働き方を見つめなおす
神山町 サテライトオフィス
神山町第1号――Sansan
働き方を自社から変える
Sansan(寺田親弘代表取締役)が、SO進出を決めた理由が、名刺を中心とした「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」という同社のミッションを実現するためだ。世界の働き方を変えるには、まず自分たちの働き方を変えなくてはならない、との目的から2010年10月にSansan神山ラボを開設した。
神山ラボの目標は、東京と同等かそれ以上のパフォーマンスを上げることだ。敷地内には母屋、納屋、牛小屋の三つの建物があり、その全てで執務ができるよう何度もリノベーションを繰り返し環境を整えた。
現在、台所や風呂など生活空間のある母屋は合宿場として利用することが多く、新入社員研修や短期のグループ合宿などに使われる。神山ラボには2人のエンジニア、1人のマーケティング担当者が常駐しており、彼らは納屋や牛小屋、母屋の個室などで業務を行っている。
多くの社員が神山ラボを訪問するようにと、ユニークな取り組みもある。同社はチャージ休暇制度を導入しており、そのチャージ休暇期間に神山ラボを訪問した社員には3万円、またその家族には一人当たり1万円を支給する。家族3人で訪問した場合、5万円を受け取ることができる。16年から導入したこの制度を利用してすでに40人以上が神山ラボを訪れているという。
また、神山ラボで短期的にオンライン営業に取り組んだこともある。通常の顧客面談型の営業では移動時間がかかり、都内でも1日4件を巡回するのが精一杯だ。オンライン営業の場合は、移動時間がかからないので1日9件ぐらい顧客と接点を持つことができた。2週間集中して実施することで、東京にいる時よりも1.5倍の受注を獲得したという。
大間祐太
人事部部長 新規事業開発室長
人事部の大間祐太部長は「東京オフィスでは細かいコミュニケーションが発生し、生産性が落ちてしまう。コミュニケーションを長期的に遮断するのは問題があるが、短期であれば生産性を高め、成果につながることが分かった」と話す。
こうした実験結果を踏まえ、17年12月からセールスディベロップメント部/ブランドコミュニケーション部の大石宗貴氏が常駐。家族とともに移住した大石氏は「子どもにより良い環境で伸び伸びと生活してほしい」という思いで神山ラボ勤務を決めた。
都会から田舎の生活で一番変わった点は通勤時間だという。「これまでは片道1時間半、往復で3時間もかかっていた。今は車で10分ほど。通勤でかかっていた時間を仕事や家族との団らんに充てることができる」と話す。また、静かな環境で集中して仕事に取り組めるため、効率が高まったという。東京には月2~3回出張し、他の社員と情報共有をすることで、一人の業務、グループでの業務とメリハリをつけている。
敷地内には三つの建物がある
Sansan神山ラボ
神山ラボ
Sansan事業部
セールスディベロップメント部/ブランドコミュニケーション部
大石宗貴氏
COMPANY DATA
社名 Sansan
本社 東京都渋谷区神宮前5-52-2
設立 2007年6月
SO開設 2010年10月
県庁や県内の企業もSO進出
グリーンバレーが管理するコワーキングスペースとして「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」がある。起業家やその支援者、地域住民との交流を目的とした施設で、海外から移住してきた芸術家や地元の小・中学生、高校生などが立ち寄る。
神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス
最近は県外だけではなく県内の大学、企業などがここにSOを開設。さらに16年4月には徳島県庁もSOを設けた。現在、2人の職員が常駐しており、インターネットやテレビ会議を使いながら本庁で行っていた業務をこなしている。
ビジネスを創出する
美波町 サテライトオフィス
本社も移転――サイファー・テック
2012年5月に美波町第1号SOとして進出したサイファー・テック(吉田基晴代表取締役)。当時は都内に本社を構えていたが、小規模なIT企業ではなかなか人材が集まらず、事業拡大にあたり人材を確保するため、あえて田舎の美波町にSOを開設した。
この人材募集で同社が掲げたコンセプトがITの仕事も仕事以外も楽しむ「半X(仕事以外)半IT」だ。美波町はサーフィンなどのマリンスポーツを楽しむことができる上、近くには山もある。このようなロケーションの良さと、仕事と趣味を同じように楽しめる職場であることをアピールした。こうした一風変わった人材募集はメディアなどにも取り上げられ、多くの応募があり、目的だった人材不足問題が解決した。
サイファー・テックはあっという間に地域に溶け込み、SO開設の1年後の13年5月には本社を移転。東京を営業拠点とした。田舎が本社、東京を支店とする珍しいケースだ。
現在コワーキングスペース「ミナミマリンラボ」にあるオフィス
COMPANY DATA
社名 サイファー・テック
本社 徳島県海部郡美波町恵比須浜字田井266番地
設立 2003年2月
SO開設 2012年5月
ビジネスを創出――Skeed
美波町にSOを構えるIT企業は、働きやすい環境だけではなく、ビジネス創出のために進出する企業もある。Skeed(明石昌也代表取締役CEO)もその一社だ。
美波町は1946年の南海地震をはじめ、過去に大きな津波の被害を受けた。そのため、美波町では南海トラフ地震に備えた防災・減災対策が求められている。そうした中で、同社は災害発生時に高齢者が速やかに避難でき、また避難状況を確認できるよう、自律分散型ネットワーク技術を採用した「止まらない通信網」を構築。基地局とIoTセンサーをつなぐ一極集中型ではなく、中継器同士がつながり、一つの中継器が故障してもほかの中継器から情報を受信・送信できる仕組みを採用した。この中継器を町内の電柱に設置し、その近くを通った高齢者が持つセンサーの情報をキャッチし、高齢者の所在地やルートなどを追跡できる。昨年行われた津波避難訓練で実証実験が行われ、今年も2回目の実験が行われた。
同ソリューションは他地域での横展開のほか、フリーアドレスを導入する企業に、スタッフの位置把握ソリューションとして提案することを検討している。
IoT事業部
宮島恒敏
事業開発担当部長主任研究員
COMPANY DATA
社名 Skeed
本社 東京都目黒区目黒1-6-17
SO開設 2016年12月
地域課題に気づく――鈴木商店
美波町で2番目のSOとなるのが大阪に本社を構える鈴木商店(鈴木史郎代表取締役)だ。AWSやグーグルなどとパートナー契約を結び、顧客企業にクラウドを使った業務システムを提供する。
SO開設のきっかけは、鈴木代表取締役の海のそばで働きたい、という思いつきだった。開設したSOは美波町の「美」、クラウドの「雲」、そして美波町で何かを担えるように、という思いを込めてSOを「美雲屋」と名付けたという。
現在、美雲屋では小林武喜氏が常駐。起床して10分後には仕事ができ、通勤電車に乗る必要がなく、喧騒がない静かな環境は、集中して仕事を進めることができるという。また開発合宿や集中して業務に取り組むため、営業やエンジニアが訪問する。
小林氏は「最近は漁師の手伝いをするようになった。すると彼らが抱えている課題が見えてくる。今後はIoTを使った取り組みが何かできないか、考えたい」と話す。田舎で生活することで、地域の課題に気付き、それを解決するため新たなソリューションが生まれる。田舎はビジネス創出の場となりそうだ。
(左から)大阪本社経営企画室の塩飽展弘室長
美雲屋常駐の小林武喜氏
大阪本社システム開発部の白石正行部長
COMPANY DATA
社名 鈴木商店
本社 大阪府大阪市北区西天満1-7-4
設立 2004年10月
SO開設 2013年9月