ミッドマーケット向けの基幹業務アプリケーション市場に大きな変化が起こりつつある。クラウドの波が、基幹業務アプリケーションにもようやく本格的に到達したことはその大きなファクターだが、デジタルトランスフォーメーションやFinTechといったキーワードが、基幹業務アプリケーションにユーザーが求める価値を変えつつあり、市場が活性化している。いい換えればベンダー間の競争が激化しているのがミッドマーケットだ。あのベンダーも、このベンダーも、覇権を狙っている。勝つのは誰だ!?(取材・文/本多和幸)
“上からも下からも”
成長市場への侵攻が本格化
スモールビジネス向け
市場からの刺客
ミッドマーケットを新たな成長領域とすべく、積極的な動きをみせている基幹業務アプリケーションベンダーの一社が、スモールビジネス向けクラウド業務ソフトベンダーとして2012年に創業したfreeeだ。
当初は、個人事業主から50人規模までの小規模事業をコアターゲットとした製品を提供していたが、昨年6月、従業員500人までの中堅企業向けプランとして、ERPの財務会計、販売管理モジュールに相当し、権限管理や管理会計の機能を強化した「ビジネスプラン」を新たにラインアップした。これに、「給与計算ソフト freee」(現在は機能拡張し「人事労務freee」にリブランド)を合わせて導入することで、まずはクラウドERPとしての基本的な機能を実現したとしている。さらに、今年3月には、上場企業や上場準備企業向けに、内部統制・監査に対応した「エンタープライズプラン」も発表。すでに40社で導入されているという。
とくにビジネスプランの発表は、同社にとってビジネス領域を広げる大きなターニングポイントになったといえるが、今年に入ってからは、拡販戦略の面でも変化がみられた。freeeは、ユーザーの業務の効率化を追求するとともに、ビジネス拡大に向けた自社の営業・マーケティングの効率化も強く志向してきた。そのため、基本的にはウェブマーケティングとインサイドセールスによる直販を貫いてきた。ビジネスプランのリリース時も、佐々木大輔・代表取締役は週刊BCNの取材に対して、「歴史がある中規模の企業などは出入りの事務機ディーラーなどから買うほうが顔がみえて安心だという人もいるが、正直ピンとこない。ウェブマーケティングをさらに精緻化していくことが一番成果に跳ね返ってくる取り組みだと考えている」と答えている。しかし、今年5月、大手事務機メーカーで、中堅・中小企業向けの国産業務ソフトの有力販社でもある富士ゼロックスと、ソリューション提供、営業活動の両面で提携関係を結んだことは、市場に大きなインパクトを与えた。
freee
折川 穣
法人事業戦略部
チャネル事業統括
freeeの折川穣・法人事業戦略部チャネル事業統括は、「従来、当社のマーケティング施策で得られるリードはオンライン経由に限られていたが、富士ゼロックスは全国に販売網を構築している。freeeにとっては今までアプローチできていなかった潜在顧客にアプローチできるようになり、非常にインパクトのある連携だと考えている」と話す。この提携により、ビジネスプランの成長を加速させたい意向で、来年3月までをめどに、約300社、1万1000ユーザーの新規獲得を目指すとしている。
今度こそ攻略なるか、
外資系大手ERPベンダー
SAPジャパン
牛田 勉
バイスプレジデント
一方で、freeeとは対照的な存在ともいえる、大企業や中堅上位層の企業で高いシェアを誇ってきた大手外資系ERPベンダーも、ミッドマーケット攻略への意欲を隠さない。とくに積極的な動きをみせているのが、SAPジャパンだ。今年に入り、中堅・中小企業向けビジネスを強化する方針を明確に打ち出した。同事業の責任者である牛田勉・バイスプレジデントゼネラルビジネス統括本部統括本部長が、「過去にない本気度で中堅・中小企業向けビジネスに取り組む」と話す力の入れようだ。
それは、SAPジャパンの組織体制の変革にも現れている。従来、同社の営業組織はユーザーの規模別ではセグメンテーションしておらず、中堅・中小企業ユーザーは各地域担当の営業チームがカバーするかたちになっていたが、今年、中堅・中小企業を専任で担当する営業組織を設置した。さらに、中堅・中小企業を年商250億円以上1000億円以下の「中堅中小1」、250億円以下の「中堅中小2」の二つのセグメントに分類。牛田本部長は、「これまでSAPジャパンがターゲットとしてセグメントした最小規模の顧客層は年商500億円以下だった。250億円以下という区分を設けたのは、非常に大きなチャレンジだ」と話しており、これまでよりも、ターゲットとする顧客層を明確に広げたかたちだ。
また、同社の中堅・中小企業向けビジネスはパートナービジネスが基本だが、ハイタッチ営業とパートナー営業は、従来、別組織だった。中堅・中小企業向けビジネス専任の新たな営業組織では、これを統合し中小企業向けビジネスに携わる人員を一つの組織にまとめた。この新組織設立に伴い、人員の増強も行い、実質的に中堅・中小企業向け商材の拡販に携わる人員は、組織変更前が30人程度だったのに対し、70人と倍以上に増えたという。また、ハイタッチ営業とパートナー営業の組織も統合した。
ただし、同社がミッドマーケットの攻略を目指したのは今回が初めてではないし、過去の試みが成功したとはいい難いのも事実。しかし牛田本部長は、「これまでの当社の中堅・中小企業向け施策とは違う」と強調する。その根拠として挙げるのが、クラウドとデジタルトランスフォーメーション(DX)のトレンドが浸透してきたことだ。SAPは近年、中堅・中小企業向けのクラウド商材を積極的に拡充してきた。また、SAPジャパンとしても、例えば中小規模事業向けクラウドERPの「Business ByDesign」などについては、本国と連携しつつ、時間と労力をかけて地道にローカライズを進めてきたという。つまり、SAP側のクラウド製品ラインアップの充実により、中堅・中小企業でも現実的なコストと労力でデジタル変革を成し遂げられる環境が整うとともに、ユーザー側にもそれを受け入れる意識が醸成されてきたとみているのだ。
SAPジャパンがミッドマーケット向けに提案の核に据えるのは、同社がDXの核となる商材とも位置づけるERP製品、具体的には前述のBusiness ByDesignなどだ。そして、パートナー経由での再販で大きな成長を目指すのが基本路線だ。その意味で、パートナーエコシステムの強化がミッドマーケット攻略の成否を左右するといえそうだが、パートナーと共同で案件創出ワークショップを行い、パートナーと最新のデジタルマーケティング手法や新規リードの獲得の手法を共有したり、技術教育プログラムも精力的に開催しているという。Business ByDesignの営業・プリセールス向けトレーニングは、これまで計40回開催し、170社、1300人のパートナーが参加したという。週刊BCNでもこのトレーニングイベントを取材したことがあるが、参加者からSAPジャパンの中堅・中小企業向けビジネスへの本気度を評価する声が多く聞かれたのは事実だ。また、1~3月期で10社、4~6月期でさらに10社のパートナーを新たに獲得しており、同社としては、新規パートナーの拡大にも手ごたえを感じているようだ。
日本オラクルも、「ERP Cloud」が中堅中小企業ユーザーのビッグバン案件で採用が進んでいることをアピールしているなど、外資系大手ERPベンダーのミッドマーケットへの進出意欲の高さは、SAPジャパンに限ったことではない。ミッドマーケットでの競争はさらに激化する可能性がある。
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