民間企業を中心に活用されている最新の業務アプリケーションやアプリケーション基盤などを積極的に取り入れようという動きが地方自治体に広がっている。大きなきっかけとなったのは、政府が2018年に情報システム調達における“クラウド・ファースト”の方針を示した「クラウド・バイ・デフォルト」の原則であり、そうした傾向は新型コロナ禍でさらに加速している。この動きと軌を一にするように本格的に拡大しつつあるのが、「LGWAN接続サービス」市場だ。
(取材・文/本多和幸)
改めておさらいする
LGWANと自治体の情報システム政策
「クラウド・バイ・デフォルト」原則で
高まるLGWAN活用ニーズ
LGWAN接続サービスの利用が拡大している背景として、まずは自治体の情報システム政策の現状をおさらいしておこう。有力ベンダーの一社である富士通エフ・アイ・ピー(FIP)の中浩文・パブリックサービス事業部第一パブリックシステム部シニアエキスパートは、「民需中心のビジネスをしているソフトベンダーは、そもそもLGWANとは何かすらよく知らないことも多い」と指摘している。
LGWANとは「Local Government Wide Area Network」の略で、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワークだ。「地方公共団体情報システム機構」(J-LIS)が管理している。各自治体の庁内LANを相互接続しており、2003年に全市区町村が接続して本格運用を始めた。その後、アップデートを繰り返しており、現在のものは18年に運用を開始した「第四次LGWAN」だ。
一方、同じく18年に政府は、「クラウド・バイ・デフォルト」の原則を発表して、クラウドサービスの利用を情報システム調達における基本方針にすることを示している。この方針は当然地方自治体の情報システム整備にも大きな影響力を持ち、自治体のクラウド活用も加速した。ただし、自治体のクラウド活用はセキュリティ上の制約も大きい。
その象徴が、「自治体情報システム強靭性向上モデル」への対応だ。15年6月に日本年金機構が公表した情報流出事件をきっかけとして、総務省は自治体の情報セキュリティの強靭化計画を進めた。地方自治体の管理下には、住民の個人情報を取り扱う「マイナンバー利用事務系」、業務システムなどを利用する「LGWAN接続系」、情報収集や外部とのメールのやり取りなどに活用する「インターネット接続系」という三つのネットワークがあり、これらを分離してセキュリティ強度を向上させたうえで運用するというもので、「三層の対策」と呼ばれる(図参照)。
しかし、セキュリティ対策はしばしば利便性との二律背反に直面する。三層の対策でも、例えばLGWAN接続系とインターネット接続系を物理的に切り離せば、ネットワークごとに別々の端末が必要になってしまったり、ネットワーク機器の変更や運用の負荷も増大する懸念がある。こうした課題を仮想デスクトップやSDNなどの導入で乗り越えようという動きも顕在化している。また、総務省は現在、これまで運用してきた三層の対策の課題を抽出した上で自治体の情報セキュリティ対策方針の見直しを進めており、従来LGWAN経由での利用を推奨してきた業務システムや業務端末について、一部インターネット接続系での運用を認める新たなモデル「βモデル」を提示する方針だ。
それでも、自治体の業務システムの中心がLGWAN接続系である以上、LGWAN経由で多様な業務アプリケーションやアプリケーション構築プラットフォームを使いたいというニーズは大きい。三つのネットワークが分離され、ネットワーク間の通信に大きな制限がある以上、データ/システム連携による業務効率化や生産性向上を考える上でも、LGWAN経由で使えるITソリューションが拡充されることは自治体にとって歓迎すべきことだ。また、βモデルの採用には相応のセキュリティ対策が求められることから、全ての自治体が対応できるかは未知数だという事情もある。
J-LIS審査・登録のハードルを下げる
LGWAN接続サービスの利用も拡大
こうした状況をITベンダー側から見ると、民間向けに業務アプリケーションやその構築基盤などを提供してきたソフトベンダーにとっては、LGWAN経由で自社サービスを提供することによって公共市場に進出し、新たな顧客基盤を開拓するチャンスが到来しているとも言える。実際、LGWAN経由で提供可能なITソリューションのラインアップは、ファシリティ、ITインフラからアプリケーションまでさまざまなレイヤーで拡大している(詳細は後述)。
しかし、ITベンダーがLGWAN経由でサービスを提供するためには、規定に沿ったサービス提供環境を構築し、J-LISの厳格な審査を経て「LGWAN-ASPサービス」として自社サービスを登録する必要がある。そのための負荷がネックとなり、なかなかLGWAN-ASPサービスの登録に踏み出せないベンダーも少なくない。
LGWAN接続サービスは、LGWAN専用のIaaSを提供したり、既存のSaaS環境とLGWAN網をつなぐ中継機能を提供するサービスであり、LGWAN-ASPサービス登録に必要な環境整備を“ショートカット”できるソリューションだ。自社ソリューションを新たにLGWAN経由で提供したいITベンダーは、専用の環境を自前で整備する必要がなくなる。結果的に、LGWAN-ASPサービス登録のハードルは大幅に下がることになる。多様なアプリケーションをLGWAN経由で使いたい、もしくは提供したいというニーズを追い風に、LGWAN接続サービスの市場は拡大しているのだ。
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