Special Feature
白熱する中国のAI 現地からみる市場の実態
2017/05/31 09:00
週刊BCN 2017年05月22日vol.1678掲載
アリババに聞く中国のAI
アリババグループ
閔万里
データマイニング
エキスパート
AI科学者
profile 1992年、14歳で中国科学技術大学の少年班に合格。卒業後の97年、米シカゴ大学の物理学修士に進学。2004年、同大学の統計学博士を取得。その後、IBM Watson研究院やグーグルで研究職を歴任。13年、アリババグループに入社し、AIプロジェクトを担当する。長年にわたって、機械学習の理論研究と応用アルゴリズムの研究開発に従事。関連領域で複数の特許を取得している。
技術だけでは足りない
【杭州発】中国のIT各社がAI事業に力を注いでいる。EC最大手のアリババグループは、クラウドサービス「阿里雲(Alibaba Cloud)」事業を通じて、「DT PAI」などのAI関連サービスを提供している。アリババが目指すAIの方向性はどのようなものか。阿里雲のAIプロジェクトを統括する閔万里・データマイニングエキスパート/AI科学者に話を聞いた。
●産業応用に三つの基準
──アリババグループが手がけるAIとはどのようなものでしょうか。
閔 三つの段階に分けて説明しましょう。まずは、アリババグループ全体の取り組みについてです。ごぞんじのとおり、われわれは「淘宝(Taobao)」や「天猫(Tmall)」といったECから発足した会社ですが、ここにはAIの力を発揮できる多くのチャンスが存在します。例えば、ユーザーが撮影した写真をもとに、EC上で商品を検索する機能。これは、中国でわれわれが最初に始めたものですが、典型的なAIの実用例といえます。このように、アリババグループのAIは、伝統業務であるECから始まっています。
次の段階は、クラウドサービス「阿里雲(Alibaba Cloud)」での取り組みです。これは、二つの段階に分けられます。一つは、AIに結びつくコンピューティング・プラットフォームの商材を模索・構築する段階。例えば、膨大なデータの処理・解析サービス「MaxCompute」がそれです。阿里雲の力強いコンピューティング能力を研ぎ澄ますことで実現しています。
二つめは、こうしたコンピューティング能力を用いて、どのようにAIの応用を推進するのか、という段階。この段階におけるわれわれの戦略は明確です。それは、必ず具体的な産業の応用シーンに沿って、AIの価値を見出すということ。そして、それはECの領域に限定されません。2015年から、われわれはその他の産業に向けた展開に力を注いでいます。
一つ例を挙げましょう。ECで展開している写真による商品検索の技術をほかの領域にあてはめると、例えば、人ごみのなかで容疑者をみつけ出すシーンが挙げられます。具体的には、一枚の容疑者の写真をもとに、北京市や杭州市のすべての地下鉄の出入り口で、容疑者をリアルタイムに識別し発見する。ここで使用する技術は、写真による商品検索と瓜二つです。
このような産業へのAI技術の展開は、一つにとどまりません。例えば、杭州市で展開している「都市大脳(City Brain)」では、スマートシティの機能の一部として、都市データがすべて揃った状況でどのようにその価値を最大化するかということに挑戦しています。言い換えれば、新技術であるAIを用いて、新たな価値を発掘するということです。
──どのようにAIを応用する産業を選んでいるのですか。
閔 一定の基準があります。それは、データが密集していて、(AI応用の)価値が明らかであり、横展開ができるということ。この三つの基準を満たしていれば、その産業はわれわれが狙う領域となります。
●必ずパートナーを巻き込む
──多くの中国企業がAI事業に着手していますが、アリババグループの特徴は何でしょうか。
閔 大きな特徴があります。それは、われわれは決して自社のみの経験でサービスを提供しないということ。たとえ最初のイノベーションがわれわれの成果であったとしても、業界のパートナーと足並みを揃え、一緒に経験することを通したうえでサービスを展開していきます。
これに対して他社は、プラットフォームのオープンソース化や、開発した製品をまず発表し、ユーザーの使用に期待します。しかし、彼らの発表時には、応用事例が欠如しています。これでは、ユーザーが彼らのプラットフォーム/製品を使っていかなる価値を見出したのが不透明です。
われわれは、彼らとは違います。例えば先日、最新のAIプラットフォーム「DT PAI 2.0」を発表しましたが、これには実際のユーザーによる応用例が盛り込まれています。応用例を通してプラットフォーム/製品の実用性と、それによる価値を証明する。もし、リリース時に商材の応用例が存在せず、外部のユーザーからの利用を待つのであれば、時間がただ経過して乗り遅れていくだけでしょう。
──応用事例について詳しく教えてください。
閔 それでは、具体的な応用事例を用いて説明しましょう。まずは、現在進行形で挑戦している「医療大脳」です。これは、医療画像をスキャンして、その画像をもとに患者の状態が正常か異常かを診断するサービス。もし異常があれば、どの部位に異常があるのか、その大きさやダメージの程度も含めて指摘します。
この実現には、まず高品質なトレーニングサンプルが必要です。トレーニングサンプルというのは、カルテや医療画像、医者や医学教授などの専門家による説明などのこと。そして、どれが正常/異常なのかを専門家の力を借りて標記する。これがAI化の最初のステップです。
次のステップはツールの整備。つまり、どのような画像に異常が潜んでいるのか解析・発見するアルゴリズム構築のことです。この段階では、われわれの専門家がトレーニングサンプルをもとにアルゴリズムを設計し、一つの基準にします。
その後は、業界パートナーや専門家、医者、学生、教授などを招待し、コンテストとして彼らとわれわれを競わせる。これを通じて、より最良なソリューションを見出します。この作業を通じて、われわれは自身の限界を突破することができます。
このようなやり方は、エコロジーなやり方といえるでしょう。つまり、単独で改善されるイノベーションには限界があるので、多くの関係者を巻き込むということです。これは、AndroidとiOSとの競争に似てますよね。
さらに重要なのは、現在の流行語である「民主化」を借りると、このやり方はAIを民主化させることになります。コンテストの過程で、コンピューティング・プラットフォームのオープン化や高品質なトレーニングサンプルの提供を通して、参加するみんなが同じスタートラインに立ってチャンスを獲得できる。アイデアがあれば、みんなが挑戦できる。つまり、AIを応用するハードルを下げることになるのです。
●技術は最重要でない
──「医療大脳」とあわせて、3月に「工業大脳」も発表していますね。
閔 工業はわれわれにとって畑違いの産業ですから、「工業大脳」はすごく挑戦的な取り組みといえます。なぜ畑違いの業界に手を出したかといえば、それは先ほど説明した三つの基準を満たしていたからです。工業で例を挙げれば、プロセス生産の生産ラインは、この三点の特徴と一致します。少し詳しく説明しますと、生産ラインにあるセンサがリアルタイムでデータを収集し、データセンター(DC)に送って、分析・実行・フィードバックなどを管理します。この一連の流れは、人間が神経(ニューラル)を通して情報を頭脳に収集し、分析・決断する流れと類似している。つまり、工業生産ラインのニューラルネットワークは、人間のニューラルネットワークと瓜二つ。それは技術的な類似性であり、AIは工業に適応できる証しなのです。
「医療大脳」と「工業大脳」の2例を通してわかるのは、業界で思考回路は同じで、横展開ができるということ。実際、工業生産の場合、われわれはパートナーにコンピューティング能力やソリューションを提供し、彼らが業界内のその他工場にサービスを展開しています。
──技術的には、アリババグループのAIにはどんな強みがあるのでしょうか。
閔 われわれは、音声認識や自然言語処理、機械学習などの技術に重きを置いていません。もちろん、このような技術は、何年も前から磨いてきました。しかし、技術を単一的な角度から発展させるのでは意味がありません。
重要なのは、技術を具体的な産業に落とし込んで、応用を進めることです。応用にあたっては、実験室で得られた指数だけでなく、実際の商業的価値まで、いろんな観点で模索が必要ですし、そのなかでギャップも生まれることになります。そういう意味では、われわれの優位性は、パートナーとともに、産業の応用シーンに応じて実用化を進めていることだといえます。
──「阿里雲」事業では、どのくらいのAI技術者を抱えているのでしょうか。
閔 チームはどんどん拡大しています。2年前は少なくて100~200人程度でしたが、現在のグループの関連人材を統合してカウントすると、数1000人規模になっています。
ただし、今後は急速なペースで人材を増やすことは不可能です。一つは、供給が需要を満たしていないため。もう一つは、われわれのビジネスモデルを考えれば、無限大に特定のチームを拡大するわけにはいかないからです。アリババグループは、やるべきことと、やらないことを明確にしています。
●外国を上回るAIの熱意
──中国のAI産業について、グローバル市場と比較した際に特徴はありますか。
閔 私個人が中国全体を代表することはできませんが、一人の観察者の立場として、現状についてお話ししましょう。
まず、米国のシリコンバレーと比較すると、中国には独特な一面があります。一番の違いは、AIというキーワードの一般庶民までの普及率ですね。例えば、掃除ロボット。AIがホットワードなってからは、急に「AIロボット」と呼称されるようになりました。これは、単なる流行の反映だと解釈することもできますが、同時にAIに対する熱意でもあります。AIの関連企業だけでなく、不関連だった企業も含めて、みんながAI事業に乗り出した。このような熱意は、はるかにシリコンバレーのベンチャー企業を超えています。
また、中国にはメリットとデメリットがあります。例えば、中国にはAIの基礎理論でのイノベーションが少ない。先ほどお話ししたニューラルネットワークやディープラーニングなどは、みんな外国発祥の理論です。
これに対して、強みはこの巨大な市場から生まれた独特な応用ニーズといえるでしょう。例えば、流行しているシェアリング自転車はその典型です。海外にはないサービスですよね。これが、なぜAIと関わるのかというと、都市の巨大な交通網のなかで、自転車の供給と需要をマッチさせることは、リアルタイムスケジューリングの問題であり、ここにはAIを応用することができます。そのため、シェアリング自転車の流行は、AIの発展を促すのです。
──中国のAI産業は、米国や日本と比べて早く発展するのでしょうか。
閔 そうですね。中国では、中間層の新世代や、90年代生まれの若者が世界の最新の知識を獲得していて、同じスタートラインに立っています。さらに、彼らはハングリーです。
そして、中国人は潮流に乗っかる気質があって、よいものが現れれば、すくに取り入れます。市場を俯瞰してみれば、流行しているシェアリング自転車は、いまにも色が底を付く状況ですよね(※中国のシェアリング自転車は事業者ごとに車体の色が異なる)。
私は、中国のAI産業の発展は、早く進むと確信しています。
──ありがとうございました。
<Special Interview>商湯科技(SenseTime)徐立CEO 中国のAIが世界を変える
アリババグループ
閔万里
データマイニング
エキスパート
AI科学者
上海交通大学で学士、香港中文大学で博士を修得。コンピュータ・ビジョンや人工知能の基礎研究と製品開発で10年以上の経験を有する。モトローラ研究院、オムロン研究所、マイクロソフト研究院、レノボ研究院などを経て、商湯科技のCEOに就任。
中国のAI(人工知能)産業が盛り上がっている。ディープラーニングによる画像認識を得意とする商湯科技(SenseTime)は、この巨大市場で培った経験・ノウハウを海外市場に展開している。すでに、日本市場への進出も果たした。同社の徐立 CEOに、自社の強みや今後の展開について話を聞いた。
──まずは御社について教えてください。
徐 SenseTimeは、学術界から発足し、現在は産業界に重点を移して活動しているAI企業です。社員の多くは、学術界の研究者や、マイクロソフト、グーグルなどの産業界で活躍した優秀な人材で構成されています。アジア地域では最も早期にディープラーニングを軸とした事業を開始し、2014年には、顔認識の領域で一定の成果をあげたことをきっかけに、多額の資金を調達することに成功しています。香港を出発の地としていますが、その後は北京、深セン、京都、東京などに拠点を設立しています。
グーグルやFacebook、日本のPFN(Preferred Networks)など、自社のディープラーニングエンジンをもっている企業はありますが、SenseTimeのエンジンは、より多くのことを実現することができます。
──どのような領域で御社の技術が活用されているのですか。
徐 ごぞんじの通り、AIには音声識別、顔識別、自然言語処理など、多様な領域があります。そのなかで当社が優位性をもっているのは、画像や映像などのビジュアル領域です。
これまで約300社のお客様にサービスを提供してきましたが、具体的には、主に四つの方面で当社の技術が使われています。
一つは、伝統的な安全防止。顔やモノの識別技術を用いたIVA(インテリジェントビデオ解析)によって、従来は人手で行ってきた業務を代替しています。これは、労働集約的な働き方を変えて生産性を向上し、スマートシティを実現するコアな要素になります。
二つめは金融です。最近、電子決済が流行していますが、当社では、顔認証技術を使って、インターネット上で銀行口座を開設したり、カードレスで口座からお金を引き出したりすることができるように支援しています。
三つめは、インターネットのユーザーに向けたもの。今では、インターネット上でAI応用の新たなシーンがたくさん生まれています。例えば、ライブ映像配信やカメラアプリなどに、当社の技術が利用されています。
最後は、IoT機器やスマートフォンなどのデバイスです。ファーウェイや小米、OPPOなど、中国のスマートフォンメーカー上位10社は、みんな当社のお客様です。彼らに対してAIのエンジンを提供しています。
また、最近では自動運転車と工業自動化の方面にも力を注いでいます。これは、当社が京都と東京に拠点を設立した理由の一つでもあります。日本は工業自動化や自動運転が発展していて、われわれはこの領域で多くの日本企業とパートナーシップを結んでいるのです。
──日中でAI産業の発展に違いはありますか。
徐 日本は工業などですぐれた面がある一方、伝統産業でのAI活用が米国や中国と比べて遅れています。金融や司法などの産業は成熟しているものの、新しいものに関しては保守的な印象を受けます。これに対して、中国は新しいものに関して寛容で、例えば現在は顔認識が流行していますよね。ここに、商機を感じています。われわれの技術を利用して、こうした日本の伝統産業にサービスを提供していきたいのです。
また、米国が昨年発表したレポートによると、AIに関する学術論文が引用された回数で、中国は米国を超えました。このことからわかるのは、ひとたび火がついてしまえば、中国の学者や学生は、すぐその分野に飛びついていくということです。こうした市場の大規模な動きは、中国の強みだと思います。
――御社の技術力の源泉は何なのでしょうか。
徐 当社は、学術界を背景にもつ人材が豊富です。そして、アジアでいち早く、ディープラーニングの研究開発を進めてきました。例えば、当社の研究メンバーは、ACCVとCVPRという大きな国際会議で、過去3年間にディープラーニングに関する14の論文を発表しています。また、ビジュアルという特定領域にフォーカスして技術を磨いていることも強みです。
──高度なAI人材がグローバルで不足しています。御社の人材戦略について教えてください。
徐 当社は現在、全体で約700人の人材を抱えていますが、このうちの約60人は博士号を取得した専門家で、さらに約60人は博士課程の在学生です。インターン生の数は、約200人に達します。
確かに、ディープラーニングに関する人材は不足していて、有力な企業からヘッドハントするには多くの対価が求められます。そこで、当社では人材育成のシステムを構築しているのです。学生の頃からインターンとして当社で経験させ、彼らが希望するのであれば、海外での勉強も支援します。そして、卒業後にまた当社に戻ってきてもらうというスキームです。これに加え、上海交通大学や浙江大学とも連携して、共同の実験室を設けています。
──今後の展開について教えてください。
徐 中国で培った技術やノウハウを海外に展開していきます。当社はAI領域では、百度と並んで政府から高く評価されていて、昨年のG20サミットでは、各国の首脳に技術をみていただきました。AIを使って人々の生活を変え、人類の進歩をリードすることがわれわれの目標です。
記者の眼
自社の取り組みを積極的にアピールするIT企業が増加し、メディアの報道も白熱している中国のAI産業。しかし、実際はまだまだ黎明期にある。技術の研究開発に進展はみられるものの、現場での応用が進むのはこれからの段階だ。それでも、今後はグローバルを上回る勢いで、中国のAI産業が発展する可能性がある。中国はもともと変化の激しい市場だ。とくに新たな技術領域に関しては、規制も少ないため挑戦を行いやすい。
加えて、AIは政府指定の重要な新興技術産業となった。政府の後押しも強固とあれば、IT企業はより多くの体力をAI事業に注ぐだろう。AI活用の源泉となるデータも中国は豊富だ。幅広いシーンでの応用が見込まれる。
高度なAI技術の研究開発と実用化が中国で進むことは、日本のITベンダーにとっては脅威ともいえる。
中国で人工知能(AI)への関心が高まっている。AIは、全国人民代表大会の政府活動報告に盛り込まれ、国の重要な新興産業の一つに指定された。現地メディアでは、AIに関する報道が白熱しており、新規参入するIT企業も続々と現れている。期待は高まるばかりだが、実際の技術レベルや応用度はいかほどなのか。現地取材を通して、その実態を探った。(取材・文/上海支局 真鍋武)
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