Special Feature
自治体のリフト&シフトを進める ガバメントクラウド
2021/11/22 09:00
週刊BCN 2021年11月22日vol.1900掲載

全国の自治体情報システムの基盤となる、「ガバメントクラウド」の始動に向けた動きが本格化した。大手クラウド事業者2社の採用が決定したほか、先行して現行システムをクラウドへ移行する八つのプロジェクトがスタート。2025年度末までに全自治体の基幹システムをクラウド化するという構想の課題と、国産クラウドサービスの活躍の可能性を探る。
(取材・文/日高 彰)
デジタル庁は10月26日、Amazon Web Services(AWS)とGoogle Cloud Platform(GCP)の2サービスをガバメントクラウド整備のために採用すると発表した。ガバメントクラウドは、政府・地方自治体の今後の新たな情報システム基盤となるもので、25年度末までにすべての地方自治体の基幹システムをこの上に移行することを目指している。
また、本格稼働に先立つ「先行事業」として、22年度末までに全国11市町で基幹システムのガバメントクラウドへのリフト&シフトを実施する。オンプレミスを中心とする既存システムからクラウドへの移行ではさまざまな課題が発生することを想定し、まずは一部の自治体で先行して移行を行うことで、移行方法や費用対効果などを検証する。
自治体システムの基盤を全国規模で共通化
住民記録や地方税など、地方自治体には法律に基づいて行われるさまざまな業務が存在する。しかし、それらの業務を実施するための情報システムは、各自治体がそれぞれ個別に仕様を策定し、ITベンダーに発注されているのが現状だ。このため、同じような機能を持つ業務システムが、全国でバラバラにできあがっていることになる。仕様が統一されていないため、データの形式は自治体ごと、業務アプリケーションごとに異なっており、リプレースのタイミングが来ても、他のベンダーのアプリケーションに乗り換えることは難しい。いわゆるベンダーロックインの状態となり、コストを下げにくくなるばかりか、例えば同じ住民に関する手続きにもかかわらず、業務が異なると住民情報の再入力が必要になるといったように、業務効率や住民サービスの観点でもデメリットが顕在化してきた。
この問題を解決するために、政府は地方自治体の業務システムの標準化を推進している。今年5月には、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」が成立。この法律では、「住民基本台帳」「選挙人名簿管理」「固定資産税」など地方自治体における17の基幹業務について、データ形式やシステム連携に関する標準仕様を策定し、各自治体はこの仕様に準拠した業務アプリケーションを、原則カスタマイズなしで利用することと定めた。
このようにアプリケーション側の仕様統一に向けた動きに合わせて、インフラ側の共通化を進めようとする取り組みが、ガバメントクラウドの整備である。

自治体向けの基幹業務アプリケーションを開発するベンダーは、前述の標準仕様に基づくアプリケーションをガバメントクラウド上に構築する。ガバメントクラウドという一つのインフラを通じて複数のベンダーがアプリケーションを提供する形となり、各自治体はそれらの中から必要なものを選択して業務を行う(上図参照)。
デジタル庁の資料によれば、ガバメントクラウドの活用によるメリットとして以下4点が挙げられている。まず、全自治体がインフラからアプリケーションまでを共同利用することによるコスト削減だ。国がクラウド基盤を一括調達することによるスケールメリットや、アプリケーションベンダー間の競争促進による価格低減効果が考えられる。副次的なメリットとして、ベンダー間の競争によってアプリケーションの使い勝手が向上することも期待できる。
二つめに、システム構築の迅速化や拡張性だ。これまでは制度改正に伴うシステム改修が発生する度に、各自治体でベンダーに対する個別発注が必要だったが、システムが標準化・クラウド化されることでその負担が解消される。業務システムの拡張が必要になった場合も、ハードウェアの調達・導入の手間はなくなる。
三つめには、データ移行や連携の柔軟性が挙げられている。従来はアプリケーションごとに異なる形式で保持していたデータを、標準化してクラウド上に格納することで、異なるアプリケーションからも参照しやすくなる。他のベンダーのアプリケーションへの移行が容易になるほか、アプリケーション間でのデータのやりとりのハードルも下がる。
最後はセキュリティで、各自治体が個別にセキュリティ機器を導入したりシステムを監視するのに比べ、最新の技術と知見を投入できる大規模なクラウドサービスのほうが、高いセキュリティレベルを担保できると期待される。
アプリ開発期間は半年 タイトに組まれた工程表
このように、ガバメントクラウドの構想は自治体システムの理想型を描くもののように見えるが、その実現にあたっては課題も多い。20年12月に閣議決定された「デジタル・ガバメント実行計画」によると、標準化対象の17業務に関して、その仕様が固まるのは22年度前半とされている。そこから22年度末までに、ガバメントクラウド上での稼働を前提としたアプリケーションをベンダーが開発し、23年度から自治体による利用が始まるという“工程表”が組まれている。業務にもよるが、標準仕様の策定から半年で、仕様に準拠しかつ実際の事務作業に耐えうるアプリケーションが出そろうのかは未知数だ。工程表では、23年度から25年度末までの3年間で、原則としてすべての自治体でガバメントクラウドへの移行を行うスケジュールになっているが、この短期間にシステム移行プロジェクトが集中した場合、ベンダーの対応能力を超えるおそれもある。
また、ガバメントクラウドへ移行されるのは当面、標準化される17の基幹業務システムと、それに「付属又は密接に連携する」システムとされているが、タイトなスケジュールであることから、それらのシステムを一度にガバメントクラウドへ移行できるとは限らない。移行対象システムとそれ以外のシステムをきれいに切り分けられないケースも考えられる。ガバメントクラウドとそれ以外の基盤にシステムを分離せざるを得ない事態となれば、基盤間でのシステム連携の仕組みを新たに構築しなければならず、早期のコスト削減効果を期待するのは難しい。
このような課題を洗い出すために22年度末まで実施されるのが、ガバメントクラウドの先行事業だ。全国の自治体から52件の応募があり、そのうち8件(共同提案があるため自治体数では11市町)の移行プロジェクトが採択された。
採択にあたっては、他の多くの自治体のモデルケースとなるよう、人口規模やシステム構成でそれぞれ異なる特性を持つプロジェクトであることが評価ポイントとなった(下図表参照)。先行事業の中では、移行プロセスや可用性、セキュリティなどに加えて、前述したガバメントクラウドとそれ以外の基盤へのシステム分離に関しても検証が行われる。そのほか、庁舎とガバメントクラウド間の接続についても、閉域網を新設するほか、都道府県によっては既に整備されている県域WAN経由で行う、LGWAN上にVPNを張る、といったさまざまな形態が検討されている。

また、17業務すべての標準仕様はまだ策定されていないため、先行事業に採択された自治体のほとんどでは、まず現行のアプリケーションをガバメントクラウドに「リフト」し、その後標準仕様アプリケーションに「シフト」する2段階の手順を経る計画だ。先行事業後の本格稼働時においても、業務アプリケーションごとのマルチベンダー構成となっている自治体では、業務ごとにリフトとシフトを段階的に進めていくことが想定されるが、自治体向けの統合業務ソフト(オールインワンパッケージ)を導入している小規模な自治体などでは、一度にリフト&シフトを実施するという選択肢も示されている。
なお、先行事業においては、ガバメントクラウドの利用にかかる費用は国が負担することになっている。先行事業後も国がAWSやGCPから一括調達し、それを各自治体に提供するという形態になるが、国と自治体の費用分担をどうしていくのかは、今後議論しなければならない点となっている。
国産クラウドが分け入る余地はあるのか
ガバメントクラウドの基盤となるクラウドサービスの採用にあたっては、政府情報システムのためのセキュリティ評価制度(ISMAP)に登録されたサービスの中から3社が公募に応じ、その中からAWSとGCPが選ばれた。デジタル庁では今回選外となった1社について、国内・海外どちらの事業者であったかも含め、非公開としている。事業者の規模を考えると、もう1社はAzureを提供するマイクロソフトではないかという見方があるが、日本マイクロソフトの吉田仁志社長は本紙の取材に対し、「応募したかどうかも含めてノーコメント」と述べ、回答を避けた。また、国産のクラウドサービスが選定されていないことに対して、セキュリティやガバナンスの面で不安視する声が聞かれるが、ガバメントクラウドは物理的に日本国内に設置されたデータセンターで運用されることや、国内法に基づく契約が行えることが採用条件となっている。適切なレイヤーで暗号化やデータ漏えい防止策を施せば、データが他国によって不正に引き出されるリスクは無視できる範囲に抑え込めると考えられる。ただし、他国によってクラウドサービス自体をシャットダウンされる可能性までは否定できない。
牧島かれんデジタル大臣は10月26日の記者会見で、今後の追加公募の可能性に触れるとともに、「基準を満たす国産企業がしっかりと育っていくということを一つの可能性として感じている」と話し、国内事業者がガバメントクラウドの一翼を担うことへの期待感を示した。しかし、今回の公募での技術要件を見ると、PaaSにあたるアプリケーション開発機能に加え、データ分析、機械学習などの先進機能についてもマネージドサービスとして提供していることが求められている。国内のクラウド事業者各社も、これらの技術を個別に提供することは可能だが、クラウドサービスの標準メニューとして網羅するのは容易なことではない。
ガバメントクラウドはマルチクラウドで構成されるが、クラウドが増えれば増えるほど、それらをサポートするアプリケーションベンダーの負荷も増大する。ガバメントクラウドに対応したすべてのクラウドサービスにはアプリケーションを提供できないというベンダーも出てくるだろう。今回先行事業に採択された神戸市のように、既にAWSを利用した経験があることなどを理由に、クラウド事業者としてAWSを指名する形で事業を計画している自治体も複数ある。
このような状況下では、これまで政府・自治体と深い関係を築いてきた国内の大手ITベンダーであっても、ガバメントクラウドへの参入ハードルは高いものとなる。国産クラウドの活躍は当面、ガバメントクラウドと閉域で接続される標準化対象外のシステムなど、限定的な分野にとどまるものと考えられる。

全国の自治体情報システムの基盤となる、「ガバメントクラウド」の始動に向けた動きが本格化した。大手クラウド事業者2社の採用が決定したほか、先行して現行システムをクラウドへ移行する八つのプロジェクトがスタート。2025年度末までに全自治体の基幹システムをクラウド化するという構想の課題と、国産クラウドサービスの活躍の可能性を探る。
(取材・文/日高 彰)
デジタル庁は10月26日、Amazon Web Services(AWS)とGoogle Cloud Platform(GCP)の2サービスをガバメントクラウド整備のために採用すると発表した。ガバメントクラウドは、政府・地方自治体の今後の新たな情報システム基盤となるもので、25年度末までにすべての地方自治体の基幹システムをこの上に移行することを目指している。
また、本格稼働に先立つ「先行事業」として、22年度末までに全国11市町で基幹システムのガバメントクラウドへのリフト&シフトを実施する。オンプレミスを中心とする既存システムからクラウドへの移行ではさまざまな課題が発生することを想定し、まずは一部の自治体で先行して移行を行うことで、移行方法や費用対効果などを検証する。
自治体システムの基盤を全国規模で共通化
住民記録や地方税など、地方自治体には法律に基づいて行われるさまざまな業務が存在する。しかし、それらの業務を実施するための情報システムは、各自治体がそれぞれ個別に仕様を策定し、ITベンダーに発注されているのが現状だ。このため、同じような機能を持つ業務システムが、全国でバラバラにできあがっていることになる。仕様が統一されていないため、データの形式は自治体ごと、業務アプリケーションごとに異なっており、リプレースのタイミングが来ても、他のベンダーのアプリケーションに乗り換えることは難しい。いわゆるベンダーロックインの状態となり、コストを下げにくくなるばかりか、例えば同じ住民に関する手続きにもかかわらず、業務が異なると住民情報の再入力が必要になるといったように、業務効率や住民サービスの観点でもデメリットが顕在化してきた。
この問題を解決するために、政府は地方自治体の業務システムの標準化を推進している。今年5月には、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」が成立。この法律では、「住民基本台帳」「選挙人名簿管理」「固定資産税」など地方自治体における17の基幹業務について、データ形式やシステム連携に関する標準仕様を策定し、各自治体はこの仕様に準拠した業務アプリケーションを、原則カスタマイズなしで利用することと定めた。
このようにアプリケーション側の仕様統一に向けた動きに合わせて、インフラ側の共通化を進めようとする取り組みが、ガバメントクラウドの整備である。

自治体向けの基幹業務アプリケーションを開発するベンダーは、前述の標準仕様に基づくアプリケーションをガバメントクラウド上に構築する。ガバメントクラウドという一つのインフラを通じて複数のベンダーがアプリケーションを提供する形となり、各自治体はそれらの中から必要なものを選択して業務を行う(上図参照)。
デジタル庁の資料によれば、ガバメントクラウドの活用によるメリットとして以下4点が挙げられている。まず、全自治体がインフラからアプリケーションまでを共同利用することによるコスト削減だ。国がクラウド基盤を一括調達することによるスケールメリットや、アプリケーションベンダー間の競争促進による価格低減効果が考えられる。副次的なメリットとして、ベンダー間の競争によってアプリケーションの使い勝手が向上することも期待できる。
二つめに、システム構築の迅速化や拡張性だ。これまでは制度改正に伴うシステム改修が発生する度に、各自治体でベンダーに対する個別発注が必要だったが、システムが標準化・クラウド化されることでその負担が解消される。業務システムの拡張が必要になった場合も、ハードウェアの調達・導入の手間はなくなる。
三つめには、データ移行や連携の柔軟性が挙げられている。従来はアプリケーションごとに異なる形式で保持していたデータを、標準化してクラウド上に格納することで、異なるアプリケーションからも参照しやすくなる。他のベンダーのアプリケーションへの移行が容易になるほか、アプリケーション間でのデータのやりとりのハードルも下がる。
最後はセキュリティで、各自治体が個別にセキュリティ機器を導入したりシステムを監視するのに比べ、最新の技術と知見を投入できる大規模なクラウドサービスのほうが、高いセキュリティレベルを担保できると期待される。
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