「オブジェクトストレージ」というと、クラウド/データセンター事業者や、先進的なウェブサービスのための技術といったイメージでみられる時期が続いていた。しかし、多くの企業でデータ容量は増大の一途をたどっており、大容量を低コストでまかなえるオブジェクトストレージは今や幅広いユーザーに適用可能なものになりつつある。オブジェクトストレージの特徴を今一度振り返るとともに、最新の製品ではこの技術がどのように活用されているかを探る。(取材・文/日高 彰)
オンプレミス/プライベートでもオブジェクトストレージ元年に
2006年に米Amazon.comがオブジェクトストレージサービス「Amazon S3」の提供を開始してから10年が経過した。この間、Amazon S3をストレージとして活用した事例として、動画ストリーミングのNetflixやオンラインストレージのDropbox、写真共有SNSのPinterestなど、その後世界的に人気を集めるサービスが相次いで登場(Dropboxはその後自社インフラに移行)し、今ではウェブ上で大容量のデータを取り扱うためのバックエンドとして、オブジェクトストレージは広く使われる技術となっている。Amazon以外の多くのクラウド事業者も、サービスメニューのなかにオブジェクトストレージを用意しており、そのなかにはAmazon S3と同じAPIでデータの出し入れが可能なものも少なくない。
Amazon S3が普及したため、現在でもオブジェクトストレージは製品というよりもサービスとして提供されるもので、ウェブアプリケーションの構築のために用いられる技術というイメージを抱かれることが多い。しかし、オブジェクトストレージの「容易に大容量が実現でき、かつ低コスト」という特徴は、ウェブの世界だけにとどまらず、多くの企業にメリットをもたらすものだ。とくに、大量のデータをもつ企業では、自社のデータセンターやプライベートクラウドにオブジェクトストレージを導入するケースが増えている。

スキャリティ・ジャパン
江尾浩昌
代表取締役 Amazon S3互換のストレージソフトウェア「Scality RING」を販売するスキャリティ・ジャパンの江尾浩昌・代表取締役は、今年6月に開催した製品発表会で、「オブジェクトストレージは2007年頃に一度波が来はじめ、一旦落ち着いたもののS3によってリバイバルが起こり、今年は元年的なものになりつつあると感じている」とコメント。オブジェクトストレージという技術自体はすでに新しいものではないが、Amazon S3というデファクトスタンダードが固まったことで、IaaSだけでなく各企業の自社のインフラ上でもオブジェクトストレージが使われるようになり、まさに今大きく伸びつつあるとの見方を示している。
データ量の増大にいかに対応するかは、ビッグデータやIoTを活用する先進的な企業だけに限った課題ではない。携帯電話のカメラでさえ1000万画素以上のピクセル数をもつ現代、画像を貼り込んで作成した資料一つが数十メガバイトの容量になることも珍しくはない。ストレージ容量が足りなくなる度にファイルサーバーの増設を繰り返したことで、運用・保守のコストがかさむだけでなく、データの管理に支障をきたしている企業は少なくない。

クラウディアン
本橋信也
取締役COO 日本で創業したオブジェクトストレージベンダーで、現在はシリコンバレーに本社をおくクラウディアンの本橋信也・取締役COOによると「従来はサービス事業者がユーザー層の中心だったが、現在は一般企業向けの提案に軸足を置いている。当社としてはオブジェクトストレージのさまざまな利点を訴求しているが、『ストレージコスト削減』の一点で導入が決まるケースも増えている」という。大量のデータを何とかしたいと考える企業の間で、オブジェクトストレージへの関心は急速に高まっているようだ。
オブジェクトストレージとは、どんなストレージか?
●ファイルシステムの制約を受けない 階層構造をもつ従来のファイルストレージは、ファイル数が増えるにつれ管理情報が肥大化するため、大量のファイルが存在するとパフォーマンスが落ちたり、フォルダごとのファイル数に制限があった。これに対してオブジェクトストレージには階層構造がなく、各データは一意なIDで管理される。フォルダのなかに複数のフォルダがあり、階層を掘って目的のファイルにたどり着くのが従来のファイルストレージだとしたら、オブジェクトストレージは、一つひとつに通し番号が付けられた多種多様なデータ(オブジェクト)が一つの巨大なバケツのなかに放り込まれているというイメージだ。通し番号さえわかれば、データがバケツのなかのどこにあっても呼び出すことが可能で、ストレージ内でデータの格納場所を変更してもアプリケーションがデータを見失うことはないし、データの数に制限もない。
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●低コストでスケールアウトが容易 ほとんどのオブジェクトストレージは汎用サーバーとソフトウェアの組み合わせで実現するソフトウェア定義型ストレージ(SDS)となっており、容量あたりのコストが安い。また、複数台のサーバーを束ねて一つの統合されたストレージ空間を構築しており、容量が足りなくなった場合はさらにサーバーを追加するだけで空間を拡張できる。データはサーバー間で自動的に分散配置され、容量拡張時にもデータ移行作業は不要だ。
●インターネット連携に最適 ファイルシステムをマウントして読み書きする従来のファイルストレージとは異なり、オブジェクトストレージはウェブサーバーへのアクセスと同様のHTTP/HTTPS通信を用いてAPIを呼び出し、データの格納/取り出しを行う。いわば、リモートストレージを前提としたアーキテクチャとなっているので、インターネット経由で遠隔地のストレージにアクセスするときも、VPNを張るといった特殊な手順を踏む必要がない。複数の拠点にデータを分散配置して可用性を高める、スマートフォンのモバイルアプリからクラウド上のストレージを直接参照する、といった使い方も容易に実現できる。
●Amazon S3が業界標準に 前述の通り、オブジェクトストレージではファイルシステムを使用しないため、アプリケーションはそのオブジェクトストレージのAPIに対応した形で開発する必要がある。標準化団体などによる統一規格がないため相互運用性の面で課題があり、かつてはオブジェクトストレージ普及の足かせになっていたが、Amazon S3が普及したことでS3対応のアプリケーションが豊富に登場し、現在では「S3互換」が事実上の標準になりつつある。ただし、S3互換をうたっていても互換性が完全でないオブジェクトストレージ製品もあるので注意が必要だ。
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