2023年10月にインボイス制度が導入される。IT業界では今年7月、「電子インボイス推進協議会」が立ち上がり、各社が協力して標準仕様の策定や実証、普及促進などを進めることになった。IT活用を前提とした社会の仕組みに本格的にシフトしていく端緒になるという期待が、業界の垣根を越えて広がっている。
(取材・文/齋藤秀平)
業務プロセスの根底から
見直すために
23年10月から、消費税の仕入税額控除の要件が「適格請求書等保存方式」(インボイス制度)に変わる。税務署長の登録を受けた適格請求書発行事業者は「売り手が買い手に対し、正確な適用税率や消費税額などを伝えるための手段」として、適格請求書(インボイス)を発行する。インボイスは、紙での交付が可能なことに加え、電磁的記録(電子インボイス)での提供も認められている。
岡本浩一郎 社長
電子インボイスへの対応は、降ってわいた話ではない。基幹系アプリケーションベンダー5社でつくる社会的システム・デジタル化研究会(通称:Born Digital研究会)は今年6月、「社会的システムのデジタル化による再構築に向けた提言」を発表し、「確定申告制度、年末調整制度など、日本における現状の社会的システムの多くは、戦後に紙での処理を前提として構築されたものであり、令和の時代においても、その基本的な成り立ちは変わっていない」と指摘した。
さらに、現在の社会システムは「紙を電子化する」という部分にとどまり、「社会全体としてのコストの最小化を実現できていない」とし、「デジタル技術を浸透させることで社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るためには、今ある業務プロセスの電子化を図るだけでは不十分であり、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化が必要」と強調。
インボイス制度の開始を踏まえた電子インボイスの仕組みの確立を、今後2、3年で集中的に取り組む領域として設定し、下部組織として「電子インボイス推進協議会」を7月に立ち上げた。
電子インボイスの
標準仕様策定に動く
協議会の代表幹事法人を務める弥生の岡本浩一郎社長は「インボイス制度によって、事業者の業務は大きく変わることが予想され、それをデジタルで効率よく処理できる仕組みを作らなければいけないというのが参加者の共通認識だ」と語る。
協議会では、既に海外で使われている仕様を基に、日本での標準仕様の策定に取り組んでいる。スケジュールとしては、年内をめどに標準仕様を決め、来年から各社がそれに準拠した製品・サービスの開発に着手することを想定している。
岡本社長は「制度が始まるまでに3年となっているが、3年あるから余裕ということでは全くない」とし、「23年10月に定着している状態にしていくべきで、それを考えると、少なくとも半年前、できれば1年前には、各社の顧客が使えるようすることを目指したい」と青写真を描く。
時間的な余裕がない中、岡本社長が重要視するのは協議会に参加する組織間の連携だ。「日本がある意味遅れているのは事実だが、逆に言うと、先人の経験をうまく活用できることを意味する。例えばイタリアは、民間中心で議論し、7年くらいかけて電子インボイスを義務化した。それに対して日本は3年ちょっとでやろうとしている。正直、時間はないので、海外の事例からしっかり学び、民間同士だけでなく、行政も巻き込んだコミュニケーションをいかに密にできるかがカギになる」と語る。
参加組織の連携が
成功のカギ
岡本社長は、インボイス制度が、業務アプリのビジネスにも変化をもたらす可能性があると個人的に考えており、「業務アプリはこれまで、あまりつながることを前提としておらず、仕様は個社独自でもよかった。しかし、これからのつながる世界を考えると、ベンダー側としても、カバーしないといけない範囲は広がる。従来の個別最適だけで戦っていくというより、協力するところは協力しないといけない」と主張する。
さらに「インボイス制度には、限られた時間で対応しないといけない。各ベンダーが一つになる必要はないが、各社が協力して共通モジュールをつくるということがあってもいいと思う」と指摘。「複数のベンダーで共通のモジュールをつくれば、コストは分散できるし、顧客の立場では、よりよいものをより安く使えるようにすることができる」とみて、ここでも各社協調の重要性を強調する。
また、市場環境については「インボイス制度がきっかけになって、従来、手書きでやってきた事業者が電子インボイスを使う動きも出てくるだろう。市場は大きく広がるチャンスがある。既存のプレイヤーに加え、スタートアップとしてチャレンジするベンダーも出てくるだろう。いろいろな意味で変化が現れてくる」と予想する。
最後に「デジタルによって、物事の動き方や仕組みが変わっていく世界をつくっていかないといけないと思っており、一つのハブになるのがインボイス制度。みんながデジタルでやりとりして業務が効率化する世界が実現すれば、それがトリガーになって、商流の一番上から下まで全てデジタル化する世界がつくっていけるのではないか」と期待する。
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