経済産業省による「DXレポート」の発表から2年半がたち、ITベンダーのビジネス戦略にも変化が現れ始めた。ユーザー企業とともにリスクを負って新しいビジネスを立ち上げたり、非競争領域で業界共通のプラットフォームづくりに参画したりするなど、これまでの責任分界点を明確にした受託型のソフトウェア開発とは一線を画すビジネスに果敢に挑戦するケースが増えている。昨年末に発表された、初代「DXレポート」のアップデート版となる「DXレポート2(中間とりまとめ)」を起点に、ベンダーの取り組みを追った。
(取材・文/安藤章司)
DXを支える四つのビジネス形態
経済産業省が昨年末に発表した「DXレポート2(中間とりまとめ)」(実質的な最終レポート)では、SIerを中心としたITベンダーの目指すべき方向性として、(1)ユーザー企業の変革をともに推進するパートナー、(2)DXに必要な技術・ノウハウの提供、(3)協調領域を担う共通プラットフォームの構築、(4)新ビジネス・サービスの立ち上げの四つを示し、受託ソフト開発の過度な依存を減らすべきだとしている(図参照)。
DXレポート2のとりまとめに当たっては、ITベンダーとユーザー企業の双方の立場の委員が参加しており、ベンダー・ユーザーがともに従来の受託ソフト開発のモデルだけでは、デジタル変革(DX)を成し遂げるのは難しいとの認識に達したことがうかがえる。
要件定義で仕様を固め、ユーザーとベンダーの責任分界点を明確に線引きしてから開発する受託ソフト開発のビジネスモデルは、ベンダーの収益の柱の一つとして残しつつも、一方で、ユーザーと共にリスクを共有したり、デジタル変革に必要な特定領域の技術を提供するといったビジネスモデルの一層の多様化が必要だとDXレポート2では指摘する。しかし、“言うは易し”で、実行するにはSIer側に越えなければならないハードルが横たわる。
まず、(1)で挙げられているユーザーとともにリスクを共有し、変革を推進する「パートナー」としての位置づけになるパターンについて、あるSIer幹部は「2年半前、最初のDXレポートが出たときは、ユーザーとSIerはあくまでも発注者・受注者の関係だった」と振り返る。ユーザー側には「(ベンダーは)受注者のくせに対等な関係を表す『パートナー』を名乗るとはいかがなものか」と抵抗感があったという。ベンダー側にも、責任分界点が曖昧なままプロジェクトに参加することで不採算案件の原因になるとの懸念が根強くある。
SIerが責任追及の矢面に立たされる
だが、時間をかけて議論を重ねることで、「ユーザー、SIer双方の意識に変化が生まれた」と、別のSIer幹部は話す。現実問題として、国内におけるIT技術者の約7割はITベンダー側に在籍しており、双方の意識の隔たりがあったままではデジタル変革を成し遂げることは難しい。そこで、双方が歩み寄るかたちで(1)のともにリスクを負ってデジタル変革を成し遂げようとする考えが、この2年半で大きく進展した。
次に(2)の「DXに必要な技術・ノウハウの提供」については、一見すると従来の「ITコンサルティングサービス」に似ているが、実態は「似て非なるもの」(別のSIer幹部)。ITコンサルティングサービスはある経営課題、業務課題に対して期限内に解決策を提示する明確な目的意識と成果物があったが、(2)は多くのユーザー企業がDXの明確な姿を描いているわけではなく、期限や成果物も曖昧。まず(1)でしっかり方向性を固めてから(2)で求められる先進的な技術を選定するプロセスを踏むのが順当だろう。
DXレポート2をとりまとめた経産省「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会」に参加したNTTデータの冨安寛・執行役員技術革新統括本部長は、「近年のメガクラウドとSaaSベンダーの台頭で流れが変わった」と指摘している。メガクラウド上にシステムを構築し、先進的なSaaSを組み合わせ、素早く変化に適応したり、新しいビジネスを立ち上げたりといった案件が増えたのはいいが、同時にクラウド基盤やSaaSに障害が発生したとき、システムを構築したSIerが責任追及の矢面に立たされることが増えたことが背景に挙げられる。
サーバー機材を客先に設置するオンプレミス型であれば、機材の故障は全国に配置したサーバーメーカーのCE(保守技術者)が駆けつけて補修し、アプリケーションは従来通りSIerが瑕疵担保責任の範囲内で対応する。ところがクラウド/SaaSで障害が起こった場合、「元請けのSIerに対して障害への対処が求められるケースが多い」(冨安執行役員)というのだ。これではSIerはたまったものではない。
リスクと利益の新しい分岐点とは
世界中の優れたクラウド/SaaSの採用は、DXの文脈でのシステム構築で避けては通れない。であるならば、最初からユーザー企業とともにリスクを負ってクラウド/SaaS、オンプレミスのさまざな手法を取り入れたグランドデザイン(全体構想)を考えたほうが、結果的にリスクコントロールがしやすい。ユーザーから見ても責任分界点を盾にリスクを遠ざけていたSIerが積極的にリスクを負ってくれるのであれば歓迎しやすい。
ここでの課題は、価格算定をどうするかだ。ユーザー企業のビジネスをデジタル変革させるDX領域では、人月単価による従来型のウォーターフォール方式の開発は馴染まず、継続的に開発を続けるアジャイル開発が中心となる。DXによって創り出されるデジタルビジネスの売り上げや利益を手にするまでは、先行投資の期間が続くため「ユーザーとベンダーの双方が納得できる価格をどう形成するかが重要になる」と、DXレポート2の担当課である経済産業省の田辺雄史・情報技術利用促進課(ITイノベーション課)課長は話す。
経済産業省 田辺雄史 課長
ポイントは、デジタルビジネスを創出するための費用を、「投資」と見るか「コスト」と見るかだ。ITをコストとして見れば安ければ安いほどよく、ITを投資として見れば“投じた資金以上にリターンが見込める”のであれば、利益の最大化のためにより大きな資金を投じてもいいことになる。田辺課長は、「DXの文脈で語られるITがコストとして捉えられているうちは、本当の意味でDXを成し遂げることは難しいのではないか」と指摘している。
(3)協調領域を担う共通プラットフォーム、ならびに(4)新ビジネス・サービスの立ち上げについては、先行するITベンダーの事例を交えながら、次ページ以降で詳しくレポートする。
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