顧客のニーズを探る日系ベンダー
日系市場を開拓する中国ベンダー
日系ベンダーにとって、顧客としての日系企業の重要性は依然として大きい。日系ベンダーが中国事業を成長させるためには、日系企業のニーズを探ることが重要で、各ベンダーは新たな製品やサービスを投入している。一方、中国のベンダーは、価格力を武器に日系企業への切り込みを図っている。日系ベンダーにとって、中国ベンダーは脅威となるのか。
翻訳サービスが好調
即時対応でニーズ増に
NTTコミュニケーションズ中国(NTTコム中国)は、中国でAI翻訳サービス「COTOHA Translator」を展開している。政府から通達が出た場合など、突然の対応が必要な場面が多い企業が、効率アップを目指して導入するケースが増えているという。
NTTコム中国によると、中国では政府から企業への通達が突然発表されることが多く、翻訳を担当する中国人スタッフが残業をして即時対応する場合がある。マニュアルや社内レポート、事業企画書など、日本語と中国語での翻訳が必要な文書はほかにもあり、中国に進出する企業とっては、翻訳業務の効率化が課題になっているという。
NTTコム中国は、2018年11月にCOTOHA Translatorの販売を開始した。英語検定のTOEICで960点程度、日本語能力試験の最上位レベルで翻訳できる精度の高さのほか、人力で数時間かかる原稿用紙25枚分の翻訳を数分程度で完了させられるスピードや、アップロードした文書ファイルや翻訳結果などを全て暗号化するセキュリティ性能などが評価され、導入が増えている。
無償のサービスに比べ、機能面が充実している点も導入増につながっている。一般的な無償翻訳サービスでは、翻訳する対象のテキストについて、コピーやペーストをする必要がある。一方、COTOHA Translatorは、ワードやエクセル、パワーポイントのファイルをドラッグアンドドロップすることで、ファイル内のテキストを翻訳することが可能だ。
NTTコム中国の小野寺高史副総経理は「中国に進出する日系企業も、日本と同様にデジタルトランスフォーメーションや働き方改革の取り組みを進めているので、新しい技術を活用して顧客のビジネスをお手伝いしていきたい」とし、19年度の導入目標については「日系企業を中心に100社を目指したい」と語る。
NTTコム中国
小野寺高史 副総経理
COTOHA Translatorは、最新のニューラルマシントランスレーション技術とNTTグループが40年以上にわたって研究してきた自然言語解析技術を生かし、翻訳業務に関するサービスなどを提供する「みらい翻訳」(東京)、国立研究開発法人「情報通信研究機構」と共同で開発し、日本では18年1月に販売を開始した。英中2言語のほか、韓国語やタイ語、ベトナム語など計13言語が日本語翻訳に対応し、専門用語を対象としたオプションサービスも提供している。
「自動化」をキーワードに
日系企業の顧客を狙う
中国のIT市場は、規模が大きい半面、大小さまざまなベンダーが乱立し、各ベンダーが激しい競争を繰り広げている。上海市の大手ソフトウェア開発会社・泛微(ファンウェイ)は、18年に日系企業担当のチームを設置し、上海市で営業活動を展開している。
ファンウェイの日本チームは、営業担当兼コンサルタントの潘時俊氏とコンサルタントの鈴木茂光氏が中心。両氏によると、中国国内では、中国企業を中心に3万社以上が同社の製品を導入しており、オフィス自動化システムの領域ではトップシェアを誇るという。
日本チーム設立後は、日立製作所やダイキン工業の中国拠点など、中国に進出する日系企業60社がファンウェイの製品を導入したという。潘氏は「われわれの製品は日系ベンダーの製品に比べて価格が安い点が魅力。さらに現地のベンダーとして、現地の業務に適した製品を提供していることも強みだ」とファンウェイの特徴を説明する。
ファンウェイの営業担当兼コンサルタントの潘時俊氏
ファンウェイは、売り切り型のビジネスを展開しており、顧客の新規開拓は重要だ。潘氏は、日系企業の開拓を進める理由について「上海市内では、中国企業はほぼアプローチ済みになっている。今後も成長を続けるためには、これまでアプローチできていなかった日系企業に接触することが必要だと判断した」と話す。
ただ、中国ベンダーにとって、日系企業の攻略は一筋縄ではいかない。潘氏は「中国人社員が実務を担っていても、最終判断は日本人社員という場合は多い。日系企業にアプローチができたとしても、導入を決断してもらうためのハードルは高い」と語る。
それでも、鈴木氏は「日系企業の中には、自動化を進めずに現在まできてしまった企業もある。そういった企業には『これ以上、対策を遅らせられない』という考えがあり、日系企業からの引き合いは増えている」と紹介する。
コンサルタントの鈴木茂光氏
潘氏は「日本企業の場合、1社に導入できれば、グループ企業や取引先企業の横展開ができるので、大企業を中心に導入を広げていきたい」と今後の戦略を説明し、1年間で導入社数を80社に増やすことを目標に掲げる。
まだ脅威ではないが
動向は注視
日系企業へのアプローチを進める中国ベンダーについて、日系ベンダーはどのように見ているのか。KDDI上海SL企画部の守岡純司部長は「日系企業は日本の商慣習でビジネスを進める。この部分は日系ベンダーに優位性があり、まだ中国ベンダーが脅威にはなっていない」と話す。一方で「技術と価格は素晴らしいので、中国ベンダーの動向は注視している」と一定の警戒感を示す。
KDDI上海
守岡純司 部長
KDDI上海は、中国大陸でRPAベンダーUiPathのゴールドパートナーとなり、現地の企業にソリューションを提供している。現在の導入社数は約130社で、中国系企業が6割、日系企業が3割、欧米系企業が1割の割合になっている。
人件費が上昇した中国では、業務効率化の手段としてRPAが注目されている。RPAソリューションを手掛ける中国ベンダーもあるが、守岡部長は「中国ベンダーは中国企業の市場に入っている。まだ日系企業の市場には入り込めていない」と実感している。
具体的な理由については「中国ベンダーは、価格の安さと技術の高さは素晴らしい」と評価しつつ、「顧客によって価格を変えたり、ウェブサイトで価格を公表していなかったりと、価格に透明性がない。個人情報の取り扱いや、利用できる機能がはっきりしていない場合があることも不安材料になっている。こうした部分は日本の商慣習に合っていない」と分析する。
そのうえで「中国の日系市場でビジネスをするためには、価格や機能に関する信頼性が非常に重要。中国ベンダーの製品が中国に進出する日系の大企業に売れるかというと、現時点ではまだ難しいだろう」と予想しつつ、「中国ベンダーの技術や製品を日系ベンダーの製品に組み込んで提供すれば、採用する日系企業は増える可能性がある」とみている。
KDDI上海は、19年の目標に掲げた100社への導入を達成し、現在は200社への導入を目指している。守岡部長は「中国でも、相手に対して真摯な対応をすれば、規模の大きな企業にも導入ができる。信頼関係がしっかり築ければ、日系市場だけでなく、中国系市場も狙うことができる」と語る。
「日本向けのオフショア開発はまだ伸びる」
中国の日本向けオフショア開発は、急速な経済発展に伴う人件費の上昇で、以前のようなコストメリットは少なくなったといわれている。一時の盛り上がりはなくなり、日本向けから離れる地元の開発会社もあるなか、上海市で長年にわたって日本向けオフショア開発を手掛けてきた上海海隆軟件(上海ハイロンソフトウェア)の包叔平董事長は「日本向けのオフショア開発はまだ伸びる」とみている。
上海ハイロンソフトウェア
包叔平 董事長
包董事長が日本向けオフショア開発に本格的に取り組み始めたのは、2000年代初頭から。バブル景気が終焉を迎え、日本企業のIT投資が縮小されるなか、「これからは中国で日本向けオフショア開発が盛り上がる」と予想していたからだ。
予想は的中し、中国の日本向けオフショア開発は全盛の時代を迎えた。包董事長によると、日系企業から大規模な案件が舞い込むようになり、他社でも日本向けオフショア開発を手掛けるようになった。開発会社は乱立し、上海市だけでも200~300社になっていたという。
だが、徐々に中国国内の開発案件が増加。08年のリーマンショックに端を発した世界的な不況の影響もあり、日中で開発単価の逆転が起こるようになった。包董事長は「リーマンショックの影響がなかった中国では、開発会社が日本向けから中国国内向けにシフトする動きが出始めた」と振り返る。
中国では近年、人件費の上昇が続いている。それに加え、13年頃には為替が急速に円安元高に進み、開発会社の経営を圧迫した。そのため、包董事長は「下流工程の仕事を中心としていた今までのやり方では難しい」と判断し、より上流工程まで手掛けることにした。その一環として、17年に研究開発の専門チームを設置し開発力の強化を進めている。
包董事長は「今は技術の転換期。クラウドやビッグデータ、人工知能(AI)といった先端領域では、中国のほうが日本より進んでいる部分もある」とし、「われわれは約3000人の技術者を抱え、これまで培ってきた開発のノウハウもある。先端技術の要素を開発に加えることで、新たな価値を生み出すことができる」と話す。
上海ハイロンソフトウェアは、18年までの5年間で、売上工数を順調に拡大した。14年に1万7840人月だった工数は、18年は2万1850人月となった。日本向けオフショア開発は下がり目になったともいわれているが、19年の工数はさらに増加し、3万人月に達するという。
包董事長は、日本向けオフショア開発を手掛ける地元の開発会社が減ったことに加え、日本のIT人材が不足していることも影響していると分析し、「今後も日本からの受注は期待できる。日本向けオフショア開発のビジネスチャンスはまだある」とみている。
一方で「開発力を磨くだけでは、利益は確保できない。日本向けオフショア開発をさらに伸ばすためには、要件定義から開発まで一貫して顧客にかかわることが重要だ」とも。現在、中国側で開発者の採用を強化しているほか、日本の拠点では業務知識を備えた人材の採用を進めていると説明し、「日中で連携して全開発工程を担えるようにして、日本向けオフショア開発のさらなる成長を目指す」と語る。