中国最大の都市として、同国の経済をけん引してきた上海市が、人工知能(AI)の発展に力を入れている。市内で開発を進め、産学官連携の共同研究所などの設置も計画している。2021年までに、世界トップレベルのイノベーション・エコシステムのブランドを構築し、AIで一流の都市になることが目標だ。(取材・文/齋藤秀平)
「AI開発の主導権を握る」投資額は中国の30%
上海市は最大の都市として、長年にわたって中国の経済をけん引してきた。中国国家統計局のデータによると、18年の上海市の域内総生産(GDP)は、前年比6.6%増の3兆2679億元(約49兆2700億円)となっている。中国国内の各都市の中で最も大きかった。
国内外から多くの企業が進出し、中国を代表する世界的な都市となった一方、最近は、AIを活用した発展に注力している。
8月28日には、AIに関する専門家会議が上海市内で開催された。会議には、上海市トップの李強・市共産党委員会書記も出席し、「情報技術が飛躍的な進歩を遂げており、AIの開発が新たな大きなチャンスを迎えている」と述べ、「われわれはこの勢いを利用してAI開発の主導権を握り、国際競争力を強化する必要がある」と強調した。
上海市がAIに注力するようになったのは、中国国務院が17年に次世代AI発展計画を策定したことがきっかけ。同計画では、30年までにAIの領域で世界トップレベルに達することが目標に掲げられ、上海市も他都市と同様にAIの発展に注力。18年には初めてのAI大会を開催し、内外に積極的な姿勢をアピールした。
中国政府系のコンサルティング会社・CCIDコンサルティングがまとめた18年のAI都市ランキングでは、上海市は首都の北京市に次ぐ2位になった。17年の投資額は155億8000万元(2335億7700万円)となり、中国全体の投資額の30%を占めたという。
島を“実験場”に 上海の発展にAIを
上海市は、 AIの発展に向けて市内の開発を進めている。その一つが張江AI島(浦東新区)だ。広さ6.6平方メートルの敷地の中には、アリババ傘下の半導体メーカー「平頭哥」をはじめ、中国のユニコーン企業や地元の同済大学が進出。外資企業では、IBMやマイクロソフト、半導体大手の独インフィニオン・テクノロジーズが研究開発センターなどを設立している。
中国企業や欧米企業が進出する張江AI島
小型無人機を使った安全ソリューション
AI島では、スマートホームやスマート工場、スマート家電、スマート教育、スマート医療など幅広い分野でAIの応用が進められている。ほかにもスマートごみ箱が設置され、無人の掃除ロボットが走り回っているほか、小型無人機を使った安全ソリューションなどの研究開発も進められており、島全体がAIの“実験場”として利用されている。
ヘッドマウントディスプレイを使ったスマート医療ソリューション
AI島AI&IoTラボのCEOを務めるマイクロソフト中国の朱琳氏は、5月にラボを開設して以来、300社近くの企業から協力の申請があり、最終的に30社が実験室の初期パートナーになったと紹介し、「マイクロソフトの技術と各社の技術を組み合わせて新しいソリューションの開発に取り組んでいる」と説明した。
マイクロソフト中国
朱琳氏
AI島では、AIやビッグデータ、クラウドコンピューティング、ブロックチェーン、VR/ARの活用を促進し、AI島以外にも成果を広げることを目指す。さらに20年までに、中国で最も影響のあるAI産業クラスターの構築と最高レベルの応用モデル地区になることも目標に掲げている。将来、8000人のAIエンジニアと科学者が働くようになる見通しだ。
上海市経済情報化委員会
張英副主任
上海市経済情報化委員会の張英副主任は「中国ではAIが各業界に浸透しており、これからも各業界にとってAIが重要になる」と期待し、「これからの上海の発展にはAIを加える。大都市の上海は、街の管理とサービスの要求が大きい。AIを通して、われわれの生活によい管理とサービスを提供することができる」と話した。
一方、中国メディア科技日報によると、AI島を管理する張江集団の袁涛董事長は「われわれはAI島を張江AIのエンジンにし、より多くのAIプレイヤーや技術者を張江に集める。張江を浦東新区ないしは上海をリードする科学技術イノベーションの発祥地とし、AI産業や人材の面で影響力を持つ地域にしたい」と語ったという。
相次ぐ開発 産学官の連携も
上海市が進めている開発は、AI島だけではない。上海市がこのほど策定したAI行動計画によると、重点的に開発するのは、AI島を中心とする浦東張江のほか、8月に発足した新しい自由貿易試験区「臨港新片区」もある。
人民日報によると、臨港新片区は、習近平国家主席が昨年11月の第1回中国国際輸入博覧会で発表した重大開放措置の一つ。国際市場への影響力と競争力をより備えた特殊な経済機能区を構築し、働きやすく、住みやすい近代的新都市にすることが狙いだ。
臨港新片区のメディア向け説明会
9月5日に開催されたメディア向け説明会では、上海市政府の担当者らが「グローバルの競争の中では、影響力のある新しい産業集積地をどのように形成するかがカギになる」と述べた。
上海市では、ほかにもAIの発展に向けた取り組みを用意している。上海市政府が発表したAI行動計画では、大学や研究機関、企業の3者による共同研究所をはじめ、新興チップ企業を支援するイノベーションセンターやAIのトレーニングフィールド提供に向けた実験室の設置を進める。人材育成では、今後3年間でAI人材を現在の2倍の20万人規模にして、国際的な影響力の向上に努めることが定められている。
このほか、AIの研究開発に取り組む企業などに対する資金援助のメニューも用意した。2000万元(約2億9600万円)を上限に投資額の30%を援助する。スタートアップ企業に対しては、所得税の15%を免除する。上海市が定めた条件を満たす製品や人材に対する金銭的な優遇制度もある。
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