メガクラウドがエンタープライズITへのフォーカスを強めるのと軌を一にして、ERPをはじめとする業務アプリケーション市場もクラウドがメインストリームになりつつある。ただし、ERPのグローバル大手ベンダー各社は、既存製品の単なるクラウドシフトではなく、デジタルトランスフォーメーション(DX)のコアとしての機能を担うべく再構築したクラウドERPの価値を本格的に市場にアピールし、「ERPの向こう側」に新たな市場を見据えている。これに伴い、ERPビジネスにおけるパートナーエコシステムの在りようにも大きな変化が訪れようとしている。(取材・文/本多和幸)
日本企業をIntelligent Enterpriseに
トップベンダーSAPが考えるERPの向こう側
SAPジャパンがERPパッケージ以外のビジネスが売り上げの5割を超えたと明らかにしたのは、2012年初頭のこと。11年12月期の実績を踏まえての宣言だ。以来、非ERPのビジネスは順調に拡大しているが、近年、「SAP ERP」と同製品を含む「SAP Business Suite」の標準サポートが2025年に終了するいわゆる「2025年問題」が最新ERPである「S/4HANA」の需要につながるなど、従来の主力であるERPビジネスの売り上げも伸びている。結果として、同社の全売り上げに占める非ERPビジネスの割合は伸びる一方というわけではなく、6~7割程度に落ち着いているとみられる。いずれにしても、SAPを単なるERPパッケージベンダーとみるのはもはや正確ではない。
そんな同社が現在、前面に押し出しているのが「Intelligent Enterprise」というキーワードだ。SAPが定義するIntelligent Enterpriseとは、「従業員がより価値の高い成果に集中できるように人工知能(AI)、機械学習(ML)、IoT、アナリティクスなどの最新テクノロジーを活用する企業」のことだ。大胆に解釈すれば、DXを実現した企業とも言えるかもしれない。SAPジャパンの福田譲社長も、このIntelligent Enterpriseの提案を加速させることを19年の重点施策に掲げている。
SAPジャパン
福田 譲
社長
福田社長によれば、Intelligent Enterpriseを実現するためのSAPのポートフォリオは「データの収集、連携、オーケストレーションやアプリケーションの統合や拡張をスムーズに実現するデータマネジメントのレイヤーである『デジタルプラットフォーム』、そのデータとAI、ML、IoT、アナリティクスといったインテリジェントテクノロジーを活用してインサイトやディシジョンに変えていくレイヤーの『インテリジェントテクノロジー』、そしてそれをインテリジェンスが組み込まれたアプリケーションによる実際の業務変革やビジネス変革に落とし込む業務アプリケーションレイヤー『インテリジェントスイート』の三つのレイヤーで構成される」という。
同社は最新のERPであるS/4HANAを、最も上位のレイヤーにあたるインテリジェントスイートの中核機能「デジタルコア」として位置付けている。福田社長は、「これまでバックオフィス向けの業務アプリケーションとは距離があったさまざまなデータをインテリジェントテクノロジーによってリアルタイムに活用することが可能になってきた。例えば業種によっては、天気のデータなどを取り込んで、実際の業務におけるアクションの改善に即座につなげられるかもしれない。テクノロジーの進化による、こうしたデータ活用の可能性の拡大をしっかり受け止められることが、DX時代のERPに不可欠な要素だ」と強調する。
クラウドだからこそ
進化する技術をすぐ活用できる
残り二つのレイヤーにも目を向けてみよう。まずデジタルプラットフォームを構成する具体的なソリューションは、インメモリ技術による高速データ処理プラットフォーム「HANA」や、そのフルマネージドサービスを含むマルチクラウド対応のPaaS「SAP Cloud Platform(SCP)」だ。もう一方のインテリジェントテクノロジーレイヤーは、SCPを基盤としてAI、IoT、リアルタイムアナリティクス、ブロックチェーン、ビッグデータ処理などの機能を提供する「SAP Leonardo」がその役割を担う。
SAPはハイブリッドクラウドの選択肢を排除していないものの、デジタルプラットフォームとインテリジェントテクノロジーは基本的にパブリッククラウドで利用してこそメリットが最大化されるとしている。新機能・新技術が非常に短いサイクルで生み出されるようになっている中で、オンプレミスのインフラにそれを都度実装していくのはユーザーにとって大きな負荷になるからだ。そしてこの流れは、ERPにも波及している。
SAPはS/4HANAについて、従来どおりオンプレミスで運用したとしても、SCPを活用すれば自社だけの強みやユニークな業務プロセスを生かすための機能拡張をクラウドで実現し、インテリジェントテクノロジーの進化もリアルタイムで取り入れられるとしている。それでも、導入後に日々生み出される新しい機能・技術の恩恵をよりシンプルな形で享受できるのは、クラウドERP、つまりはSaaS形態だ。国内でも、そうしたメリットやTCOの削減効果、クラウドならではの導入期間の短さなどを評価して、S/4HANAのSaaS版である「S/4HANA Cloud」を導入する企業が増えつつあるという。
例えば、SAP ERPの既存ユーザーであったNTTアドバンステクノロジは昨年10月にS/4HANA Cloudの導入プロジェクトを開始した。長年の利用で多くのモジュールが追加され複雑化した既存システムをシンプルに整理し、事業環境の変化に迅速に対応した経営判断や業務オペレーションの最適化をアジャイル的に進められるシステムを目指した。S/4HANA Cloudはカスタマイズによる作り込みを排し、SAPが用意した標準機能にユーザーが業務を合わせてこそ真価を発揮する“Fit to Standard”型の製品だが、幅広いビジネススキームに対応すべく、同社がこれまで蓄積してきた多くのベストプラクティスを標準業務フローとしてライブラリー化して提供している。これは「スコープアイテム」と呼ばれ、すでに400種類を超えるラインアップが用意されている。こうしたSAP側の環境整備もあり、NTTアドバンステクノロジはS/4HANA Cloudによって十分な業務改善や経営革新が実現できると判断した。
SAPジャパンはIntelligent Enterpriseの提案を強化すべく、パートナーエコシステムも進化させようとしている。これまでは、S/4HANA、Leonardoそれぞれでパートナーコンソーシアムを立ち上げ、各業界・業種向けテンプレートの開発・検証や事例情報の共有、パートナー同士の協業などを進めてきた。今年5月からは、両コンソーシアムを融合し、新たに「Intelligent Enterpriseパートナーコンソーシアム」として活動を始めている。
パートナーエコシステム
にも大きな変化が
SAPジャパンでパートナービジネスを統括する大我猛・バイスプレジデントは、「Intelligent Enterpriseの提案・実現を加速させるためには、より多様なプレイヤーにエコシステムに入っていただく必要がある。場合によっては、当社とコマツ、NTTドコモ、オプティムが協業してリリースしたIoTプラットフォーム『LANDLOG』のように、従来のユーザー企業が協創の輪に入ってIntelligent Enterpriseのためのソリューションを開発・提供していく動きも増えるだろう」とみている。
SAPジャパン
大我 猛
バイスプレジデント
旧S/4HANAパートナーコンソーシアムのメンバーは基本的にSIerだが、Intelligent Enterpriseパートナーコンソーシアムの発足は、彼らがカスタマイズの作り込みで儲けるERPビジネスから、顧客のDXの伴走者としてのビジネスに、本格的にシフトするきっかけにもなり得そうだ。
22年度には9割がクラウドに?
堅調に伸びるERP市場
SAPに限らず、ERPのクラウドシフトやSaaS化が大きな市場のトレンドになっているのは明らかだ。調査会社のITRは今年4月、国内47のERPベンダーへの調査を基に、2017年度(18年3月期)までの売上金額ベースのERP市場規模、さらには22年度までの市場推移予測を発表した。
17年度の市場規模は884億円(前年度比9.3%増)で、18年度も同9.4%増の堅調な伸びを見込む。「今後も一定の割合で基幹システムへの投資は行われると見込まれる」として、22年度にかけてのCAGR(年平均成長率)は8.4%と予測している。
同社がレポートの中で市場の動向として特筆しているのは、SaaS市場の急速な拡大だ。SaaS形態で提供されるERPの17年度売上金額は前年度比38.7%増の190億円で、「22年度には、SaaSがERP市場全体の売り上げの5割近くに達する見込み」だという。
一方、パッケージ市場でもクラウド化の流れは顕著だ。オンプレミスでの運用が減少し、IaaSでの運用が急拡大しているという結果になった。特に「『Amazon Web Services(AWS)』での運用比率が拡大している」という。20年度にはIaaSでの運用がオンプレミスを上回り、22年度にはSaaSとIaaS運用のパッケージを合わせたクラウドで運用されるERPのクラウドシフトが市場の約9割を占めることになると予測している。
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