネスの“花形”といえば、病院向けの「電子カルテ」だ。よほどの零細病院でもない限り、数千万円から億円単位の大きな商談になることも珍しくない。さらに、電子カルテで扱うデータ量は非常に大きく、文書や図版、画像といった非定型情報も多く含まれることから、一度、導入すると競合他社製に容易に乗り換えられない特性もある。ITベンダーからみれば、他社に“浮気されにくい”商品であることも魅力だ。
主要ITベンダーは、こぞって電子カルテの拡販に努めてきた。しかし、ここにきて電子カルテビジネスに異変がみえ始めている。大規模病院を中心に電子カルテの普及率が高まり、「ほぼリプレース(置き換え、バージョンアップ)市場」(大手ITベンダー幹部)になりつつあるからだ。その一方で、電子カルテの普及率がいまだに半分にも満たない中堅・中小病院は、時代に取り残されまいと「多少無理をしても電子カルテを導入するケースが目立つようになった」(同)と、追い風が増している。
つまり、電子カルテビジネスだけをみると、大規模病院は「市場が一巡」、中堅・中小病院は向こう数年は「右肩上がり」との様相がみえてくる。全国の病院数はおよそ8600施設で、うち大規模病院は約1000施設、残りが中堅・中小といわれており、大規模病院向けビジネスは富士通、NEC、日立製作所などによる直販が主体。中堅・中小病院向けはビジネスパートナーによる間接販売に支えられていることもあり、電子カルテの市場飽和の影響をより強く受けるのは大手の富士通、NEC、日立ということになる。
●「ポスト・電子カルテ」をにらむ そこで、富士通、NEC、日立の3大ベンダーは、既存の電子カルテビジネスを拡大させる努力を継続しつつ、「ポスト・電子カルテ」をにらんだ新ビジネスの立ち上げに強い意欲を示している。その新ビジネスのキーワードは「つなぐ」だ。医療と介護を含めて地域全体の医療・介護サービスをITでつなげることで、地域全体の医療や介護の質の向上、費用の抑制につなげていく──という提案である。
国内の医療費だけでも、毎年ほぼ1兆円ずつ増加し、とうとう年間40兆円を超える水準まできている。これに高齢化で介護費用もかさみ、なおかつ介護事業所は日々激務に追われることなどから慢性的な人材不足に悩む。医療と介護を一体的に捉えることで「全体の最適化」(NECの鳥井満・医療ソリューション事業部医療ICTソリューション推進Gシニアエキスパート)を図り、医療・介護費用の抑制と業務の効率化を推し進められる仕組みをITで実現する考えだ。
医療・介護のネットワークは大きく三つに分かれる。主に病院と診療所を結ぶ「地域医療連携ネットワーク」、次に医療(病院・診療所)と介護をむすぶ「医療・介護連携ネットワーク」、三つめに訪問看護や訪問リハビリなど在宅医療を支援する「在宅医療連携ネットワーク」だ(図参照)。
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地域医療連携ネットワークについては、比較的早い段階から取り組みが行われており、同ネットワークを実現するNECの「ID-Link」、富士通の「HumanBridge(ヒューマンブリッジ)」の二つのサービスで市場を二分している状況だ。NECでは「ID-Linkで培った業務連携、地域連携のノウハウ」(平鹿裕実・医療ソリューション事業部事業推進部シニアエキスパート)をテコに、医療・介護連携や在宅医療連携へとネットワークサービスを広げていく方針だ。

写真左からNECの田中康太郎主任、鳥井 満シニアエキスパート、平鹿裕実シニアエキスパート
●“財布の出どころ”が違う 医療系と介護系は、隣接する業界ではあるものの、IT投資の観点からみると“財布の出どころ”が大きく違う。医療系は原則として病院や診療所の設備投資の一環として支出される性質のものだが、介護系は事業者の規模が小さいケースがほとんどで、投資体力が大きくないこともあり、介護保険の保険者である自治体の予算が主な財源となる。
このように、医療と介護は業務や資格内容が異なるだけでなく、財源も大きく異なっており、連携させるのは容易ではない。とはいえ、青天井で増え続ける医療・介護費用は自治体の経営にとって喫緊の課題。介護現場で人材が定着しやすい環境をつくり、費用の高騰もできる限り抑制しなければならない自治体としては、「ITによって業務を効率化したいというニーズは着実に大きくなっている」(NECの田中康太郎・医療ソリューション事業部事業推進部主任)と、みている。
国においても、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、地域の包括的な支援・サービス提供体制「地域包括ケアシステム」の構築を推進。自治体のニーズも相まって、医療・介護連携や在宅医療連携をどこまでビジネス化できるかが、大手ITベンダーにとってのポスト・電子カルテの成否を決めるといっても過言ではない。(次ページに続く)
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