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DXレポート2で見えてきたITベンダーの目指すべき方向性 初代「DXレポート」から2年半 変わり始めたSIのビジネスモデル
2021/03/18 09:00
週刊BCN 2021年03月15日vol.1866掲載
非競争領域は徹底した合理化
共通プラットフォーム上で新ビジネス創る
ITベンダーが目指すべき方向性としてDXレポート2中間とりまとめで示された「変革パートナー」「DXに焦点を当てた新しい技術」「非競争領域の業界共通プラットフォーム」「ITベンダー主導のビジネスの立ち上げ」の四つのビジネス類型のうち、共通プラットフォームづくりに取り組む富士通とNTTデータを取材した。また、DX領域でビジネスを伸ばすための人材育成の在り方、組織づくりについてもレポートする。富士通
製造業向け共通プラットフォームに先手
DXレポート2で示された「協調領域を担う共通プラットフォーム」とは、ユーザー企業が属する業界の“非競争領域”を共通化することでコスト削減を図ることだ。富士通では、NTTコミュニケーションズや工作機械メーカーのファナックと協業して、工作機械業界向け「デジタルユーティリティクラウド」サービスを提供する事業会社DUCNET(ディーユーシーネット)を今年1月に立ち上げた。
工作機械の稼働状況などのデータを収集・分析したり、取扱説明書や仕様書などのドキュメントの共有基盤として活用してもらうことで、工作機械メーカー1社ではできなかった網羅的なサービス開発が可能になる。このケースでは、データ共有の基盤を“非競争領域”と位置づけ、ここで得たデータを活用して他社との差別化可能な新しい技術やサービスを個社ごとに開発。それぞれの競争力の強化に役立ててもらうコンセプトだ。
ほかにも工作機械の需給計画のスマート化や、簡単な検査であればリモートで工作機械の保守点検を行えるサービス基盤、富士通の製造業向けAIエンジン「COLMINA(コルミナ)」を使ってエンドユーザーの工場そのものをスマート化するといったことも検討している。「富士通が開発してきた製造業向けの各種業務アプリケーションもDUCNETのサービスを経由して、定額で使い放題にすることにも挑戦してみたい」と、富士通の福田譲・執行役員常務CIO兼CDXO補佐は話す。
また同社は、創薬開発プラットフォームシステムを開発するペプチドリームを組んで、新型コロナウイルス感染症治療薬の開発を目的とした新会社ペプチエイドにも昨年11月に参画を表明。新型コロナに対して高い有効性を持つ治療薬の開発が強く求められる状況下で、ペプチエイドには竹中工務店、キシダ化学、みずほキャピタルも参画しており、ペプチドリームを含めて総勢5社による創薬開発プラットフォームサービスが提供されることになる。
富士通では、強みとする「デジタルアニーラ」や物質探索用途でのハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)システムを組み合わせることで、創薬開発プラットフォーム上で効率的な開発を推し進めていく。デジタルアニーラは富士通が独自に開発した技術で、現在の汎用コンピュータでは解くことが難しい「組合せ最適化問題」を高速で解ける。今は喫緊の課題である新型コロナ治療薬の開発を最優先に取り組むが、将来的にはこのプラットフォームを製薬業界や食品業界といったプロセス系の製造業向けの共通プラットフォームとして活用できる可能性もある。
こうした業界共通で使えるプラットフォームは、各社が個別でつくるよりもコストメリットがあるだけでなく、「アイデアさえあれば、共通プラットフォームをうまく使って独自の価値を安く、早く創り出せるようになる」と、福田常務は新しい価値創造への近道となると話す。
NTTデータ
貿易に関わる会社と合弁事業に乗り出す
NTTデータは、独特な取引慣行がある貿易業務に着目。荷主や海運会社、貿易会社、保険会社、銀行、税関など貿易に関わる業務の共通プラットフォームサービス「TradeWaltz(トレードワルツ)」を運営する会社に昨年10月に出資することを決めた。商社の三菱商事、豊田通商、兼松、保険の東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、金融機関の三菱UFJ銀行、そしてNTTデータの7社の合弁事業となる。このプラットフォームを使えば、貿易業務の作業量を最大で50%削減できる見込みだという。

貿易業務は“海上保険の仕組みが確立してから百数十年変わっていない”とされるほど古い業務フローで、紙の書類やPDFファイルが荷主や船会社、保険会社、銀行などの間でやりとりされている。NTTデータはブロックチェーンの技術でデジタル化、自動化できると考え、貿易業務に関わる会社とともにTradeWaltzのサービスを立ち上げた。NTTデータの冨安寛・執行役員技術革新統括本部長は「立ち上げてすぐに十分な利益が出るとは限らないが、確実にビジネスになる」と手応えを感じるとともに、当初の目論みどおり貿易業務の作業量の半減を達成できれば、「協調領域を担う共通プラットフォームの成功例になる」可能性が高い。
過去を振り返れば、クレジットカード市場が拡大する1984年にカード決済プラットフォームとして「CAFIS(キャフィス)」が始動した実績がある。現在はNTTデータが運営しているサービスで、カード会社や金融機関、加盟店などを結んでおり、近年ではスマートフォン決済にも積極的に対応している。非競争領域を共通プラットフォーム化することで、業務の効率化、コスト削減ができるだけでなく、そのプラットフォーム上でより魅力的なサービス、価値を創り出すことが可能になる。
また、DXレポート2では、非競争領域を業界全体で共有化するのと並んで、ITベンダーが自発的にデジタル技術を駆使した新ビジネスを立ち上げるという手法にも言及しているが、ユーザー企業のパートナーであるSIerである以上、「顧客のビジネスを阻害するようなサービスはできない」と、冨安執行役員は話す。共通プラットフォームやSIer独自の新ビジネスにも、ある一定の制約があることも事実だ。
SIer独自のビジネスを立ち上げる場合、例えば「多くの顧客を呼び込めるようなサービス設計にすべき」(冨安執行役員)と、ユーザーがメリットを享受できる仕組みを重視する。今年1月には都市機能・サービスを生活者視点で価値創出するスマートシティのプラットフォームとなるコンセプト「SocietyOS」を発表。昨年12月にはNTTデータが金融機関向けに提供してきた高信頼クラウドサービスの技術を応用するかたちで、中央省庁向けのセキュリティ強度の高いクラウドサービスを発表している。顧客のビジネスを妨げるのではなく、顧客とのエコシステムを構築できるサービス開発に力を入れていく方針だ。
共創では“憲法”をつくる
会議は順不同の席、組織の壁なくす
住友商事で数々のジョイントベンチャーのプロジェクトを担当し、経産省の研究会委員としてDXレポート2に携わったSCSKの田渕正朗会長は「共創ほど難しいものはない」と実感しているという。DXではユーザー企業のパートナーとしてのほか、協調領域の共通プラットフォームづくりで複数の企業との共創が求められているが、参加各社が自社の利益の最大化に走り始めると共創は一瞬で破綻してしまう。そこで、共創によって何をしたいのか、ゴールは何か、エンドユーザーの満足度を最優先に考えられているかを箇条書きにした“憲法”をつくる。会議体も所属会社同士が向かい合うのではなく、「席順は順不同とし、憲法に則り、組織の壁を越え、一人のビジネスマンとして共に汗をかけるかが勝負どころ」と、田渕会長は話す。
キャリアパスの多様性が進む
ITベンダーの変革は待ったなし
「DXとはデジタル技術を駆使して自らの事業を転換することだ」と話すのは、DXレポート2に委員として参加したNECの畔田秀信・主席主幹である。ユーザーのDXを成し遂げるには、ITベンダーが自ら事業転換に臨むとともに、国内IT技術者の7割を抱えるITベンダーのキャリアパス、人材育成の在り方も改める必要がある。
従来の要件定義ありきのウォーターフォール方式の開発では、あらかじめ決められた仕様に基づいて開発する能力が重視された。開発職であれば、プログラマーから始まってシステムエンジニア、プロジェクトマネージャーへと昇進するキャリアパスが考えられるが、DXの文脈ではITベンダーにそのまま勤めるより、DXを積極的に推し進めようとするユーザー企業に転職したほうが給料が上がりやすいキャリアパスもあり得る。ITベンダーから見れば人材供給の“踏み台”となりかねず、ユーザー企業から見れば“競争領域を内製化する”動きと捉えることもできる。
業界に先駆けてDX専門会社として設立された野村総合研究所グループのNRIデジタルは、DX人材を育てるためにキャリアパスの多様化を推進している。DXはユーザー企業の経営戦略と一体となっているため、ユーザーのビジネス、業界動向を理解していないとシステムの設計すらままならないからだ。
技術者はアプリケーション開発とユーザーのDXを実現するためのビジネス設計、あるいはアプリケーション開発とクラウド/SaaSといった基盤、外部サービスなど、「二つ以上の分野の知見を身につけてもらう。アプリケーション開発の専門家だからといって、ビジネス設計など隣接する他の分野がまったく分からないのでは、DX分野で通用しない」(NRIデジタルの雨宮正和社長)と、関係する複数領域のノウハウ習得を推奨。会社組織も特定領域にどっぷり浸かることのないようマトリックス型の組織とし、担当業界や技術領域を自分の意思で変えやすいようにした。
個々の企業のビジネス変革は、国全体で見れば産業構造の転換につながる。経済産業省では、DXレポート2に続く施策として、今年2月、「デジタル産業の創出に向けた研究会」を立ち上げた。DXを成し遂げた企業によって構成されるデジタル産業を集積し、より大きくしていくための道筋や政策の在り方を研究するという。SIerやITベンダーが未来のデジタル産業の中でも重要な役割を担っていくには、それに見合った「組織変革やビジネスモデル、人材育成などでベンダー自身のDXを成し遂げる」(NECの畔田主席主幹)ことが求められている。

経済産業省による「DXレポート」の発表から2年半がたち、ITベンダーのビジネス戦略にも変化が現れ始めた。ユーザー企業とともにリスクを負って新しいビジネスを立ち上げたり、非競争領域で業界共通のプラットフォームづくりに参画したりするなど、これまでの責任分界点を明確にした受託型のソフトウェア開発とは一線を画すビジネスに果敢に挑戦するケースが増えている。昨年末に発表された、初代「DXレポート」のアップデート版となる「DXレポート2(中間とりまとめ)」を起点に、ベンダーの取り組みを追った。
(取材・文/安藤章司)
DXを支える四つのビジネス形態
経済産業省が昨年末に発表した「DXレポート2(中間とりまとめ)」(実質的な最終レポート)では、SIerを中心としたITベンダーの目指すべき方向性として、(1)ユーザー企業の変革をともに推進するパートナー、(2)DXに必要な技術・ノウハウの提供、(3)協調領域を担う共通プラットフォームの構築、(4)新ビジネス・サービスの立ち上げの四つを示し、受託ソフト開発の過度な依存を減らすべきだとしている(図参照)。DXレポート2のとりまとめに当たっては、ITベンダーとユーザー企業の双方の立場の委員が参加しており、ベンダー・ユーザーがともに従来の受託ソフト開発のモデルだけでは、デジタル変革(DX)を成し遂げるのは難しいとの認識に達したことがうかがえる。
要件定義で仕様を固め、ユーザーとベンダーの責任分界点を明確に線引きしてから開発する受託ソフト開発のビジネスモデルは、ベンダーの収益の柱の一つとして残しつつも、一方で、ユーザーと共にリスクを共有したり、デジタル変革に必要な特定領域の技術を提供するといったビジネスモデルの一層の多様化が必要だとDXレポート2では指摘する。しかし、“言うは易し”で、実行するにはSIer側に越えなければならないハードルが横たわる。
まず、(1)で挙げられているユーザーとともにリスクを共有し、変革を推進する「パートナー」としての位置づけになるパターンについて、あるSIer幹部は「2年半前、最初のDXレポートが出たときは、ユーザーとSIerはあくまでも発注者・受注者の関係だった」と振り返る。ユーザー側には「(ベンダーは)受注者のくせに対等な関係を表す『パートナー』を名乗るとはいかがなものか」と抵抗感があったという。ベンダー側にも、責任分界点が曖昧なままプロジェクトに参加することで不採算案件の原因になるとの懸念が根強くある。
この記事の続き >>
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