Special Feature
プリンタメーカーのビジネス戦略 事務機ビジネスを立て直せ 行動変容で新しい市場が生まれる
2021/01/28 09:00
週刊BCN 2021年01月25日vol.1859掲載
分散ワークに対応した商材を拡充
オフィスのダウンサイジングの動きも視野に
リモートワーク、分散ワークの定着で、事務機メーカーは主力の複合機やプリンタの戦略の見直しを迫られている。分散ワークに対応したソフト・サービスを拡充したり、顧客とのオンライン商談の支援センターを新設するといった取り組みが目立つ。コロナ後はオフィスのダウンサイジング(規模縮小)が起きることも予想され、注力商材の見直しや、販売ターゲットの軸足を、リモートワークの影響を受けにくい現場業務に移すといった動きも見られる。
富士ゼロックス
ソフト・サービスで利益を補完
富士フイルムビジネスイノベーションに4月1日付で社名を変更する予定の富士ゼロックスは、2017年度(18年3月期)におよそ700億円を投じて原価率を低減させる構造改革を実施してきた。サプライチェーンの効率化、設計から開発までのリードタイムの短縮などに取り組んだ成果として、18年度、19年度は過去最高水準の営業利益を叩き出している。コロナ禍に見舞われた20年度でも、当初見込み通り、前年度比23.8%減の800億円を死守する計画を立てている(図参照)。
富士ゼロックスの玉井光一社長は、「当社の強みは先端技術を活用し、多様な製品やサービスを生み出す研究開発力。そのためには利益をしっかり確保していくことが欠かせない」と、利益重視でコロナ禍の難局を乗り切る意向を示す。安定的な収益を確保していくため、同社は複合機の製造販売から派生したソフト・サービス商材の開発に力を入れてきた。これが今回のコロナ禍においても収益面を支えることになった。
複合機で文書を扱うノウハウを生かして1996年に開発した文書管理ソフト「DocuWorks」は、オフィスで取り扱う文書や表計算、画像などを一元的に管理できる。このDocuWorksと連動して複合機で受信したファックス文書を自宅や外出先で閲覧できるオプションサービスは、コロナ禍以前に比べて引き合いが7倍に達した。ファックスが大量に送られてくる業務であっても、案件ごとにDocuWorksのトレイに振り分け、オフィスと変わらないファックス受信環境を提供できるという。
在宅勤務ではプリント出力も課題となる。少量の印刷なら私物のインクジェットプリンタを使う手もあるが、まとまった数の印刷や、大きいA3サイズの印刷となれば複合機が要る。富士ゼロックスでは全国のセブン‐イレブンに設置した複合機に自宅のパソコンから出力できる「ネットプリントサービス」を展開しており、同サービスの上期(4-9月期)の法人利用の契約数は前年同期比で約5倍に増加。法人契約している会社の従業員は、自宅近所のセブン‐イレブンから会社の費用を使って出力ができる。
新体制で分散ワーク市場を開拓へ
地下鉄の駅やオフィスビルの構内に設置する個室型ワークスペース「CocoDesk(ココデスク)」(画像参照)の利用登録数もコロナ禍以前に比べて15倍以上に増えた。外回りの営業マンなどが会社に戻らず、客先に直行、直帰するケースが増えたことが背景にあり、「都市部における分散ワークの一翼を担うサービス」(玉井社長)として定着化している。
「CocoDesk(ココデスク)」
需要増を受けて20年12月には上野駅や永田町駅など4駅に新設し、ビル構内ほかを含めて計47カ所に拡充している。
また、CocoDeskのブースきょう体を外販する「ソロワークブースCocoDesk」も昨秋からスタート。オンライン商談や会議が急増し、パソコンに向かって会話するシーンが増えたが、オフィス内だとどうしても声が響いたり、周囲の会話が紛れ込んだりする。オフィス内にブースを設置することで、オンライン商談や会議に集中できる環境をつくりたいとするニーズが生まれている。ソロワークブースCocoDeskはこうしたニーズに応える商材として引き合いが急増している。
同社は、富士フイルムビジネスイノベーションに社名変更する4月のタイミングで、国内営業部門と国内の全販売会社31社を統合した「富士フイルムビジネスイノベーションジャパン」を発足させる。国内のマーケティング機能を一段と強化し、複合機を主軸にしつつも、文書管理やネットプリント、ワークスペースといった関連領域の商材により注力することで収益回復を目指す。新体制ではアジア太平洋に限定していた営業範囲を全世界に広げるとともに、米ゼロックス以外にOEM(相手先ブランドでの販売)供給することも視野に入れ、世界の主要市場でのビジネス拡大にアクセルを踏み込んでいく。
エプソン販売
分散ワークとの相性のよさを訴求
セイコーエプソンは今年度(21年3月)の連結売上高について、コロナ禍によって1300億円程度の押し下げ効果があると見ている。都市封鎖によってサプライチェーンが寸断され、ASEANの主力工場の稼働率が下がったのが主な要因。プリンタ事業に関しては、世界的なリモートワークの流れで家庭用インクジェットプリンタの需要は高まるものの、供給力不足で一部の商機を逃した。
国内市場を担当するエプソン販売の鈴村文徳社長は、「今後始まるであろうオフィスのダウンサイジング(規模縮小)と、在宅勤務などの分散ワークの定着化はプリンタ市場に大きな変化をもたらす」と指摘。主力のインクジェットは小型化が容易で、省電性能も高く、「分散ワークと相性がよいことを顧客に訴求していく」(鈴村社長)ことで販売増につなげられる可能性があると見る。
ビジネスチャンスをいち早くつかめるようにするために、20年夏にオンラインでの商品説明、販促資料を提供する「セールスセンター」を新設。まずは全国に先駆けてオンライン商談が活発化した首都圏で稼働させ、その後、主要拠点に展開している。電話やメール、オンライン会議といったツールを使う営業手法を応用。移動の自粛が求められる中、「フィールドセールスを補完するオンライン商談の支援センターとして重要な役割を果たしている」(同)と話す。
分散ワークとオフィス・ダウンサイジングの動きを睨みながら、インクジェットの商機拡大を虎視眈々と狙っていく。
ブラザー販売
「新しい市場が生まれた」と認識
各国・地域の都市封鎖、移動制限によって、ブラザー工業はコロナ禍初期の20年4-6月期の売り上げ、利益とも落ち込んだ。当初は通期にわたって厳しい状況が続くと見ていたが、20年7-9月期に入ると予想よりも早くSOHO向けプリンタの販売が回復。中小企業向けのプリンタ販売も想定を若干上回ったことから、通期(21年3月期)のプリンティング&ソリューションズ事業セグメントの売上高見通しを上方修正している。
主力のSOHO向けプリンタが回復基調にあるのに加え、コロナ禍の行動変容によって「ラベルライターやラベルプリンタの販売が好調だ」と、国内市場を担うブラザー販売の三島勉社長は話す。飲食店の多くが持ち帰り販売を始めたり、巣ごもり需要に対応するためにネット通販に参入する小売店が増加。商品に内容物の表示ラベルを貼り付けるため、ラベルライターやラベルプリンタを求める顧客が増えた。コロナ禍の発生以降、前年同期比の販売台数は1.5倍で推移しているという。
三島社長は「『市場が変わった』のではなく『新しい市場が生まれた』」と前向きに捉え、新しい生活様式に合致した販売戦略を展開することでビジネスを伸ばす。
沖データ
現場業務に焦点を当てた商品づくり
沖データは、業種や業務に特化したプリンタに将来性を見いだしている。20年9月に発売したラベル印刷用途の幅狭カラーLEDプリンタは、小売業や製造業の出力端末としての販売を狙ったものだ。沖データは光源にLEDを使ったプリンタ開発が強み。LEDは小型化が容易であることから製造装置の出力エンジンとして組み込んだり、小売業の値札のオンデマンド印刷装置として組み込む用途を想定している。
販路についても、「装置メーカーやシステム構築を担うSIerとの協業関係を一段と強化していく」(森孝廣社長)とし、いわゆる一般オフィス向けの汎用的なプリンタとは一線を画す製品開発や販路開拓を推し進めていく。昨年11月に発売した最新のカラーLEDプリンタの開発にあたっては、国内外100カ所以上の現場業務を詳細に調査してニーズをすくい上げ、足かけ4年半の開発期間を費やした。
小売店や倉庫、工場などの現場業務では、プリンタを設置できるスペースが限られていることから、トナー交換など保守メンテに必要なスペースを従来比で50%削減。プリンタ内部を冷却するための空気の流れを抜本的に見直すことで、左右2センチのわずかな隙間を空けるだけで冷却を可能にした。「狭い場所にプリンタを押し込んでも問題なく使える現場業務に特化した設計」(森社長)にしている。
一般オフィス向けのプリンタ市場の成熟度はすでに高水準にあり、コロナ禍で競争環境はより激しくなる恐れが高い。沖データは出力装置としてのシステム組み込み用途や、現場業務に特化したプリンタ市場にいち早く舵を切ることで、競争優位性を保っていく方針だ。
「巣ごもり」で意外なニーズ
ミシンや電子楽器がよく売れる
コロナ禍は人々の生活様式にも少なからぬ変化を与え、事務機メーカーが取り扱うプリンタ以外の商品の売れ行きにも影響した。ブラザー工業グループが手がけるカラオケ「JOYSOUND」は店舗の休業や営業時間の短縮で打撃を受ける一方、巣ごもり需要で家庭用ミシンの販売が急増。一部在庫が品薄になるほど好調に推移している。
カシオ計算機も、オフィス向けプロジェクタの販売で苦戦するものの、電子楽器は好調な売れ行き。予想を上回る注文で、欠品・品薄状態が続いている。
プリンタや複合機のメーカーは、もともとは精密機械のメーカーであり、その技術を生かしてミシンや楽器、時計など多角的に商品を展開しているケースが多い。生活様式の変化に伴って生まれた新しい市場に、企業グループとしてどれだけ素早く対応できるかが試されている。

リモートワークの拡大は、オフィスで使う複合機やプリンタの稼働率を低下させ、事務機メーカーや販社のビジネスに大きなダメージを与えた。オフィスに人が戻らないことには稼働率は上がらない。コロナ禍が収束した後も、一定の割合でリモートワークが定着するとすれば、事務機メーカー・販社のビジネスモデルそのものの見直しが求められることになる。すでに主要ベンダーはコロナ後を見据えて商品やサービスの見直しに着手している。
(取材・文/安藤章司)
インクジェットは“特需”が発生
コロナ禍によるリモートワーク比率の拡大によって、働く場所が自宅などに分散。オフィスでの複合機やプリンタの稼働率は低下し、トナーやインクの消費抑制や本体の買い替えサイクルの長期化傾向は顕著になっている。一方で、在宅勤務で使う家庭向けのインクジェットプリンタの売れ行きは好調で、“特需”の様相を見せる。オフィスではレーザー方式のプリンタの割合が高いが、国内の家庭向けでは小型で省電力のインクジェット方式が圧倒的によく売れる。

キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の今年度(2020年12月期)のオフィス用複合機の販売台数は前年度比21%落ち込む見込みであるのに対して、家庭用インクジェットプリンタは同6%増の見通しを示す。ただし、四半期別で見ると第1回目の緊急事態宣言が出た20年4-6月期は前年同期比20%増、7-9月期は同5%増、10-12月期は同11%減の見通しで、販売台数は尻すぼみになると予想。キヤノンMJの濱田史朗取締役は、「インクジェットプリンタの特需は20年のみで、来年以降は継続しない」と保守的に見る。
複合機やプリンタのビジネスはトナーやインクの需要が重要な収益源となるが、家庭用インクジェットに関しては従来、年賀状用途のカラーインク需要に支えられていた側面がある。年賀状の送付枚数が縮小の一途であるのに対し、在宅勤務は年賀状ほどカラーインクを消費せず、むしろ「モノクロが多いため、カラーインクの需要は弱めに見込んでいる」と濱田取締役は話す。
工場の稼働率低下で一部商機を逃す
セイコーエプソンもインクジェットの需要増の恩恵を受けているものの、コロナ禍の外出自粛や、国や地域によっては都市封鎖も行われていることから、国内外の工場の稼働率が低下している。コロナ禍の初期の需要増に対して供給が間に合わず、「モノがなくて苦労した」と、国内ビジネスを担うエプソン販売の鈴村文徳社長は振り返る。全世界のプリンタ製品別の売上高推移を見ると、オフィス・ホーム向けインクジェットは、コロナ禍が顕在化し始めた20年3月頃から販売が減少し始めるものの、20年6月頃から供給体制の立て直しによって前年同期比でプラスに転じている(図参照)。
コロナ禍をきっかけに広がった分散ワークは、コロナ禍が収束したあとも一定の割合で継続すると鈴村社長は見ている。在宅勤務や都市部近郊、住宅街近くのサテライトオフィス、地方に住みながらのリモートワークなどが広く浸透すれば、東京や大阪などの都心の一等地にある高価なオフィスフロア面積は減少する。大型のプリンタを都心オフィスに何台も設置する必要はなくなり、分散ワークの環境に応じて中小型のプリンタでニーズが賄えるようになれば、「小型で省電力が特徴のオフィス向けのインクジェットの販売に追い風が吹く」(鈴村社長)と期待を寄せる。
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