フクオカ・デジタルビジネス・シティ
新たな市場形成に向けたコミュニティができつつある
さくらインターネットの挑戦
福岡オフィスをコミュニティマーケティングの拠点に
さくらインターネットは、今年2月、大阪本社、東京支社に続く国内三つめの拠点として、福岡オフィスを開設した。同オフィスの責任者として九州地区全体の営業を統括する櫻井裕・セールスマーケティング本部九州地区ユニットマネージャーは、背景を次のように説明する。
セールスマーケティング本部の油井佑樹氏(左)、櫻井裕・九州地区ユニットマネージャー
「スタートアップ企業が当社のレンタルサーバーやクラウドサービスを使ってくれて、彼らの事業の成長とともに、当社のビジネスも成長してきたという経緯がある。だから、さくらインターネットのマーケティング活動として、もともと新しい会社やサービスを立ち上げようとしている人たちに認知してもらうというのは重要視している。近年、福岡でスタートアップの活動が盛り上がってきたこともあり、2016年初頭に福岡に一旦移住し、知名度を上げるための広報活動をやるなど、新たなマーケティングのチャンスをつかむための種まきをやろうと考えた。すると、認知度が上がっただけで、ユーザーが実際に増え始めた。そうなってくると、欲が出てきて(笑)、本腰を入れて福岡でのビジネスを拡大しようということになり、福岡オフィス開設に至った」。
同社のマーケティング手法の基本は、「お客様の成長を促す、お客様のプラスになることをわれわれ自身が仕掛けていく」(櫻井マネージャー)ために、独自のコミュニティをつくったり、既存のコミュニティに参画したりして、市場の認知度を高めるとともに、有用なフィードバックを得て製品のクオリティを高めていくというもの。いわゆる、コミュニティマーケティングだ。福岡でも、同様の手法で事業展開を加速させた。同社セールスマーケティング本部の油井佑樹氏は、「福岡には、すでに5年、10年前から独自のエンジニアコミュニティが形成されていて、福岡、九州の皆さんと一緒に成長するということは、彼らと一緒に成長していくことと同義だと考えた」と振り返る。
さくらインターネット福岡オフィスの内観。執務室以外は、オープンなシェアスペースとして開放している
そうしたコミュニティ活動を通して油井氏が出会ったのが、福岡市が進める官民共働型スタートアップ支援施設の運営事業だ。さくらインターネットは、福岡地所、アパマンショップホールディングスとのJVで公募に応じて同事業の提案を行い、今年4月に、スタートアップ支援施設は「FUKUOKA growth next」としてオープンした。現時点で、150近くの企業と個人事業主が同施設を活用している。FUKUOKA growth nextの事務局メンバーとしても活動する油井氏は、「まずは、福岡からおもしろいサービスが一つでも多くリリースされてほしいというのが率直なところ。さくらインターネットのビジネスに最終的にプラスの効果があればいいとは思っているが、現時点でそれを直接の目的に活動しているわけではない」と話す。それでも、入居者には「さくらのクラウド」を無償で提供していて、他のサービスについても二桁以上の企業との商談が進んでいるほか、AIを活用したサービスを手がける入居企業が、GPUサーバーを時間貸しする「高火力コンピューティング」の採用を決めた例も出てきているという。スタートアップのコミュニティ形成を主導することで、すでに大きなマーケティング上の効果を得ているといえそうだ。
福岡スタートアップの総本山
FUKUOKA growth next
さくらインターネットら3社と福岡市が運営
福岡市、さくらインターネットは、福岡地所、アパマンショップホールディングスが開設した官民共働型スタートアップ支援施設「FUKUOKA growth next」は、従来同市内にあった3か所のインキュベーション施設を集約、リニューアルしたものだ。旧大名小学校の校舎と跡地を活用している。
旧大名小学校の校舎と跡地を活用した「FUKUOKA growth next」
総額400億円以上のファンドを運営するベンチャーキャピタル各社や投資家とのマッチングやメンタリング、インターネットインフラの無償提供、採用活動支援など、さまざまな支援メニューを用意している。施設内には、DIYスタジオも設置し、ハードウェア/デバイスの試作などにも活用できる。
オフィス環境としては、企業向けの個室が42部屋、固定席のコワーキングスペースが60席、フリーアドレスのシェアスペースが100席用意されていて、個室には100を超える入居の応募があったという。
福岡市経済観光文化局創業・
立地推進部の富田雅志・
創業・大学連携課長
福岡市経済観光文化局創業・立地推進部の富田雅志・創業・大学連携課長は、「スタートアップが一か所に集まることで、いろいろなコミュニティが生まれ、入居者同士のコミュニケーションのなかからいい化学反応が生まれている。」と、その効果を説明する。
事業期間は18年9月までで、その後の展開は未定。ひとまず、事業期間内に、20社5億円の資金調達を目標としているが、「目標達成は十分に可能」(富田課長)と、手ごたえは十分のようだ。
FUKUOKA growth nextで輝くスタートアップ
スカイディスク
IoT×AIで急成長中
IoTソリューション向けの脱着式センサデバイスや通信システム、クラウド上のデータ蓄積サービス、AIによるデータ分析サービスを提供するスカイディスクは、FUKUOKA growth nextに入居するITベンダーの1社だ。橋本司CEOは、「工場などの設備保全系ではトータルパッケージとして実績がどんどん出てきており、数百万円、数千万円規模の案件も出てきた。一気に実運用での採用が増えている。」と手応えを語る。
FUKUOKA growth nextに入居したスカイディスク橋本 司CEO
現在は、GPSなどと組み合わせた物流向けの業種特化型ソリューションも開発中だという。また、従来、同社のラインアップは一つのIoTパッケージとして提供されてきたが、AIによるデータ分析サービスについては、独立したサービスとして、より汎用的に使ってもらうビジネスも始めている。
橋本CEOは、「これからの新しいデジタルビジネスは、オープンイノベーションでつくっていくのが基本だと考えている。福岡はアジア圏にも近く、最初から外を向いている企業が多いのも、成長に向けてはプラスの環境だ」と評価している。
記者の眼
福岡のユーザー企業が、クラウド、ひいてはデジタル変革に全面的に意識を向けているかといえば、まだまだその段階ではない。しかし、今回取材したベンダーは共通して、「おもしろいサービス、尖ったサービスを手がけているエンジニアが福岡に出入りし始めている」と感じている。そうしたエンジニア同士の交流の先が楽しみだ。