平野体制でのパートナーエコシステム変革
全てはソリューションの価値を高めるために
当初は規模を追求する
姿勢も目立ったが……
平野社長の就任当初、クラウドビジネスにおけるパートナーエコシステムについては、規模の拡大に向けたメッセージが多かった。例えば15年7月の就任直後には、1年間でクラウド関連の新規パートナーを1000社獲得し、クラウドパートナーを計3500社に拡大するという目標を掲げた。これによって、2年後の17年6月末までには法人向けビジネスにおけるクラウドの売上高を50%以上に引き上げる計画を示した。平野社長は、「100%間接販売でビジネスをやることはこれからも変わりはなく、パートナーがクラウドビジネスに移行しやすいようなパートナープログラムと支援体制をしっかり用意する。法人向けビジネスで当社が現在のポジションを築くことができたのは、パートナーと一緒に顔がみえるサポートを展開して、お客様の信頼を勝ち取ってきたから。クラウドでもそれこそが他社との差別化になる」と語っていた。
17年6月末に見事法人向けビジネスにおけるクラウドの売上高を50%以上にするという目標は達成したが、この頃からパートナーエコシステムのさらなる活性化を図るべくパートナーとの協業における選択と集中を尖鋭化させ、「量より質」へと転換していく姿勢が鮮明になってきた。
パートナーの役割はAzure
ソリューションの価値向上
まず、日本マイクロソフト社内では17年7月にパートナー支援の体制を抜本的に変革した。従来は8部門に分かれていたパートナー支援機能をパートナー事業本部に集約した。結果としてパートナー事業本部が支援するパートナーの総数は既存のパートナー網を含めて約1万社という規模になったが、当然、全てのパートナーを全方位的に支援するというやり方には限界がある。まずはクラウド時代、デジタルトランスフォーメーション(DX)時代の次世代パートナーエコシステムの基盤づくりを進めるべく、重点的に協業するパートナーを500社に絞った。その上で、Microsoft Azureを活用した産業別ソリューションの開発やマーケティング、プロモーション、顧客への提案活動などで密接な協業に取り組んだ。今期(19年6月期)に入ってからは、重点パートナーをさらに絞って300社とし、Azureを活用したソリューションのさらなる価値向上に努めてきたという。
19年6月期は、上半期のみで約1200のビジネスアプリケーションをAzure上に構築し、631案件の共同販売を行った。Azureの年間契約額は前年度比640%増。マイクロソフトの直販営業部隊が、対面営業、インサイドセールスを問わず、パートナーソリューションの拡販に注力したこともこの成長を後押しした。
つまり、近年のクラウドビジネスにおける日本マイクロソフトのパートナー戦略は、重点パートナーを絞ってAzureの価値を市場にしっかりアピールできるソリューションを共同でつくった後に、案件を獲得して事例をつくるところまでを日本マイクロソフトが自らサポートするかたちになっているのだ。プロダクトのメーカーに徹して、ディストリビューター、リセラーに拡販してもらうモデルとは全く違う。
直近では、新たなパートナープログラムとして「MPN(Microsoft Partner Network) for Industry パートナープログラム」を発表し、Azureを活用した価値あるソリューションづくりに従来のユーザー企業も巻き込み、業種業態特化型のソリューションの品ぞろえを強化する取り組みも始めている(週刊BCN 1782号に詳報)。同社は「これまで当社と協業を進めてきたパートナー企業とも、改めてリファレンスアーキテクチャーを活用したクラウドベースの業種特化型ソリューションを構築し、販売していく」ともしている。ただし、いずれにしてもAzureを活用したソリューションの価値向上に参画できるかがパートナーにとってはマイクロソフトのクラウドビジネスの波に一緒に乗るための条件になりそうだ。プロダクトをメーカーからユーザーに流すだけの単純な再販ビジネスでは厳しい。
このように、平野社長の在任期間で日本マイクロソフトがパートナーに求める役割は大きく変化したと言えるが、「(マイクロソフトと歩調を合わせて)順調に変化されているパートナーと苦労されているパートナーがいらっしゃるという印象はあるが、少なくともマイクロソフトの世界観に共感していただいているパートナーであれば、変革のフェーズにかかわらず支援していく」(平野社長)との姿勢も示している。
「Windows Server 2008」
EOSをAWS追撃の切り札に
日本マイクロソフトは今年2月、MM総研の2018年12月の調査結果を基に、クラウド移行を検討するユーザーが選択するサービスとしてAzureが47.1%の支持を得ていると発表した。IaaS/PaaSのトップベンダーであるAWSは24.2%だったという。1年前の同調査では、Azureが13.2%、AWSが48.3%でAWSが圧倒的だったが、今回の調査ではAzureが1年前のAWSと同程度の支持率を獲得したことになる。
その要因として、20年1月にサポート期限を迎える「Windows Server 2008」のマイグレーション施策が功を奏している。同社はWindows Server 2008環境をAzureにリフト&シフトする場合に限り、延長セキュリティー更新プログラムを3年間無償で提供する方針を示し、Azureへの動線を強化。他社クラウドよりも低コストでWindows Server 2008環境のクラウドマイグレーションを実現できる制度を提示した(図参照)。また、戦略パートナー57社と連携し、顧客ごとの課題に合わせた適切なマイグレーションを支援する「マイクロソフトサーバー移行支援センター」を設立したことも市場の支持につながったという。
平野社長の在任最終年度の業績に具体的にどの程度貢献することになるのか、気になるところだ。
働き方改革の実践企業として
社内変革にも取り組む
「週休3日制」もスタート
平野体制下の日本マイクロソフトは、働き方改革にも経営戦略の中核と位置づけて取り組んできた。生産性の向上やコラボレーションの促進、情報活用、ナレッジマネジメントなどは2000年代前半に着手しているが、2011年に現在の品川オフィスに本社を移したことで全社を挙げた働き方改革の取り組みが本格化した。「競争や変化が激しいグローバルハイテク市場のなかで、どうやったら生き残れるかということを考え、効率がよく、生産性が高く、イノベーティブで持続可能な働き方を模索してきた」(同社担当者)という。こうした同社の取り組みは、日本マイクロソフトの組織を柔軟かつ強くしただけでなく、日本全体の働き方改革ムーブメントの盛り上がりとともに、ITビジネスの直接的な商機にも結び付いた。
同社の働き方改革担当者は、「まずは自分たち自身が実践して成果を出した商材やサービスでなければ、お客様に伝わるメッセージは弱くなってしまう。働き方改革のソリューション提案でもっとも重要なのはリアリティだ」と強調する。この言葉どおり、日本マイクロソフトは自社商材などをフル活用して、いつでも、どこでも、誰とでも交流できるような働きやすい環境を整え、仕事の生産性を上げるための取り組みを進めるとともに、その実践の中で得た成功のポイントや課題などのナレッジを積極的に公開してきた。
平野社長は今年4月、さらなる働き方改革の取り組みとして、週勤4日、つまりは週休3日制をスタートさせた。まずは今年8月の全金曜日を休業日とし、この期間中、社員は業務を週4日の勤務で終えられるように、一層の生産性向上や創造性の向上に取り組むとともに、「短い時間で働き、よく休み、よく学ぶ」生活を目指すという。日本マイクロソフトは自己啓発費用、異文化異業種職場体験、家族旅行やレジャー関連費用、社会貢献活動費用などの支援も行う。プロジェクト終了後には効果測定も行い、10月にその結果を公表する予定だ。
記者の眼
ナデラ体制の申し子!?
米本社での活躍に期待
後任人事にも大きな注目
IaaS、PaaSにホステッド・プライベート・クラウドを加えたクラウド市場に関する調査結果を、四半期ごとにさまざまな形に整理している米調査会社のシナジーリサーチグループによれば、2019年第2四半期の市場シェアはAWSが33%、マイクロソフトが16%だという。さらに、具体的な数値は示されていないが、18年第4四半期と17年第4四半期を比べるとAWSもマイクロソフトもシェアを伸ばしている。グーグルとアリババもシェアを伸ばしてはいるが、特にマイクロソフトの伸びは彼らよりも大きく、市場の2強体制はさらに顕著になっていく可能性が高い。
米マイクロソフト
サティア・ナデラCEO
サティア・ナデラCEOの就任以前は、マイクロソフトはセールスフォースやIBM、グーグルと並ぶ2位集団の一員でしかなかった。そこから抜きんでた成長を実現できた要因としては、クラウドテクノロジーへの開発投資を加速させたことはもちろんのこと、クラウド市場に受け入れられるような“オープン”な文化への変革に取り組んだことも大きい。
平野社長も、2015年のインタビューで「サティア・ナデラが新たにCEOに就任してから、すべてをWindowsのプラットフォームのなかで何とかしようという、世界の流れを止めようとするようなことはやめて、むしろ世の中の変革を加速させる立場に変わった。彼の嗅覚や情熱はすごい。Windows 10は最高のプラットフォームだと自負しているが、これもクロスプラットフォームの世界が前提の技術。個人的にも、これからのマイクロソフトの技術開発は非常に楽しみだ」と語っている。事実、Azureを核としたオープンなプラットフォーマーとしての姿勢をアピールしてエコシステムの拡大に取り組んできた。
もはやAzureで動作するVMの約半分はLinuxで稼働しているという。これはまさに近年のマイクロソフトの変化の象徴とも言えそうだが、直近でも、SAPやアドビとともに複数ベンダー間のデータモデル統一の取り組みである「Open Data Initiative」を発表したほか、ヴイエムウェアやレッドハットとの連携など、一昔前のマイクロソフトでは考えられないような協業が増えている。
こうしたナデラ体制の変革の申し子ともいえる平野社長は、日本で本社の大方針をしっかり実行し、成果を挙げた。まもなく2019年度(19年6月期)の通期決算も明らかになるだろうが、18年度は、Azure、Office 365、Dynamics 365のいずれもグローバルの成長率を日本市場が上回ったという。平野社長は9月1日以降、本社でグローバルのパートナー戦略を統括する立場になるが、日本マイクロソフトの特別顧問にも就任する。ここでどんな舵取りを見せるのか、社内やパートナーの関心・期待は高い。
ただし、「2020年には日本のナンバーワンクラウドベンダーになる」という目標は道半ば。誰がこの目標の実現を引き継ぐのか、平野社長の後任人事にも注目が集まる(読者の皆さんに本紙が届くまでに後任が発表されないことを祈る)。日本マイクロソフト社内から昇格するのか、米マイクロソフトからの落下傘になるのか、はたまたそれ以外の選択肢があるのか、気になるところだ。有力パートナーからは、日本マイクロソフトの現幹部が有力候補との声もあるが、果たして……?