国産AIの存在感がじわり高まっている。NECはこの上期(4-9月期)の主力AIの「the WISE(ザワイズ)」関連の商談案件が前年同期比でおよそ3倍に増加。2020年までに累計3200億円の売上目標を掲げる富士通の「Zinrai(ジンライ)」も、今年度に入ってからの関連ビジネスの商談数がほぼ倍増で推移している。NTTデータもNTTグループのAI「corevo(コレボ)」関連の商談が約3倍に増加。しかし、技術先行で進みがちなAIだけに、ユーザー企業の業務とギャップが大きく、販売チャネルもままならない。国産三大AI各社は、ユーザー業務への落とし込みと、ビジネスパートナーとの連携による販売力の増強を急ピッチで進めることで、より一段と存在感を高めようとしている。(取材・文/安藤章司)
外資を押しのけ
生存空間を確保
NECの「the WISE」と富士通の「Zinrai」、NTTグループの「corevo」が、国産の有力AI商材となっている。いずれも開発投資への余力が大きい企業規模を誇り、強固な販路をもっていることが強みだ。AI商材を巡っては、IBMやマイクロソフト、グーグルなど外資中心で進んできたが、ここへきて国産三大AIの存在感がじわり高まっている。
NECは、the WISEの技術要素の一つであるディープラーニング(深層学習)のパートナー制度を強化。直近ではグループ企業やビジネスパートナーおよそ30社が参加。同技術を活用したパッケージソフトやサービスの開発支援に積極的に取り組む。今はディープラーニングが中心だが、将来的にthe WISE全体のパートナー支援制度へと発展させていくことを視野に入れる。
富士通は、グループ会社やビジネスパートナーが扱いやすいよう、業務パッケージにZinraiを組み込んだり、目的を絞り込んだAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の品揃えを増やしている。AIビジネスでは、最先端の研究開発の成果と、実際のユーザー企業の課題解決とのギャップが大きいことが課題だった。富士通では、Zinraiの主要技術を業務アプリケーションに寄せていくことで、このギャップをなくそうとしている。
NTTグループは、電話事業で培ってきた自然言語処理の技術をcorevoに色濃く反映。NTTの研究所で生まれたAI技術を、研究所と太いパイプをもつNTTテクノクロスなどで製品に落とし込み、これをNTTデータやNTTコミュニケーションズ、ディメンションデータといったグループ主要事業会社で展開するための販路を構築している。事業会社でもcorevoを活用した製品やサービス開発に取り組んでおり、NTTグループの総合力でAIとユーザー業務とのギャップをなくし、ビジネスの拡大につなげている。
ライバルの日本IBMも、Watsonを活用した商材をビジネスパートナーが扱いやすいようパートナー支援の強化に乗り出している。国産三大AIが勝ち残っていくためには、業務に役立つソフトウェアやサービスに落とし込み、グループ会社やビジネスパートナーを巻き込んだ販路の開拓を、外資系ベンダーよりも早く立ち上げていくことが強く求められている。ここからはNEC、富士通、NTTグループの取り組みを詳しくレポートする。
NEC
パートナー30社へ、the WISE全体に適用も
NECの「the WISE(ザワイズ)」で、最も商談が活発化しているのは分析エンジンの一つ「異種混合学習」の領域である。AIの性能を飛躍的に高めたディープラーニングに匹敵する性能をもちつつ、分析結果の裏づけとなる根拠を示せるNEC独自の技術を実装。ディープラーニングが「ブラックボックス型」の分析エンジンだとすれば、NECの異種混合学習は学習の過程を明示できる「ホワイトボックス型」の分析エンジンだといえる。
NECの西村延之本部長(右)と坂田一拓シニアエキスパート
工場で製品にキズがついていないか検査したり、レントゲンの画像を解析したり、囲碁で人間と対決したりと、結果さえわかればよい分野はディープラーニングが威力を発揮する。だが、AIに何らかの判断までやらせようとした場合、「どうしてそういう結論に至ったのかを可視化できなければ、AIに判断を任せられない」(NECの西村延之・AI・アナリティクス事業開発本部本部長)。従来のディープラーニングでは人間の補助はできても、判断までは安心して任せられなかった。
そこで、根拠が示せるホワイトボックス型の分析エンジンとして「異種混合学習」を開発したところ、顧客からの引き合いが急増。the WISE関連ビジネスを一段と活性化する起爆剤の役割を果たすことになった。上期(4-9月期)のthe WISE関連の商談や案件の数は前年同期比で実に「3倍に増えた」(NECの坂田一拓・AI・アナリティクス事業開発本部シニアエキスパート)と予想を上回る引き合いがきている。
AIの分析精度を高めるには、大量のデータを活用して、AIをチューニングする技術者が欠かせない。だが、商談が一気に活性化したため、技術者が不足する事態が危惧されている。ユーザーの業務への実装がままならなくなればせっかくの商機を逃しかねない。NECではこの9月から社内やグループ会社を対象に異種混合学習の実装に挑戦する意欲のある技術者を1000人募集。異種混合学習を実際に触れて体験してもらう「遊び場」を用意して、まずは同技術に馴じんだところからスタート。その後、技術コンテストを開催して腕を磨いてもらうことを検討している。下期(10-3月期)中に希望者を集める予定が「9月末までに募集枠が早々に埋まってしまった」(西村本部長)と、グループ内での関心の高さをうかがわせた。
さらに、NECではSIerなど販売パートナーにも積極的にthe WISEのビジネスに参画してもらうよう働きかけている。同社では今年5月、ディープラーニングの一種である「RAPID機械学習」のビジネスパートナーの募集をスタート。直近で約30社のパートナーが参画している。大塚商会、日本事務器、南日本情報処理センター(鹿児島)、石川コンピュータ・センター(金沢)などの伝統的なNECのパートナーに加えて、SCSK、ニッセイコムといった新顔も参加している。
現時点では、the WISEのディープラーニング領域に特化したパートナー制度だが、ゆくゆくは「the WISE全体のパートナー制度として発展させていくことも視野に入れている」(西村本部長)とパートナーとの連携強化に意欲を示す。先の異種混合学習のチューニング、実装を訓練する場やコンテストには、パートナーにも段階的に参加してもらい、技術者の裾野を広げていく。こうすることでthe WISEのビジネスを全国規模で盛り上げていく。
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