7、中国人社員を
理解するべし
中国で働く日本人が経験する課題は、顧客やパートナーだけに留まらない。社内においても、日本との違いに戸惑うことになる。
まず、一緒に働く仲間の大多数は、中国人社員だ。彼らに期待する成果を上げてもらうには、中国人のことを深く理解していく姿勢が求められる。日本と同じやり方ではいけない。
例えば、「今は大変な時期だけれども、会社のために一緒に頑張ろう」「家庭が大事なのはわかるが、納期を守るために、仕事を優先してほしい」と中国人社員にいっても、思うように動いてくれることは少ない。中国人の価値観では、仕事よりも家庭、会社よりも個人の優先度が高い。
また、日本と比べて、多くの離職者に悩まされることになる。中国は待遇や技術の向上を求めて転職を繰り返すジョブホッピングの考え方が一般的だからだ。とくに日系ITベンダーでは、ここ数年、成長著しい中国のインターネット企業やスタートアップへの人材流出が相次いでいる。会社にいる従業員が、ずっと自社で働いてくれると考えるのはナンセンスで、彼らに長く働いてもらうためには、モチベーションを高める施策が不可欠だ。
日系ITベンダーの場合、社員のモチベーションを高めるために、日本とは異なるインセンティブ制度を取り入れていることが多い。中堅SIer副総経理のB氏は、「営業職はもちろんだが、技術職の社員に対しても、評価に応じたインセンティブを付与する」と話す。
8、意思決定の
権限移譲が有効
中国のITビジネス経験者は、「市場変化のスピードが速い」と一様に口を揃える。商機を獲得するには、この変化に対応できる体制の整備も欠かせない。
例えば、大きな商機が見込める特定の領域があるとして、そこに特化したプロダクトを開発する場合、日本と同じスケジュール感で製品化を終えたら、すでに競合に市場を食い荒らされていることがある。開発前と法規制が変わっていて、プロダクトそのものが売り物にならない場合もある。
これに対応するには、迅速な意思決定が不可欠だ。日系企業では、大きな金額が動く案件だと本社の決裁が必要な場合が多く、中堅SIer副総経理のB氏は、「極端なことをいえば、本社に嘘をついてでも、先に中国側で進めていかないと、案件を逃すことがある」と漏らす。
本社をごまかしてやりくりするのは、もちろんコンプライアンス上、避けるべき。こうした事態に陥らないためには、日本と中国の違いを本社へ理解させ、現地法人側で判断できるように一定の権限を付与してもらう必要がある。または、本社で強い発言権をもつ役職の人材を、現地法人の経営トップに据えるなどの工夫が有効だ。
ただし、権限の付与は、日本本社にとってはリスクにもつながる。現地側が迅速に意思決定したのはよいものの、実際には不採算化してしまう可能性があるからだ。大手SIer総経理のH氏は、「本社は、中国法人の位置づけを明確化しておく必要がある」と指摘。中国で大きく成長することが重要なのか、それとも日本の支社として顧客サポートに力点を置くのか。このどちらかによって、商機を迅速に捉えるための意思決定の重要度が変わってくるからだ。
9、日本人総経理の
交代は慎重に
日系企業の中国法人では、一般的に3~5年のスパンで駐在員の交代が行われる。ITベンダーでは、経営トップである日本人総経理が交代するケースが多い。しかし、10年以上の中国経験をもつ識者は、「頻繁に経営トップが入れ替わる企業ほど、うまくいっていない印象を受ける」と一様に口を揃える。
なぜなら、前任者がつかんだ中国ビジネスの知見は、新任者に簡単に引き継ぐことができないからだ。新任者は、文化や商慣習が日本と違うことをイメージすることはできても、実際の経験がなければ、想定外のトラブルは未然に防げないし、対応することも難しい。結果的に、自分が知見を積み上げるまでは、実体に見合った戦略を立てられず、次のステップに踏み出すまでに、多くの時間を要することになる。ISV総経理のG氏は、「日系企業の致命的欠陥だ」とみている。
新任者が、新たな挑戦を避ける可能性が高まるリスクもある。「数年間で日本に戻るのであれば、穏便にやりくりして、後は後任者に任せればよい」という心理が働くからだ。この場合、既存のビジネスに甘んじてしまい、うまく事業が伸びていかない。
逆に、中国の事情を理解していないにもかかわらず、「これまでのやり方が間違っていた」と考えて、新任者が組織や戦略を大きく変えるケースもみられるが、社内の上下関係が変わるうえ、これまでの戦略を全否定することになるので、社員の士気が低下する恐れがある。人事異動は、慎重に行わなければならない。
10、異業種交流を
深めよう
「日系のITベンダーとは、極力つき合わない方がよい」。ISV総経理のG氏は、こう断言する。極端な意見ではあるものの、納得のいく解釈をすることができる。
中国に進出している大部分の日系ITベンダーは、社員数が100人に満たない中小企業だ。ISVでは、数人しかいない零細企業もざらにある。加えて、ほとんどのベンダーは、現地の日系企業マーケットに依存していて、ローカルビジネスで大きな成果を得られていない。「回収リスクが大きい」として、最初から諦めている場合もある。
中国で事業規模を大きく拡大し、地場市場で高いプレゼンスをもって顧客を獲得すること。これを「成功」と定義するのであれば、現時点で成功している企業はないのだ。G氏は、「日系ITベンダーと仲よくして、彼らからヒントを得ようとしても、結局は同じ土俵にとどまることしかできない。なぜなら、彼らは成功していないのだから」と語る。その視点に立てば、深くつき合うべきは、日系ITベンダーではなく、成功例をもつ他業種となる。
中国では、商工クラブが主催する懇親会や、各種セミナー、イベントなど、異業種と交流ができる機会は日本以上に多い。県人会や出身大学のサークルなど、人脈を構築する手立てはプライベートでもいくらでもある。この市場で「成功」している企業を探しあてて、彼らと深くつき合えば、中国ビジネスのヒントを得るチャンスは大きくなるだろう。
中国人の働く動機は「お金」じゃない
日系企業は自社の問題にも向き合うべき
日系企業の駐在員の多くは、現地の中国人社員とのつき合い方に悩みを抱えている。文化や価値観が異なる中国では、日本と同じやり方では社員の信頼を得にくいからだ。日本人駐在員は、どのような態度で中国人社員に接すればよいのだろうか。中国で法人向けコンサルティングサービスを提供するインターブリッジグループ(上海)(ibg上海)の西岡昌平・董事長兼総経理に話を聞いた。
インターブリッジグループ(上海)
西岡昌平 董事長兼総経理
中国人社員とうまくつき合っていくには、彼らの性質をよく理解することが重要だ。例えば、中国人が仕事に求める要素で重要度が高いものは何だろうか。日本人は、給与・福利厚生などの処遇や、明確なキャリアパスを彼らが重要視していると捉えることが多い。実際に、こうした結果を示す人材会社の調査データもある。
ただし、すべての中国人がこうした要素を重要視しているわけではない。日系企業で働く部門長クラスの中国人の場合、処遇はそれほど重要ではなく、もっとも価値を置いているのは、上司や部下との関係、企業文化などの社内環境である。部門長クラスの中国人社員の場合、経済的にはある程度充実しているからだ。中国人が転職する理由を「お金の問題」として片付けるのではなく自分たちの問題にも向き合う必要がある。私は、会社の将来性やキャリアパスなどの「将来性」、給与や福利厚生などの「処遇」、社内の人間関係や企業文化などの「社内環境」の三つが、中国人社員が働く動機を高める要素だと考える。将来性や社内環境が悪いと、中国人社員は会社にいる理由を処遇に頼らざるを得なくなる。例えば、上司の日本人が中国人を下に見るような態度で接していたり、会社の業績がよくなくて、組織拡大もなかったりする場合だ。逆に、この二つが充実していれば、処遇の重要度は相対的に低くなる。社員の離職率が高い日系企業は、処遇だけでなく、将来性や社内環境の改善に目を向けるとよいだろう。
中国法人独自の中長期計画を策定して社員と共有を図ったり、中国人社員のキャリアプランを具現化するため支援方法や目標設定を明確にしたりすれば、会社の将来性を示すことができる。また、ただの仕事関係だけでなく、上司が部下の体調や予定などを気遣って接すれば、信頼関係を強化して社内環境の改善にもつなげられる。実際、当社では、カウンセリング窓口を設置して、社員の悩みを吸い上げる仕組みを整備している。
中国人の帰属意識は、会社よりも上司などの特定のリーダーに依存するのが一般的だ。彼らは、どれだけ日本人が自分たちを本気で考えているリーダーなのかを観察し、ついていくべき人なのかを見極めている。
だから私はITベンダーを辞めた
若手駐在員が抱えた苦悩
匿名を条件に取材に応じてくれた
Jさん
「退職することにしました。これからは他業種で働きます」。某日、日系ITベンダーに勤める若手駐在員のJさんから連絡が入った。赴任期間中に突然の転職。一体、何がJさんを突き動かしたのか──。
Jさんが中国に赴任したのはおよそ2年前のこと。自社プロダクトの中国展開を加速させることがミッションだった。「入社したときから、いずれは海外で働きたいと思っていた」というJさん。中国行きは、自ら手を挙げつかんだチャンスだった。
赴任当初は、希望に満ち溢れていた。しかし、この2年間、Jさんは、会うごとに仕事へのモチベーションが下がっているようにみえた。そして今回、正式に退職を決意。表向きは、「他業種の新たなフィールドでチャレンジしたくなった」というのがその理由だが、実際には別の悩みもあった。それは、現地での生活苦だ。
一般的に、中国に赴任する日本人駐在員には、現地での生活を保証する住居補助や保険、各種手当が充てられる。しかし、Jさんの場合、「駐在員規定はほぼ機能していなかった。同年代の他社駐在員と比べて最低レベルの待遇だった」という。
Jさんの言い分によれば、同社の待遇はこうだ。駐在員手当は存在せず、中国元で支給される給与には為替レートの優遇もない。現地の生活拠点である住居も家賃補助は一部のみ。そのうえ、賃貸契約の際も会社の支援は無く、つたない中国語で一人で業者とやり取りをしなければならない。結果的にJさんは、その2年間の駐在生活を、上海の浦西エリアでもっとも狭いマンションで送った。
中国で日本人が、日本と同じ生活レベルを維持するには、2倍近くの生活コストがかかる。例えば、ユニクロや無印良品の商品価格は日本の倍程度。また、上海では不動産価格が高騰しており、一般的な駐在員(一人)の家賃補助は8000~1万元(12万8000~16万円)ほど。これを若手社員が、個人で負担するのは簡単ではない。
Jさんの話は、中国に来て極端に生活が苦しくなった一つの事例だが、日系ITベンダーの駐在員では、「一部の大手を除き、IT企業の待遇は日本企業のなかでも低い」との見方が強い。原因は、事業規模が小さいうえに、安定した黒字経営を実現している企業が少ないからだ。処遇に関する制度の整備や改善は、優先度が低くなってしまう。
生活苦に加えて、本社とのコミニュケーション不足が、Jさんを転職に走らせた。勤め先は働き方改革や重視するIT企業だったが、「日本との溝は深まるばかり。日本本社に顔を出す機会は、この2年間で一度もなかった」という。若手人材を駐在員として送り出すのであれば、本社側は定期的に面談の場を設けるなど、悩みを吸い上げて、モチベーションを維持する工夫が求められる。