リモートワークの拡大は、オフィスで使う複合機やプリンタの稼働率を低下させ、事務機メーカーや販社のビジネスに大きなダメージを与えた。オフィスに人が戻らないことには稼働率は上がらない。コロナ禍が収束した後も、一定の割合でリモートワークが定着するとすれば、事務機メーカー・販社のビジネスモデルそのものの見直しが求められることになる。すでに主要ベンダーはコロナ後を見据えて商品やサービスの見直しに着手している。
(取材・文/安藤章司)
インクジェットは“特需”が発生
コロナ禍によるリモートワーク比率の拡大によって、働く場所が自宅などに分散。オフィスでの複合機やプリンタの稼働率は低下し、トナーやインクの消費抑制や本体の買い替えサイクルの長期化傾向は顕著になっている。一方で、在宅勤務で使う家庭向けのインクジェットプリンタの売れ行きは好調で、“特需”の様相を見せる。オフィスではレーザー方式のプリンタの割合が高いが、国内の家庭向けでは小型で省電力のインクジェット方式が圧倒的によく売れる。
キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の今年度(2020年12月期)のオフィス用複合機の販売台数は前年度比21%落ち込む見込みであるのに対して、家庭用インクジェットプリンタは同6%増の見通しを示す。ただし、四半期別で見ると第1回目の緊急事態宣言が出た20年4-6月期は前年同期比20%増、7-9月期は同5%増、10-12月期は同11%減の見通しで、販売台数は尻すぼみになると予想。キヤノンMJの濱田史朗取締役は、「インクジェットプリンタの特需は20年のみで、来年以降は継続しない」と保守的に見る。
複合機やプリンタのビジネスはトナーやインクの需要が重要な収益源となるが、家庭用インクジェットに関しては従来、年賀状用途のカラーインク需要に支えられていた側面がある。年賀状の送付枚数が縮小の一途であるのに対し、在宅勤務は年賀状ほどカラーインクを消費せず、むしろ「モノクロが多いため、カラーインクの需要は弱めに見込んでいる」と濱田取締役は話す。
工場の稼働率低下で一部商機を逃す
セイコーエプソンもインクジェットの需要増の恩恵を受けているものの、コロナ禍の外出自粛や、国や地域によっては都市封鎖も行われていることから、国内外の工場の稼働率が低下している。コロナ禍の初期の需要増に対して供給が間に合わず、「モノがなくて苦労した」と、国内ビジネスを担うエプソン販売の鈴村文徳社長は振り返る。全世界のプリンタ製品別の売上高推移を見ると、オフィス・ホーム向けインクジェットは、コロナ禍が顕在化し始めた20年3月頃から販売が減少し始めるものの、20年6月頃から供給体制の立て直しによって前年同期比でプラスに転じている(図参照)。
コロナ禍をきっかけに広がった分散ワークは、コロナ禍が収束したあとも一定の割合で継続すると鈴村社長は見ている。在宅勤務や都市部近郊、住宅街近くのサテライトオフィス、地方に住みながらのリモートワークなどが広く浸透すれば、東京や大阪などの都心の一等地にある高価なオフィスフロア面積は減少する。大型のプリンタを都心オフィスに何台も設置する必要はなくなり、分散ワークの環境に応じて中小型のプリンタでニーズが賄えるようになれば、「小型で省電力が特徴のオフィス向けのインクジェットの販売に追い風が吹く」(鈴村社長)と期待を寄せる。
インクジェットを主力とするブラザー工業も、コロナ禍初期の4-6月期こそ売り上げを落としたが、7-9月期で在宅勤務向けの販売が堅調に推移したことで通期(21年3月期)のプリンティング&ソリューションズ事業セグメントの売り上げ予測を上方修正。日本、欧州、米州、アジアの主要市場の全てで当初見込みよりも売り上げが増える見通しだ。国内市場を担うブラザー販売の三島勉社長は、「SOHOに焦点を当ててマーケティングしてきたことがプラスに働いた」と、コロナ禍における在宅勤務の拡大と、ブラザー販売のSOHO市場戦略がうまく噛み合ったと話す。
「出社率」と「出力数」は連動する
オフィス向けの複合機については、オフィスへの出社率が下がると如実にプリント枚数が減る傾向が見られる。リコーがオフィスへの「出社率」と、複合機の「プリント出力枚数」、新型コロナの「感染者数」の三つの要素を重ね合わせて分析した結果、出社率とプリント出力枚数に強い相関関係があることが明らかになった。ただし、日本のように感染者数が増えてもオフィスへの出社そのものを強く抑制しない国・地域であれば、新規感染者数の増加とプリント出力量の減少が必ずしも連動しないことも分かっている。(図参照)。
富士フイルムホールディングスのドキュメントソリューション事業セグメントの上期(4-9月)売上高にもこの傾向は影響。プリント出力ボリュームの減少を主要因として、前年同期比で15.5%減と厳しい結果になった。一方で、複合機の販売台数は前年同期比で増加した。同事業セグメントを担う富士ゼロックスの玉井光一社長は、「ライバル他社の販売台数が伸び悩む中、当社営業地域のアジア太平洋地域の主要地域で販売台数が伸びたことは、結果としてシェアを伸ばしたことを意味する」と話す。
販売台数が伸びた背景としては、複合機を取り巻く市場環境が厳しいにもかかわらず「新製品を出し続けたこと」(玉井社長)が奏功した。20年8月には、複合機/プリンタで9商品22機種を新たに投入。富士フイルムHDでは、通期(21年3月期)のドキュメントソリューション事業セグメントの売上高を前年度比6.6%減まで回復させる計画だ。
本来の強みに立ち返るきっかけに
沖データはオフィス向けプリンタ市場が世界的に冷え込んでいることを踏まえ、20年末をもって米国でのプリンタ本体の販売から撤退した。OEM(相手先ブランドでの販売)やシステム構築に伴うプリントデバイスとしての販売は継続する。欧州も人員削減、拠点統廃合などで効率化する。沖データは4月1日付で沖電気工業と統合し、グループ内での経営リソースの最適化を進めることで、国内外のプリンタの生産、販売体制を一段と効率的なものにする方針だ。
同社は業種や業務に特化したプリンタづくりを強みとしており、一般的なオフィス向けのプリンタでは苦戦していた。過去を振り返れば、1994年の沖データ設立のタイミングで投入した世界初の「A3ノビ」対応プリンタは、当時急速に普及が進んでいた出版業界の割り付け業務をデジタル化するDTP(デスクトップパブリッシング)と相性が抜群で、一躍大人気の商品になった。それ以降も特定業種にターゲットを絞ったマーケティングや製品開発を強みとし、今回のコロナ禍は沖データの本来の強みに立ち返るきっかけになったとも言える。
複合機やプリンタの市場の変化は、事務機メーカーや販社の経営戦略を見直すのに十分なインパクトを与えた。次ページからは、主要各社のコロナ後を見据えた取り組みを詳しくレポートする。
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