デジタルトランスフォーメーション(DX)や働き方改革といったトレンドが、企業のIT投資を促進している。こうした動きは、2018年も続きそうだ。週刊BCN編集部の各記者が、それぞれ得意とする取材領域について、18年の市場がどう推移するのか予測してみた。これからの社会のあり方を大きく変えるほどの影響力をもつかもしれないエマージング・テクノロジーのトレンド、そして日本の社会的課題を解決するための地方創生へのIT活用、さらにはグローバルのIT市場に大きな影響を及ぼしつつある中国市場の動向分析・予測を試みたほか、IT商材の流通の中核を担うSIer、ディストリビュータのビジネスのあり方の変化、ハードウェア、セキュリティ、基幹業務システムパッケージといった製品分野カットでの市場の動きも洞察した。
エマージング・テクノロジー編
量子コンピュータが続々登場 アルゴリズムの開発が本格化
これまでのノイマン型コンピュータが、計算能力の向上において限界に達しつつあることから、次世代のコンピュータとして注目される量子コンピュータ。アニーリング方式とゲート方式という二つの方式で実用化が進むが、先行しているのはアニーリング方式である。
市場を切り開いたのは、カナダのD-Wave Systems。アニーリング方式で2000量子ビットの量子コンピュータを販売している。販売価格は約15億円とされ、高額なことからネットワーク経由での利用形態も提供している。
そうしたなかで、NTTが中心となって開発を進める「量子ニューラルネットワーク(QNN)」の無償提供が始まるため、今年の注目を集めそうだ。国内初となる量子コンピュータというだけでなく、光の量子力学的な特性を利用しているため、室温で稼働するという特徴がある。また、光ファイバーなどの既存部品を利用することから、製品価格を抑えることができるとの期待が大きい。開発費用が約1億円であることから、製品化が実現すれば、販売価格は数千万円になる可能性がある。室温稼働という設置のしやすさと、低価格の実現により、量子コンピュータの普及機としての期待がかかる。
NTTが中心となって開発を進める「量子ニューラルネットワーク(QNN)」
もう一つ、2017年度内のリリースが予定されている富士通の「デジタルアニーラ」も要注目である。デジタルアニーラは量子アニーリング方式のコンピュータだが、量子を使っていない。既存のコンピュータで量子状態を再現し、量子アニーリング方式の処理を実行している。具体的には、「0」と「1」の両方のビットを用意し、並列計算を実行することで、疑似的に量子状態を再現。疑似的とはいえ、処理能力は量子コンピュータそのもので、経路計算などでは圧倒的な計算能力を発揮する。QNNと同様、室温稼働が可能で、既存部品を活用することから、低価格で提供できる。
一方、IBMはゲート方式で16量子ビットの量子コンピュータを無償で解放。ネットワーク経由で誰でも自由に利用できる。すでに17量子ビットを実現する新たな基盤も開発済みで、今後は販売も予定している。
量子コンピュータの開発に取り組んでいることを発表したマイクロソフトも、開発キットの提供を開始した。量子コンピュータが続々と登場してくることで、今年は量子コンピュータ向けシステム開発元年ということになりそうだ。(畔上文昭)
地方創生編
IoTを軸に新たな商機 地方発の取り組みに期待
国の最重要課題の一つとして、地方創生が注目されて久しい。成功に向けて大きなカギを握っているのがITの活用だ。2018年もIT投資が引き続き活発に推移する見込みで、IoTを軸に新たな商機が地方で生まれる可能性がある。
日本の人口は、すでに減少の方向に向かっている。国の推計では、現在、約1億2000万人の人口は、60年には9000万人を割り込むと予想されている。高齢化も加速し、72年には2.5人に1人が65歳以上になる見通しだ。
日本全体で少子高齢化が進むなか、とくに厳しいのが地方の状況だ。進学や就職などに伴い、都市部への若者の流出が大きな問題になり、専門家の調査で“消滅可能性都市”と指摘された自治体もある。企業にとっては、都市部以上に人材の確保が厳しくなっている。
地方の中小企業では、新たに労働力を確保する手段として、IoTに活路を見出そうとする動きがある。現在は、自社の設備にセンサを取りつけ、データを自社の経営に生かす試みが中心だが、なかにはさらなる広がりを見据えた取り組みもある。
その一つが、山梨県の取り組みだ。山梨市では、「アグリイノベーションLab@山梨市」と銘打ち、農業IoTの実証を進めている。各農家が管理する畑で集めたデータを地域全体に展開し、新たな価値の創出やブランド力の向上につなげる計画だ。農業へのIT活用は、ベンダー側としては「儲からない」といわれがちだが、「農家が抱える共通のニーズを満たせれば、ビジネスになる」と関係者は意気込んでいる。
「アグリイノベーションLab@山梨市」で、同市の畑に設置されているセンサ
一方、新潟県では、製造業の工程管理のために、IoTシステムの実験に取り組んでいる。取引のある企業間で同じシステムを入れて、地域内で受注から販売までの管理を目指すことが目標で、中心となっている企業の担当者は「業種に関係なく、幅広く横展開していける」とシステムの外販も視野に入れている。
このほかの地域では、熟練の技術を次世代に伝承するためにIoTを導入したり、人の代わりにロボットに工場を巡回させて異常を検知したりする企業もある。18年は、地方発の取り組みが大きく広がり、新たな革新や成長に結びつくかもしれない。(廣瀬秀平)
中国市場編
中国のAI産業に世界が注目 新たなトレンド創出地域として君臨
またたく間に社会に浸透したモバイル決済、深センを筆頭に急増するスタートアップ、都市部で爆発的に普及した自転車シェアリング、先端ITを活用し小売業に新たなビジネスモデルを生み出す新リテール……。中国のダイナミックで急速な市場変化に、世界が注目している。ITビジネスの観点では、とくに人工知能(AI)に関する話題が尽きない。
中国は昨年、AIを新たな国家戦略に位置づけ、「次世代AI発展計画」を発表。2030年に中国AI産業を世界トップ水準に向上させ、関連産業規模を10兆元に拡大する目標を掲げた。現時点では米国に劣っている基礎理論分野の研究強化や、高度人材の育成についても方針をまとめている。第一段階では、20年までにAIの中核産業規模を1500億元に拡大する計画だが、すでに各地方政府が発表した同年の計画値を合算すると、全国目標を大幅に超過。インターネット大手の百度、アリババ、テンセントはもちろん、音声認識大手の科大訊飛(iFLYTEK)など、AI関連の事業を手がける現地ベンダーの鼻息は荒い。中国は、新興領域の規制が未整備のため、外国と比べて実用化に向けたAIの応用を進めやすいという特色をもつ。
科大訊飛が自社の技術力をアピールするために、音声合成によって作成した架空の演説。
米国のトランプ大統領が中国語で同社を褒め称える
こうした中国のAIを、自社のビジネスに結びつけようとする外資系企業も増え始めた。例えば、本田技研工業は、研究開発子会社の本田技術研究所を通じて、ディープラーニングを活用した画像認識を得意とする商湯科技(センスタイム)と5年間の共同研究開発契約を締結した。AI技術を活用して自動運転技術の高度化を目指す。また、昨年12月には、米グーグルが北京にAIの研究開発拠点「グーグルAI中国センター」を設立すると発表した。(真鍋 武)
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