VMからコンテナへ
大胆な直接移行戦略
オンプレミスから他社クラウドまでを共通のプラットフォームでカバーし、柔軟なアプリケーション実行環境を用意することで、業務システムのクラウド移行需要を取り込もうとするグーグル。マルチクラウドの推進という基本的な方向性は、前述の通りIBMのクラウド戦略とも共通する。
クラウドへの移行とモダナイズをテーマにした展示ブース
しかし、アプリケーションのクラウド化をどのように実現するか、その方法に関しては、先鋭的なテクノロジーにこだわるグーグルらしいアプローチを採ろうとしている。
既存アプリケーションのクラウド移行を図るに当たり、多くのクラウド事業者が用意している道筋が、オンプレミスで動作していたVMwareベースの仮想環境を、そのままクラウドへ乗せ替える「リフト&シフト」方式だ。まずはハードウェアを運用する手間から解放した上で、次のステップでアプリケーションをクラウド環境に適した形へ再構築しようとする考え方であり、昨年11月にはAWSの東京リージョンでも「VMware Cloud on AWS」のサービスが利用可能になった。
対してグーグルは、VMware環境を乗せられるベアメタルサーバーを用意するのではなく、仮想マシン上で動作する従来のアプリケーションを、GCPのKubernetes環境で実行可能な形式に変換するツール「Anthos Migrate」を提供し、仮想マシンからコンテナ環境への直接移行を実現しようとしている。昨年買収したイスラエルVelostrataの技術を活用したもので、仮想マシンやアプリケーションに事前の変更を加えることなく、オンプレミスや他社クラウドのVMware環境にあるアプリケーションをGCP上に移すことができるという。Cloud Nextのステージ上では、オンプレミスのVMware vSphere上で動作していたECサイトを、2分ほどの作業でGCPのKubernetes環境に移行するデモが実演された。
2月にIBMが引用した「80%が未クラウド化」とする調査結果にグーグルも言及
もっとも、Anthos Migrateはまだベータ版であり、企業が抱えるさまざまなアプリケーションに関して、コンテナ環境への直接移行が本当にどこまで可能なのかは未知数だ。ただ、ほぼ無限に拡張できるインフラがマネージドサービスとして提供され、リソースのサイジングや、セキュリティーパッチの適用といった作業が不要となり、ユーザーがサービスの開発に専念できることがクラウドの大きなメリットである以上、オンプレミス時代の仮想マシンをいつまでも動かし続けていては、その価値を享受できない。
グーグルは今回のイベントで、「アプリケーションのモダナイズは、考えられているほど難しくはない」というメッセージを繰り返し発信しており、リフト&シフトにとどまらないクラウド移行を実現できる基盤として、企業に対してGCPの訴求を図ろうとしていた。
GCPとプライベートの
ハイブリッドを国内提供へ
Anthosと自社製品・サービスとの連携ソリューションを提供する30社あまりのパートナーが発表され、その中に加わっていた唯一の日本企業がNTTコミュニケーションズだ。Anthosの機能を用いて、同社のプライベートクラウド基盤「Enterprise Cloud」上にKubernetes環境を構築し、Enterprise CloudとGCPで同等の性能や機能が得られることを確認したという。同社のネットワークを通じた複数クラウド環境の閉域接続や、データの確実な国内保存といったニーズが期待できるとみており、今年中にEnterprise CloudとGCPのハイブリッドサービスを提供開始する予定だ。クラウド事業者としては、現在のところアジア唯一のAnthosパートナーだという。
NTTコミュニケーションズ
角守友幸
部門長
同社クラウドサービス部の角守友幸ホスティングサービス部門長は、コンテナ環境への業務アプリケーションの展開はまだ始まったばかりとしながらも、「顧客企業からのコンテナ管理技術への関心は非常に高い」という。今後のアプリケーション開発がクラウドを前提としたものになる一方で、「GDPR(EU一般データ保護規則)などのコンプライアンス準拠や、スケーラブルな開発環境といった要素が求められている」(角守部門長)ことから、複雑なITインフラをできるだけシンプルに管理できるプラットフォームが必要であり、ITサービス事業者である同社にとってAnthosはうってつけのツールだという。
例えば、工場にIoTソリューションを導入する場合、運用・管理やデータ可視化のためにクラウドとの連携が必要になるのと同時に、レスポンスタイムやセキュリティーの要件を満たすため、センサーのデータ処理は生産ライン近傍のエッジサーバーで行うといった構成になるケースがある。分析結果を基幹系システムに反映させる場合、本社のデータセンターやプライベートクラウドとも連携が必要となる。このような分散したシステムをつなぎ込み、なおかつアプリケーションをアジャイルに開発・改善していこうとした場合、「Anthosがよい武器になる」(角守部門長)とみている。
「対AWS」で集結する
オープンソース陣営
このほか会期中、特にAWSを意識して発表された差別化策としては、オープンソースベンダーとの提携が挙げられる。MongoDBなど「NoSQL」と呼ばれるビッグデータ処理基盤を手掛ける企業を中心に、7社のオープンソースベンダーと戦略的なパートナーシップを結んだ。
グーグル・クラウド
トーマス・クリアン
CEO
昨年9月まで米オラクルで製品開発を統括するプレジデントを務め、今年1月からグーグル・クラウド部門のCEOを務めるトーマス・クリアン氏は「オープンソースコミュニティは最近、クラウド事業者がオープンソースの収益化を妨害していると考えている」と述べた。オープンソースコミュニティでは、AWSなどの大手クラウド事業者がコミュニティの成果物を利用して大きな利益を上げているにもかかわらず、コミュニティに対して十分な支援・還元を行っていないとする不満の声が上がっている。実際にMongoDBなどは昨年、ライセンスを変更し、商用利用を制限した。
これに対しグーグルは、提携先のオープンソースベンダーが提供する製品を、GCPの管理コンソールから使えるようにし、課金やサポートの窓口についても肩代わりする取り組みを開始する。ユーザーは、GCPのネイティブ機能とオープンソースベンダーの機能をまったく同じフローで利用することができ、請求も一本化される。発生した収益は、グーグルとオープンソースベンダーの間で分配される。
Redis Labs
オファー・ベンガル
CEO
MongoDB同様、クラウド事業者対策のライセンス変更を行っていたRedis Labsのオファー・ベンガルCEOは、「クラウド時代において、オープンソースの収益化はますます難しくなっている。グーグルはオープンソースに関して他のクラウド事業者とは異なり、コミュニティに有益なアプローチを採った。グーグルらしい取り組みだ」とコメント。クリアンCEOは「当社はオープンソースのパートナーと成功を分かち合い、ユーザー各社はイノベーションを継続できる」と述べ、テクノロジーとビジネスの両面で、オープンなエコシステムを構築していく考えを強調した。
テクノロジーよりも
ビジネス価値の訴求へ
マルチクラウドの推進によってインフラ部分での囲い込みが難しくなっていくのに対し、AIやアナリティクスなど、GCPが持つ強力なデータ活用機能は、グーグルならではの強みを存分に発揮できる領域である。しかし、いくら高度な機能が用意されていても、それらが具体的な活用シーンに結び付かなければ、顧客の業務改善や収益向上にはつながらない。そこで、データの専門家がいない一般企業でもAIなどを活用した課題解決ができるよう、グーグルも業種別ソリューションの開発に力を入れる。
例として示されたのが小売業で、小売の業務にすぐに活用できる機能群を「Google Cloud for Retail」の名称で提供する。画像による商品検索機能を自社のモバイルアプリに組み込める「Vision Product Search」や、顧客ごとに最適化したおすすめ商品を提案する「Recommendations AI」、Chrome OS搭載端末を活用したデジタルサイネージなど、導入効果がすぐにイメージできる形にパッケージ化したソリューションを充実させていく。
グーグル・クラウド・ジャパン
阿部伸一
代表
グーグル・クラウド・ジャパンの阿部伸一代表は、「テクノロジーの価値も大事だが、それが最終的にお客様のビジネス価値にどう変わっていくのかを語れるようにしていこうとしている。われわれ自身も経験を積んでいくし、そういう提案が得意な方には、外部からわれわれの仲間に入っていただくことを積極的に推進していく」と述べ、営業力の強化と、得意分野を持つパートナーの獲得が、エンタープライズ市場を攻略するに当たっての最大の課題との認識を示す。クリアンCEOも、営業担当者やテクニカルサポートの人員をグローバルで大幅に増強するよう社内に指示しているという。
世界最高レベルの頭脳が集結するベンダーが提供する高度なサービスであるがゆえ、企業が今抱えている課題との間には、これまで距離が感じられたグーグルのクラウド。しかし今回、他社クラウドの存在を前提したアーキテクチャに舵を切り、マンパワーの拡充といった泥臭い取り組みにも力を入れるなど、現実のエンタープライズと正面から向き合う姿勢が明確になった。“雲の上”ではなく、地に足の着いたクラウド戦略が実を結ぶのか、今後の推移に注目したい。