躍進する中堅・中小SIerには、成長を遂げる際に一定のパターンがある。まず「コスト競争力」、そして二つめに得意分野に特化する「セグメント戦略」、三つめに独自商材/サービスによる「差別化」だ。加えて、IT業界は10年単位で技術的なパラダイムシフトが起こっており、この潮流を利用してチャンスを掴むこともポイントになる。本特集では、躍進する中堅・中小SIerの実例をもとに、成長を遂げるためのパターンを検証。そして、売り上げや利益の伸び悩みといった課題を抱えるSIerが、再び成長するための道筋を探っていく。(取材・文/安藤章司)
粗利のよい特定の技術領域に特化
売り上げや利益を伸ばしている中堅・中小SIerにとっての「コスト競争力」とは、技術的なパラダイムシフトを利用して、既存システムより数割安くつくることにある。その典型例がパブリッククラウドやSaaSを使い、既存のオンプレミス(客先設置)やクライアント/サーバー型のアプリケーションを置き換える需要を掴んだケースだ。クラウドベースのSIを主体とすることから、クラウドインテグレーター(CIer)と呼ばれることもあるが、本稿では便宜上SIerのカテゴリーのなかに含めて論じることにする。
国内でパブリッククラウドが知られるようになったのは、今から10年余り前。ユーザー企業は、多くのオンプレミス型のハードウェアやアプリケーションを抱えていた。そこで、新興SIerを中心にパブリッククラウドをベースに、「現行より数割安くシステムを刷新できる」と提案。当時のパブリッククラウドで代替できる領域を中心に、新興SIerの成長空間が一気に拡大し、そのチャンスを掴んだSIerが急成長した経緯がある。
二つめの「セグメント戦略」は、収益が見込める領域に特化すること。中堅・中小SIerは、人的、資金的リソースが限られているため、大手のように全方位でビジネスを広げることはできない。ニッチでありながらも粗利のよい特定の技術領域や、業種・業態に経営資源を集中することで強みを発揮するというわけだ。
先のパブリッククラウドをテコにビジネスチャンスを掴んだSIerも、その内訳をみるとオンプレミスからパブリッククラウドへの移行支援や、情報共有や営業支援といったフロントエンド系のアプリケーションなど、特定の技術領域に特化する傾向がみられる。
三つめの「差別化」は、他社にはない独自の製品やサービスを手に入れること。最初はパブリッククラウドを利用した「コスト競争力」や、特定領域に特化する「セグメント戦略」でチャンスを掴んだとしても、いずれ他社に追い上げられる可能性は非常に高い。追い上げられるまでの時間で、次の収益源となり得る商材やサービスの開発によって、競争優位性をより強固なものにすることが大切だ。
テラスカイ
10年後の成長見込んで行動する
テラスカイ
佐藤秀哉
代表取締役
具体的なケーススタディとしてテラスカイを挙げる。この8月、東京証券取引所マザーズ市場から東証本則市場への昇格を申請した同社は、営業支援のSalesforce(セールスフォース)をベースとしたSIやカスタマイズツールによるユーザーインターフェース(UI)の最適化などで急成長している。
創業時からSalesforce活用にビジネスチャンスを見いだし、会計年度で8期目にあたる2014年2月期に年商10億円を突破。そこからわずか4年後の18年2月期に年商50億円近くまで急成長。向こう数年でさらに倍増の100億円超を見込む。
ここまでの成功を掴めたことについて、テラスカイの佐藤秀哉代表取締役は、「当初からSalesforceは絶対に成功すると確信していた」としているが、実際のところ不確定な要素を多分に含んでいた。結果的にセールスフォース・ドットコム自身のビジネスが成功したことが、大きくプラスに働いたが、そうでなかったとしたら、テラスカイの置かれた状況は違っていたのかもしれない。
ポイントは、10年先を見据えて“賭け”に出られるかどうかだ。佐藤代表取締役は、「ITは、おおよそ10年周期で大きなパラダイムシフトが起こる」と話すように、10数年前の段階で、パブリッククラウドの萌芽を感じ取り、そのなかのSalesforceに全てを賭けて勝負に出たからこそ、テラスカイは成長のチャンスを掴んだのだ。
見方を変えれば、10年後のパラダイムシフトにつながる芽は今、この地球上のどこかに芽吹いている可能性がある。佐藤代表取締役は「成長の阻害要因を考慮する起業家はいても、リスクを恐れながらベンチャービジネスを起こす起業家はいない。成功することだけしか考えていないし、常にアクセル全開で突き進むのみ」と指摘するように、10年後に成功しているSIerは、今の段階でパラダイムシフトを起こす“何か”を掴んでいると考えるべきだろう。
第二、第三の事業の柱をつくる
とはいえ、すでに既存事業で顧客を抱えているSIerにとって、10年後の不確かなパラダイムシフトを見据えて経営リソースを投入するのは、あまりにもハードルが高い。現にテラスカイ自身も株式を上場し、従業員も増えていくなかで、かつてのSalesforceの“一本足打法”のスタイルだけで成長するのは、もはや難しくなっているのも事実。むしろSalesforceで築いてきた顧客基盤や技術体系を軸に、第二、第三の事業の柱をつくっていくフェーズにきている。
例えば、ビジネスSNS機能などを実装した次世代型コミュニケーション・プラットフォーム「mitoco」は、今年5月にりそな銀行が採用。まずは2000ユーザーで本格運用をスタートさせ、将来的にはグループ会社を含めた2万6000ユーザーでの利用も視野に入れる。
ほかにもAWS(Amazon Web Services)のクラウド型コンタクトセンター・システム「Amazon Connect(アマゾンコネクト)」の品質や操作感を導入前に試用できる「ぴたっとコネクト for AWS」の販売にも力を入れる。
また、ERP(統合基幹業務システム)分野で、SAPが現行製品から「S/4HANA」をはじめとする新しいプラットフォームへと切り替えていくタイミングに合わせて、次期ERPのビジネスの立ち上げにも取り組む。ERPを専業とするSI子会社のBeeX(ビーエックス)を立ち上げ、すでに大企業ユーザーを中心に25社余りの開発実績を積んできた。今年に入って基幹業務に強い大手SIerのTISなどからも一部出資を仰ぎ、従来強みとしてきたフロントエンド系の領域からバックエンド領域への進出も進めている。
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