IoTは、中小企業の“切り札”になるか
自動車産業は、完成車メーカーを頂点に、一次下請け、二次下請けとピラミッド型の構造で生産するのが一般的だ。トヨタ自動車のおひざ元の愛知県でも、同社を主な取引先とする中小の部品メーカーが多く存在する。IoTの積極的な活用は、中小企業の“切り札”として、大きな可能性を秘めている。
小島プレス工業
背景に深刻な人手不足
トヨタ自動車が本社を構える愛知県豊田市。市内には自動車関連の企業が集積している。小島プレス工業もその一つで、トヨタ自動車に樹脂部品や電子部品を供給している。
小島プレス工業は2015年12月、ソフトバンクロボティクスの人型ロボット「Pepper」を工場の生産ラインに導入した。汎用のロボットを産業の現場で使うのは世界的に珍しく、大きく注目された。
小島プレス工業
兼子邦彦
総務部参事
兼子邦彦・総務部参事によると、導入の背景には、地方の中小企業に押し寄せる深刻な人手不足の影響があった。
同社のグループ会社の丸和電子化学では同年、アルバイトを含めて次年度の新入社員がゼロになる見通しになった。生産ラインの人数は、すでに限界に近い状況。現場への負担増を避けるため、何らかの対策を講じる必要に迫られていた。
しかし、大企業用のシステムは、導入に数百万円以上かかることが判明。「中小企業こそデータを取らないといけないのに、当時は使えるツールがなかった」(兼子参事)ため、月額5万5000円と安価で利用できることがPepper導入の決め手になった。
Pepperが担うのは、生産ラインを走り、センサで機械の異常を検知したり、温湿度を測定したりする作業。さらに、夜勤者が身に着けた活動量計の数値を分析し、体調不良やラインのトラブルに対応する見守り作業もこなす。当初は5台からスタートし、現在は8台に増やした。
同社が次に考えているのは、Pepperと人工知能(AI)の組み合わせだ。将来的に品質管理の指導などで利用を検討している。さらに、出荷場にVR(仮想現実)技術を取り入れ、専門的な経験をもっていないと難しい積み込み作業に役立てることも見据えている。
場内を走るPepper(小島プレス工業提供)
久野金属工業
熟練の感覚を数値化
自動車部品の金属加工などを手がける愛知県常滑市の久野金属工業は2016年末、部品の製作に使う研磨機にIoT技術を導入した。熟練の感覚を数値化し、生産の効率を高めることが狙いだ。
久野金属工業
久野功雄
専務取締役兼CIO
久野功雄・専務取締役兼CIOは、「金属加工の工程は、ほとんどがプログラム通りに機械を動かし、誰でも時間通りにつくれるようになっている」と説明。一方、ミクロン単位の調整が必要な研磨の工程については「いまだに人の勘やコツが残っている分野だ」と話す。
同社は、研磨機にセンサを設置し、稼働時間や稼働率、研磨液の温度などを収集。これまでは機械の音や発生した火花など、職人芸に頼っていたデータをリアルタイムでグラフ化し、クラウドを経由してスマートフォンなどで見られるようにした。
効果はすぐに目に見える形で現れた。データをもとに、作業員の動きや持ち場を変更。生産性は倍増し、毎月約100万円がかかっていた外注費はゼロに。労働時間の短縮化にも成功し、作業員の残業時間をなくすこともできた。
久野専務取締役兼CIOは、「IoTを入れるまでは、いつ見に行っても人がつきっきりで作業をしており、機械がしっかり動いていると思い込んでいた。しかし、稼働状況を詳しく見ていると、加工終了後に機械が止まっている時間が予想以上に多かった」と話した。
さらに「IoTを入れただけでは成果は出せない。IoTを活用する際は、目的を明確にして、得られた情報を生かして作業工程全体を改善することが大切だ」と強調した。
センサを取り付けた研磨機
スマートフォンに表示された研磨機のデータ
●企業間の温度差が課題
愛知県の2014年の「製造品出荷額等」は、前年比104.4%の43兆8313億円。2位の神奈川県の倍以上で、1977以来、38年連続で全国1位を獲得している。今後も成長するためには、中小企業も含めた全体の底上げが不可欠だ。愛知県では、産学官が連携し、IoTの利用促進を目指す取り組みも始まっているが、企業間の温度差が課題として浮かんでいる。
中心となるのが、愛知県が主体となって設立した「愛知県IoT推進ラボ」だ。愛知県IoT推進ラボは、IoTプロジェクトの創出などを目的に経済産業省と総務省が進める「IoT推進ラボ」の地方版の位置づけで、ほかの全国28地域とともに16年7月に第一弾地域として選ばれた。
愛知県IoT推進ラボは、同県内で盛んな「自動車安全技術」「ロボット産業」「健康長寿産業」を主な対象に、IoTの利用促進を図ることが狙いだ。地元の大学教授や企業の責任者らで組織する諮問委員会も設置した。
事務局を務める同県の稲垣健一・産業労働部産業振興課次世代産業室主査は、「世界の流れとして、データが新たな価値を生み、『データ駆動社会』が現実的になっている」と前置きし、同県の産業の柱となっている製造業でも「IoTへの対応が求められている」との考えを示した。
左から愛知県の都筑秀典・産業労働部産業振興課次世代産業室主任主査と稲垣健一・
産業労働部産業振興課次世代産業室主査
ただ、中小企業の間では、積極的な利用が全体に広がっているとはいえない状況だ。同県内の約700の企業や団体に対し、17年2月~3月に実施したアンケート調査では、「導入は考えていない」「具体的な利用場面が想像できない」との声が目立った。資金面やセキュリティ面を懸念していることが理由として考えられるという。
同県の都筑秀典・産業労働部産業振興課次世代産業室主任主査は、「IoTが具体的に何かというと、なかなか不明瞭な部分がある。生産ラインの見える化はするべきという声は多いが、一歩進んでインターネットにつないでというと、個々の企業によって取り組み姿勢は違う」と話した。
ただ、「世界の動きをみていると、何もしないでいいというわけにはいかない」と稲垣主査と都筑主任主査。セミナーや展示会の開催のほか、相談・マッチングの支援、企業への情報提供など、地道な活動を続ける考えだ。
●「IoTが中小企業にチャンスをもたらす」
経済産業省
安藤尚貴
製造産業局
ものづくり政策審議室
課長補佐
IoTの活用が活発化したのは、ドイツの「インダストリ4.0」や米国の「インダストリアル・インターネット」といった動きが影響している。世界で大きなうねりが起こるなか、国の担当者はどのように考えているのか。経済産業省の安藤尚貴・製造産業局ものづくり政策審議室課長補佐は、「IoTは、中小企業にもチャンスをもたらす」とみている。
安藤課長補佐は、「IoTをはじめとしたデジタルツールが発展し、あらゆるものがつながる世界が実現しつつある」と指摘し、企業が国際的な競争で勝ち抜くためには「付加価値の源泉となるデータをいかにうまく活用するかがカギになる」と強調した。
そのうえで、衣類にセンサを組み込ませたスマートテキスタイルなどを例示。「メーカーが、顧客のデータをつかって新たにIoTツールをつくって売る動きはすでにある」と紹介し、「この時代だからこそ、ものづくり企業は、ものづくりだけでなく、新たなサービスやソリューションの提供にも取り組むべきだ」と訴えた。
さらに、「ものだけ売っていても、価格競争が始まると、どんどんものの市場価値は下がってしまう」と警鐘を鳴らし、「IoTを活用することで、大企業だけでなく、中小企業にもチャンスが生まれる」と主張した。
IoTの普及にSIerも注目
NTTデータ
IoTの普及には、SIerも注目している。業界最大手のNTTデータは2017年3月、専門組織の「AI&IoTビジネス部」を社内に設置した。20年までに関連ビジネスの売り上げを500億円規模にすることを目標に掲げている。
AI&IoTビジネス部は、データアナリストやデータサイエンティスト、コンサルタント、組み込み技術開発者計1700人が集結して発足した。顧客の注目度が高まっているほか、技術が着実に進歩し、実用化が期待できると判断したことが設置の理由だ。
NTTデータ 谷中一勝 AI&IoTビジネス部長 次世代技術戦略室長兼務
同部を束ねる谷中一勝・AI&IoTビジネス部長次世代技術戦略室長兼務は、「AIやIoTは、バズワードのような見方もされていたが、お客様は攻めのITの武器として注目し、技術活用について本気で考えるようになった」と述べ、「技術は確実に進んでおり、さまざまな産業に対して影響力をもつと思っている」と語った。
しかし、「お客様の関心が非常に高まっているが、ただデータを集めただけでは価値は出ない」とも。同社が長年、取り組んできたビッグデータ解析のノウハウと、買収などを通じて強化してきた組み込みソフトウェアの開発力を融合させ、課題となっているデータの活用方法や現場への介入方法を模索する考えを示した。
さらに、「今のIoTではいろいろな技術が出てきて、お客様はどの技術をどう活用していいかわからないようになっている」と指摘。「われわれがSIerとしてコーディネート力を発揮し、サイロ化された状態から抜け出すことを支援していきたい」と語った。
同部は、製造と自動車を当面の注力領域に設定。事業を進めていくなかで、金融やインフラ、ライフサイエンスなど、別の領域への展開も検討していく方針だ。