Special Feature
自治体のデジタル活用 ITベンダーは自治体の「DX」パートナーに
2020/07/09 09:00
週刊BCN 2020年07月06日vol.1832掲載
自治体の新型コロナ対応を支えたITベンダーの取り組み
新型コロナをめぐる自治体向けのIT活用支援では、自治体ビジネスで長年の実績がある国産IT企業だけでなく、プラットフォームビジネスを展開する外資系IT企業の動きも目立った。国内IT企業が、既存の関係性の中から従来顧客を中心とした目に見える相手の支援に動くのに対し、外資系IT企業はコミュニティ活動に近い感覚で支援に走り出すという傾向がみられ、瞬発力もある。自治体の新型コロナ対応を支援する国内外ITベンダー5社の主要な取り組みを紹介する。日本マイクロソフト
神戸市のデジタル活用人材育成を支援
「Power Platform」を無償提供
日本マイクロソフトによる今回の新型コロナ対策での自治体支援の取り組みとして象徴的だったのが、神戸市との連携である。6月4日に両者間で包括連携協定を取り交わし、その中で「DXの推進による働き方改革」「スマートシティ実現に向けたデータ連携基盤の推進」など4項目の取り組みを掲げているが、併せて「新型コロナウイルス感染症対策に関する覚書」でも合意。日本マイクロソフトが神戸市へ、ローコード・ノーコードアプリケーション開発基盤である「Microsoft Power Platform」などのクラウドサービスを無償で提供するとともに、両者で連携して昨今のコロナ禍で求められる自治体業務アプリケーションを開発する体制を整えた。
開発したのは、「新型コロナウイルス 健康相談チャットボット」「特別定額給付金の申請状況等確認サービス(住民ポータル)」「データ公開サイトを統合したダッシュボード」の3種類のソリューション。KDDIウェブコミュニケーションズ、コロナ対策エンジニア、セカンドファクトリー、ソントレーゾ、Twilio Japanといった企業・団体の協力のもと、これらを全て神戸市の職員が開発した。成果物はGitHubでオープンソースソフトとして公開している。
日本マイクロソフトは、製品提供に加えて、ツール活用をはじめとするデジタル活用の人材育成を支援している。開発を担当するのは、あくまで業務を理解している職員というのが前提であり、それを踏まえて、協定内容にデジタル人材の育成および人材交流という項目が含まれた形だ。今回のコロナ禍をきっかけとして、市職員自らがアプリを開発・提供できる体制を構築したいという神戸市側の意向によるものだという。
セールスフォース・ドットコム
保健所業務支援パッケージを船橋市などに提供
「Lightning Platform」でアジャイル開発
セールスフォース・ドットコムは、保健所向けの業務支援クラウドパッケージを開発し、9月末まで無償で提供している。3月上旬に同社製品のユーザーであった千葉県船橋市の情報システム担当者から依頼を受けてパッケージの開発に着手し、1週間で基本部分を開発。それを社内のエンジニアと同社パートナー企業が連携しつつ、運用しながら改善し、その後、全国の保健所向けに公開した。
船橋市では独自のPCR検査体制を整えていたことから、当時、他の保健所とは対応状況が異なっていた部分があるが、新型コロナ対応における保健所業務の流れは、おおよそ次の通りである。まず住民から相談を受けたら病院を紹介し、一般診療を受けた後に、感染の可能性が高ければ帰国者・接触者外来へとつなぐ。そこでPCR検査を実施するかを判断し、PCR検査で陽性反応が出ると疫学調査と濃厚接触者調査を行う。パッケージでは、それらの業務フローをシステムに落とし込みつつ、さらに蓄積したデータを分析・集計・表示する画面や、国や市への報告するための機能も提供している。
同社は自治体向けに、ローコードアプリケーション開発基盤「Lightning Platform」をベースとして、同社やパートナーが開発したソリューションを提案・提供しており、今回提供しているパッケージも同基盤上で開発した。これをLGWAN(総合行政ネットワーク)上で展開し、同社のパートナー経由で提供する。
ほかにもセールスフォースは、「特別定額給付金管理システム」を開発し、東京都荒川区をはじめ11自治体に提供。それ以外にも自治体が独自に展開する事業者向け給付金の管理システムも複数自治体で構築している。同社が評価された部分は、「時間的制約があり、周囲の状況や政府からの要請が変わる環境の中で、機能変更や新機能を追加して改善していくようなアジャイル開発に対応でき、作り込まなくてもシステムが使えるところ」だと、エンタープライズ公共金融営業統括本部の井口統律子・デジタル共創営業部部長は語る。
今回、船橋市とのやり取りを担当した公共・金融営業本部デジタル共創営業部の中西直貴氏によると、実際に導入した現場からは「業務の変更がすぐ反映されるスピード感が高く評価されている」という。同パッケージはその後、千葉市でも採用され、現在もなお多くの自治体から引き合いがあるとしている。
SAPジャパン
加古川市の給付金問い合わせ業務を支援
「SAP Cloud Platform」で早期開発
SAPジャパンは、住民自らが特別定額給付金の申請受付状況を自治体のWebサイトから確認できるようにする「特別定額給付金問い合わせWebサービス」を開発。現在までに28団体から問い合わせを受け、兵庫県加古川市をはじめ16団体へ無償提供している。
同サービスは、自治体側がクラウド上の専用サイトに、集計した関連データのCSVファイルを読み込ませておき、住民が郵送申請書の給付コードまたはオンライン申請の受付番号をWebサイト上で入力すると、「受付日」、審査中・照会中・審査済など「処理状況のステータス」、審査済であれば「振込予定日」が表示される仕組みになっている。
このサービスの導入により問い合わせの電話が減れば、自治体側もその対応作業の負荷を減らすことができる。「住民が多い比較的大規模な自治体を中心に、連日問い合わせを受けている状況」と、デジタル社会基盤事業統括本部の横山浩実・公共担当ディレクターはいう。
サービスは、PaaSの「SAP Cloud Platform」上で開発することで、着手してから提供するまで5日間というスピードを実現している。PaaSの標準機能でアクセスログを取得し、データ分析の機能も活用できる仕組みで、これらはSAPジャパンからの自治体における今後のデジタル活用に向けた提案そのものだ。「問い合わせ件数が何件あって、どれくらい電話が減ったかも推測できる。データを可視化することで、住民満足度やシステムの投資対効果も見えてくる。先進的な自治体ではEBPM(証拠に基づく政策立案)に舵を切っているが、そこも視野に入れたデータの集約や分析といった活用の取り組みにつながっていく」と横山氏は話す。
このほかにもSAP Cloud Platformの機能の中には、認証やワークフローなどのさまざまな機能があり、他のシステムも部品を組み合わせるレベルの容易さで構築できる。自治体にサービスを提供しているSI会社にとっても、今回のような急な対応が求められる際にはSAP Cloud Platformは有効だとしている。
今回の件で同社は多くの自治体とつながりができたが、「現在、中央省庁や自治体は急速にデジタル変革を進めている。われわれにはERPという得意分野があり、そこからのデータ分析は得意。われわれが提案できることの範囲は今まで以上に拡大している」と横山氏はアピールする。
富士通
国のクラスター戦略を支えたAIチャットボット
自治体の問い合わせ対応業務にも
富士通は、国および自治体の新型コロナ対策のさまざまな現場をICTによって支援してきた。その中で、同社のAI技術を搭載した「CHORDSHIP(コードシップ)powered by Zinrai」を活用した、2種類の自治体・保健所向けのチャットボットシステムを開発。期間限定で無償提供し、現在25自治体で活用されている。
同社では2月末に、技術者を中心とした約30人の「新型コロナウイルス感染症対策特別チーム」を発足。厚生労働省からの要請を受けて、感染症対策チームや専門家会議のメンバーと連携し、専門家や有識者およびクラスター対策班、そして先行して取り組みを行う自治体の声をもとに要件をまとめ、チャットボットを活用した保健所向けの情報収集システムをつくり上げた。
同システムでは、自宅待機中の新型コロナ感染者との濃厚接触者が、感染対策本部が設定した健康状態に関する項目の回答をスマートフォンで入力する。さらに濃厚接触者からの問い合わせにAIチャットボットで回答しつつ、入力された内容を保健所や自治体側で一元管理する仕組みとなっている。個人情報を含まない形でデータを収集し、IDとひも付けて管理することで、個人情報の保護にも対応している。このシステムにより、保健所における電話での聞き取り調査や健康観察票への入力、厚労省への報告業務が自動化され、保健所職員の業務の効率化を実現している。
新型コロナに関する住民からの問い合わせ対応業務を支援するシステムも開発している。自治体が個別に用意しているFAQのほかに、厚労省提供の新型コロナ情報、さらには特別定額給付金に関するFAQや先行自治体のノウハウを踏まえて構築したテンプレートなどを用いることで、自治体は相談チャットサービスをすぐに開始できる。有償オプションで、ログの分析や外国語対応にも対応する。
富士通のAIチャットボットサービスは、2016年の熊本地震や18年の西日本豪雨時の災害対応にも活用された実績があり、行政ビジネス推進統括部行政第三ビジネス推進部の杉田真樹マネージャーによると、「画面展開や正答に導くQA遷移のノウハウ、AIとの組み合わせで8割以上の回答クローズ率を達成している」という。
今後について同部の河野大輔部長は、「今回の新型コロナを契機に自治体の窓口業務も変わっていく。今後はチャットボットからの相談を受けて必要な申請手続きにまでつなげていくなどの仕組みを用意し、自治体の窓口業務改革を支援していく」と説明する。
NEC
共創型のAIチャットボットを20団体へ
宝塚市と窓口改善の実証実験も開始
NECは新型コロナ禍における自治体支援として、職員の負担軽減や窓口支援の取り組みに重点を置いている。代表的な取り組みが、新型コロナに関する問い合わせに対応したAIチャットボット「NEC自動応答」の約20自治体への無償提供だ。
NECが提供するAIチャットボットの最大の特長は、AI技術群「NEC the WISE」の「テキスト含意認識技術」により、自然文の多彩な表現を認識できるという点だ。2017年のサービス開始以降、約50社の民間企業への導入のほか、自治体向けにもAIチャットボットを活用した自動応答のサービス提供を加速している。
今回の無償提供の枠組みでは、自動応答システムと、厚生労働省、総務省、経済産業省などが提供している健康相談や補助金に関する一般的なQ&Aのデータを提供している。「これを基に自治体の現場で独自のQ&Aの作成、追加が画面上で簡単に行える」と、公共ソリューション事業部の邱騰箴(きゅう・とうしん)氏は説明する。同社のAIチャットボットは、住民が質問を入力した後に、質問の意図をくみ取った質問候補が表示される仕組みだが、精度が高く住民からは好評だったという。
今後は、マイナポータルの情報をAPIを通じて取得し、安全な形でよりパーソナライズされた回答が出せるように進化させていく予定だ。
ほかにも、自治体職員や住民の感染症対策として、新しい生活様式に対応した自治体の窓口業務を支援する実証実験を兵庫県宝塚市と実施している。あらかじめ住民がスマートフォンなどで専用のWebサイトにアクセスし、届け出内容を入力すると、システムが申請情報をセキュアなQRコードに変換。それを市役所本庁の専用機材にかざすと、申請書類を印刷して手続きに進めるようになる。これにより、庁内での滞在時間や記載台に触る機会を削減できる。
宝塚市の打診から1カ月程度で稼働を開始しており、短期間で導入可能だ。NECソリューションイノベータの「NEC窓口改善ソリューション」を活用する仕組みだが、他社の業務システムへのアドオンも可能で、現在複数の自治体が採用を検討しているという。

この数カ月の間、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策として国の政策・施策が次々と決定され、地方自治体、あるいは保健所といった地域の公的機関の負担が増している。PCR検査や支援金・給付金など、迅速な対応が求められる中で、業務を進めるにあたってのボトルネックや問題点も明らかになった。自治体・公的機関の業務を効率化し、コロナの第2波や他の災害にも対応していくためには、IT・デジタルの力は欠かせない。課題解決に取り組む自治体や、顕在化した課題に対するITソリューションの動向を追った。
(取材・文/石田仁志 編集/前田幸慧)
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